8-16 芽吹け! 茶の木は夢と希望を糧にする!

「さて、畝は完成したし、次は私の番ですね」



 そう言って前に出たのはルルであった。


 ルルは畑の端に建てられた柱の一本に近付き、そこに据えられていた制御盤コンソールに触れた。いくつかの結晶体がはめ込まれ、その内の青い宝玉に触れた。


 そして、大きく息を吸い、意識を集中させ、魔力を高めていった。



「天空に散らばる雨風の精霊よ、私の声を聞きなさい。その恵みを大地に降り注ぎ、新たな生命の息吹とならんことを!」



 ちなみに、今の詠唱に意味はない。ただの雰囲気作りだ。すでに必要な術式は制御盤コンソールに刻まれ、随所に建てられている他の柱にも仕込まれていた。


 龍脈より吸い上げられた魔力は柱より天に舞い上がり、風を呼んだ。近くにある小川から湿気が吸い上げられ、徐々に雲を形成していき、いつしか雨がぽつりぽつりと降り注ぎ始めた。



「うん。試運転も順調です。これらなら、それなりの術士が制御盤コンソールに魔力の指示を飛ばすだけで、雨を降らせることは可能です。畑の水やりも、簡単に終わりますね」



 ルルは降り始めた雨を眺めながら、どんなもんだと言わんばかりにヒーサに拳を突き出した。



「見事だ、ルル。これなら水やりも楽ができるな。他の畑でも、運用できるなら広げていってもいいくらいだ」



 この雨雲を発生させる魔術具は、ヒーサが考案し、ルルとアスプリクが実用できるレベルにまで仕上げた代物であった。


 当初は川や池から水を引っ張って来て、それを散水する方式でいこうかと考えたが、散水の散布密度にムラが出てしまうため、いっそのこと雨雲でも作ろうかという結論に達し、今の形状になったのだ。


 ルルは漆器作りの乾燥工程を手伝っているうちに、湿度調整の技術が飛躍的に向上。これを応用して、条件を整えれば雨雲すら発生させれるほどに成長を遂げていた。


 なお、現在の公爵領内の術士の実力ランキングは、まずアスプリクが頭二つほど抜けた実力を有し、実戦においても術研究においてもその天才ぶりを見せ付けていた。


 教団にいたころは嫌々従事していた仕事も、今ではヒーサと言う理解者を得ることにより、なんでものびのびと出来るため、逆に自分から率先して働くようになっていた。


 その次の実力者はマークだ。術士としてはアスプリクに劣るものの、応用力や機転の速さ、術の制御に高い才能を有していた。


 集団戦での大火力が得意なアスプリクに対し、個人戦、特に奇襲や闇討ちを得意とするマークであり、得意分野が違えど、この二人がはやり双璧を成す主力と目されていた。


 次が、法王になったライタンだ。今は机仕事に追われて、現場からは離れているとはいえ、かつては最前線で戦い続けた凄腕の従軍神官でもあり、その実力は未だに衰えていなかった。


 そして、その次に来るのがルルである。


 ルルはアーソでの動乱以降、目覚ましい成長を遂げていた。ここ数カ月の成長幅で言えば、アスプリクやマークすら及ばない速度でその実力を伸ばしていた。


 術士の過重労働に関する規定も、実はルルの働き過ぎオーバーワークを戒めるために、カインが設けたのではとさえ言われているほどであった。



 休む間も惜しんでは働き続け、気が付いたら魔力が枯渇して倒れる。これを何度も繰り返した。


 結果、それがルルの魔力量を増大させることに寄与し、また漆器作りの過程で術の調整力にも磨きがかかり、精度が向上していった。


 そんな成長著しいルルだからこそ、まだ十代半ばの若さで現場の監査を任されているのだ。


 アスプリク、マーク、ライタン、ルル、以上の四名が公爵領における術士の四強と呼ばれている。しかも丁度、火、土、風、水と、それぞれ四元素を得意とする者が揃っていた。



「よし、水やりもこれで済んだな。では、各自、種を土に入れていってくれ」



 術での作業が終わると、今度は人足達が『不捨礼子すてんれいす』の中にある種を受け取り、畑にそれを蒔くために散っていった。



「種と種の間隔を間違えるなよ~。広すぎず、狭すぎず、一定の間隔で種を撒くのだぞ」



 指示するヒーサもどこか楽しげであった。(エルフの里を壊滅させるなど)苦労して持ち帰った茶の木の種であるからだ。


 芽吹き、育てば、いよいよ念願の茶葉が手に入るのだ。


 茶を愛する者として、これ以上にない至福の時であった。


 次から次へと種が畑に蒔かれていき、すぐに鍋は空っぽになった。



「よぉ~し。んじゃ、仕上げといきますか。全員、畑から出てくれ~」



 今度はアスプリクが制御盤コンソールの前に立ち、意識を集中させた。


 赤い宝玉に手を添え、自らの魔力を注ぎ込み始めた。魔力量で言えば、他の追随を許さないほどの膨大な魔力と、龍脈から噴き上がる力の流れを衝突させ、それが大きな力の奔流となった。



「逃がさないよ~。魔力制御、位置座標固定、よし。当該地区への魔力散布、開始」



 無秩序に流れていた力が、アスプリクの意志によって徐々に秩序だった流れへと変じ、それが畑の隅々へと行き渡っていった。



「おお、徐々にだが、畑全体が温もってきたな」



 ヒーサは地面から感じる温かさを感じ取った。


 自分が考案し、アスプリクが形にした、術式を用いた促成栽培装置が完全に起動した瞬間であった。


 龍脈の特異点を魔力の源とし、水の散布、地熱の制御、魔力による地力の活性化、これを術式で構築した制御盤コンソール一つで動かせる。まさに技術の粋を集めて作り上げた、『温室栽培』が遂に完成したのだ。



「でも、この程度じゃ、僕は満足しないのさ~。さて、本気出していくよ!」



 アスプリクは再び意識を集中させ、今度は緑の宝玉に触れた。


 再び魔力を活性化させ、先程と同じく、自分の放出した魔力と龍脈の力をぶつけ合わせた。


 再び衝突による力の奔流が発生したが、今度はそれをそのまま畑に垂れ流したのだ。先程の力の流れを熱エネルギーに転換して、地熱を上げるのに使ったのだとすれば、今度のは力をそのまま大地に定着させ、地力そのものを向上させる魔力制御であった。


 だが、アスプリクの制御は並の術士ならば、暴走しかねない危険な領域までの激しい衝突を生み出し、それすら完全にコントロールしてみせたのだ。


 その危険の報酬は莫大であった。溢れかえる力に種が一斉に目を覚まし、茶の木の種が次々と目を噴き出し始めたのだ。



「おお、こ、これは!」



 予想外の出来事にヒーサは目を丸くして驚いた。


 ヒーサだけではない。周囲もあまりに早い芽出しに絶句してしまった。


 条件を整え、高度な魔術装置も用意し、最適解とも言える環境を用意したとはいえ、想定よりも遥かに早く芽が出てしまったのだ。



「ありがとう、鍋の神様!」



 ヒーサは感動のあまり、持っていた神の作りし聖なる鍋を天高く掲げた。


 なお、その制作者たる女神テアは、私の与り知らぬことですと言わんばかりに、困惑しながらその鍋を見上げていた。


 かくして、夢と希望と欲望を糧に、茶葉の畑が産声を上げるのであった。

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