8-17 魔力装置! でも、お高いんでしょ?

 ついに芽を出した茶の木。


 ヒーサこと松永久秀が異世界『カメリア』に転生してから半年、ようやく念願の喫茶文化普及に向けての最終段階に入ったと言ってもよい。突き出した芽は、それを告げる嚆矢こうし足り得るのだ。


 ようやくここまで来た。ヒーサはまさに感無量といった面持ちで、芽吹いたばかりの茶畑を見つめた。


 だが、それでも別の点に思考を巡らせてもいた。茶人であり、数寄者でもあるが、なにより彼は広大な領地を持つ領主でもあるのだ。



「さて、アスプリクにルルよ、この『促成栽培装置』をどう見る?」



 上手く稼働した畑に設置された数々の魔術具。アイデア自体はヒーサが考案したものだが、それをしっかりと形にしたのはアスプリクであり、ルルであった。


 散水、温度管理、地力制御、これらを畑の要所要所に配置した魔術具の柱で制御し、制御盤コンソールの操作一つで調整すると言う画期的な装置であった。


 これさえあれば、成長の遅い作物、あるいは温度が低いと育ちにくい作物など、そうした物を育てることができるようになるのだ。


 現に、目の前の“茶”などがその代表例だ。


 茶の育成には降水量が重要であり、特に育成期の春から秋にかけては地面が乾いてくる度に、水を与える必要がある。そうすることで良く伸びるのだ。


 また、茶の木は霜害に極めて弱く、霜に当たると枯死してしまう可能性もあった。


 当然、日当たりの良さも重要であり、傾斜部であることが望ましいのだ。


 以上、すべての条件を揃え、ようやく稼働したのが、目の前の茶畑というわけだ。


 これに対するアスプリクとルルの意見は辛辣そのものであった。



「はっきり言って非経済的! とにかく、初期投資が大きすぎる上に、土地を選び過ぎるのがよくない。普及させるのは無理だと思うな。作業効率という点では優秀だと思うけど、人足だけの人海戦術でも可能なんだし、ここまでの事をする必要があるかな、っていうのが正直なところ」



「その意見には同意します。初期の設定、魔術具の設置に関して、難易度が高すぎます。一度設置して稼働すれば、それなりの魔術師が一人いれば、畑の魔術具を制御できますが、とにかく費用が高すぎます。余程の商品価値のある作物でも作らない限りは、投資分を回収するのは不可能でしょう」



 二人揃って口にしたのは、かかった費用の事であった。


 なにしろ、目の前の畑には常駐術式とそれを制御する魔法陣が組み込まれた魔術具が、そこかしこに設置されている状態なのだ。当然、その費用は莫大になる。


 一度稼働してしまえば少人数での管理も可能となるが、それができるのも龍脈の特異点という、極めて例外的な土地柄ゆえである。


 魔力源がなければ動かない、という問題も抱えることとなるのだ。


 術士そのものを魔力源とできなくもないが、それをするとこれを恒常的に動かすのに、いったい何人の術士を配備することになるのだと言う話になる。


 初期投資に目を瞑りつつ、龍脈の特異点という限定的な空間を用意する。これが揃って、初めて稼働するのが、目の前の『促成栽培装置』であった。


 とてもではないが、普及させるのは不可能と言えた。



「では、いっそのこと、性能を落として、散水、温室効果、地力増強のいずれか一つに限定してはどうでしょうか?」



 そう意見したのは、マークであった。


 目の前の畑は“茶の木”という極めて例外的な作物を育てるために作られた畑である。そのため、常駐術式が複雑になってしまい、高コストを招いたのだ。


 ならば、いっそ性能を落として、一つに限定すれば、そこまでの費用にはならない。というのがマークの考えであった。


 実際、これは“うるし”の栽培で用いられていることでもあった。


 漆の樹液の採取量を増やすため、術士は直接、漆の樹木に魔力を注ぎ込み、樹木を活性化させて採取量を増やすことに成功していた。


 育てる作物に合わせて常駐術式を選び、水か、温度か、肥料か、優先すべき要素を選んで運用するというわけだ。


 “選択と集中”を考え、限りある資材や人材を効率よく運用しよう。


 これがマークの意見であり、ヒーサもそれには納得した。



「マークの意見は正しい。作物や育成時期に合わせて、単一の性能に特化した術式を用意する方が、費用を抑えれると言うものだ。まあ、この茶の木は私のわがままで始めたものだし、このやり方にこだわる必要はない。アスプリク、ルル、単一の性能での常駐術式ならばどうなるかな?」



 ヒーサとしてはアイデアは出せるが、実際それを作れる技術者の意見を求めた。門外漢が仕様に口を出して技術者を無理をさせることはない。出すのは口ではなく、金や資材の方でなくてはならない。



「それなら、かなり安くは仕上げれるね。例えば、池や川なんかを水源として、そこに水路や配管を通して、魔術具で散水する方式ができる。この茶の木の畑も、水散布にムラができないようにするために、噴射散水方式じゃなくって、わざわざ雨雲精製からの降雨散水方式にしたんだから」



 丁寧に育てるという発注元ヒーサの仕様に合わせて、コスト度外視で作ったのが目の前の畑なのである。それを基準にしては、とても実用に耐えれる経済効率とは言えない。


 しかし、性能を落とした廉価版であれば、効果は見込める。


 何も雨雲を生成するなどという大々的な術式を用いなくても、散水機スプリンクラーを魔術で動かすだけでも水を散布することはできるのだ。


 むしろ、そうしたやり方の方がいい。アスプリクはそう言い切り、ルルもそれに頷いて賛意を示した。



「まあ、その辺の仕様は現場に任せるよ。私としては、茶畑が完成した段階で、目的は達せられたようなものだからな。他の畑はどういう仕様でやるべきかについては、口を挟むつもりはない。資金は出すから、好きなようにやってくれればいい」



 これがヒーサの持つ魅力でもあった。現場に裁量権を与え、それでいて口は出さずに金だけは出してくれる。働く人間としては、これほど話の通じる後援者パトロンはいないであろう。


 ただ、ごく一部の案件に対しては、異常なまでのこだわりを持ち、資金資材を惜しみなく投じるが、仕様に寸分違わぬ精度を求めてくるので、そうしたときは現場も苦労するのだ。


 目の前の茶畑もそうであるし、漆器の工房もたまに特注の仕様で注文を出してくる時もある。


 松永久秀の“数寄者”としての一面が、より珍しい物を、より完成度の高い物を、より美しい物をと、果てない欲望を満たすために要求してくる。


 それに合わせるために、職人や術士もまた腕前を上げ、さらなる高みへと昇っていけるのだ。

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