8-15 大地の力! 魔術で畝を形成せよ!

「では、早速だが、うねから作っていこうか」



 ヒーサは持って来た圃場の図面を広げた。


 アスプリクから圃場の大きさ、及び各所に設置した魔術具の位置を把握しており、築城の縄張りの要領でおおよその完成図を予想して描いていたのだ。


 ヒーサの中身である“松永久秀”は築城の名手であり、戦国日本においては多聞山たもんやま城や信貴山しぎさん城などを始め、多くの城造りを手掛けた。織田信長の安土城も、これを大いに参考にして築城されたほどだ。


 また、その際に生み出した『多聞櫓』と『天守閣』は後の城造りの基本となり、それ以降の城にはほぼ見受けられるほどに普及した。


 それを反映してか、転生後の所持スキルには【築城名人】が初期装備されており、新たにスキルカードで補強したものも含めて、こちらの世界での能力増強に役立っていた。



(その影響か、随分と建築がはかどるのだがな)



 実際、ここ最近の新規事業立ち上げの際には、このスキルが大いに役立った。


 どうやら築城のみならず、建築系の能力全般に影響を与えているようで、図面を描いたり、材料の削り出しの仕様書なども手掛けれており、公爵領内の建設ラッシュを破綻なく進めていけている要因になっていた。



「ヒーサって、ほんと何でもできますよね。貴族として領地経営していたかと思えば、医者として患者を治したり、芸術家として漆器やなんかを生み出し、それを商人として高値で売り、そして今度は、建築家や農業指導なんかまで」



 ヒーサの横に立ち、図面を覗き込みながらティースが話しかけてきた。何でもかんでも器用にこなしてしまえる夫の才能が羨ましくて仕方がないのだ。


 ティースにとってヒーサは女としてはよき夫であるが、同時に領主としては羨望や嫉妬の対象となる複雑な状態であった。


 自分にヒーサの半分でも才能があれば、と思う事すらしばしばだ。



「自分の才能が怖いくらいだよ。ただな、そんな私も苦手な事がある」



「それは?」



「女性を口説くことだ」



 ニヤリと笑って答えるヒーサに、その場の全員が「嘘つけぇ!」と心の中で絶叫した。


 なお、周囲は誤解しているが、ヒーサは本当に女を口説くことが苦手であった。なぜなら、ヒーサは女を“堕とす”事には長けていても、“誠意をもって接する”という事をあまりやったことがないのだ。



「さて、ではマーク、この図面の通りの畝を作ってくれ」



「作れとは、軽く命じてきますね、公爵閣下」



「まあ、お前も“術司所うらのつかさ”所属だからな。今の雇用主は私だぞ」



 実際、この茶畑造りはヒーサ肝入りの事業であり、その懐から惜しげもなく投資されて進められていた。当然、その中には使う術士や人足の賃金も含まれていた。



「まあまあ、マーク君、今は令夫人もこうして検分なさっているんですし、そういう細かい事は抜きにしましょうね」



 ちょっとごねているマークを窘めたのは、アーソの地から移り住んできた術士の少女ルルであった。


 ルルが言う通り、マークは名義上は術司所うらのつかさの所属となっているが、特別な立場でもあった。


 公爵領内の術士は原則、術司所うらのつかさへの名簿登録が義務付けられ、そこから仕事の斡旋が行われるようになっていた。


 この点ではかつて教団が行っていた術士の管理機構と変わらないが、その仕事については“義務”から“権利”に変わっており、自己都合で拒否することもできた。


 ただ、稼ぎが多く、運営委員会も健康管理などには気を遣っているため、余程の事情がない限りは拒否されることはなかった。


 ただし、幾人かの例外が存在する。マークもその例外の一人だ。


 マークはあくまでティースの直臣であり、その身柄は彼女の意志が優先されるのだ。例え運営委員会やヒーサからの仕事依頼であっても、ティースがこれを拒否すればそれが認められた。


 ちなみに、ルルもその例外の中に入っていたりする。


 ルルは運営委員長に就任しているカインの直轄とされ、現場の監査を任されていた。就労既定の違反などがないかを見て回り、雇用側に不正や不備、過重労働が発覚すればこれを正し、逆に術士が怠業サボタージュがないかを調べ、委員会への報告を行っているのだ。


 今、ルルがマークを窘めているのも、そうした職権が付与されているからであった。



「マーク、お願いしますね」



 ティースからの依頼とあっては、当然マークは断ることなど出来なかった。


 畑の端で跪いて手を置き、精神を集中させた。



「大地の精霊よ、我が意に応え、その足跡を示せ、【地走りグランドダッシャー】!」



 力ある言葉ともに地面が隆起し、それが一直線に畑の反対側まで走り抜けた。


 本来なら大地の力を爆発させ、前方に土砂を押し出し、相手を吹き飛ばす術式なのだが、マークはこれを上手く加減し、程よく隆起させて、畑の反対側にまで畝を形成したのだ。


 畝の高さや幅も、すべて企画書通りであり、反対側までの一直線の完璧な仕上がりであった。



「おぁ~、さすがマーク。完璧な力加減だね。術の制御に関しちゃ、僕より上だよ」



 マークの作り出した畝を見ながらアスプリクは素直に感心し、惜しみない拍手を贈った。


 実際、端から端まで百メートルはありそうな畑の畝を、一瞬で形成したのだ。いくら龍脈からの力を借りられる特異点とはいえ、ここまで魔力の流れを読み切り、企画書と寸分違わない形の畝を走らせるなど、並大抵の術士では不可能な技であった。


 アスプリクだけでなく、それを見ていたその他大勢も拍手でそれを讃えた。



「見事見事! じゃ、次、やってくれ」



 軽々しく追加を催促するヒーサには少しばかりイラっと来たが、主人の命令でもあるので、マークは次に取り掛かった。


 今走らせた畝から少し横に動き、再びしゃがみ込んだ。通路となる畝間の幅を計算に入れて、再び【地走りグランドダッシャー】で畝を形成した。


 あとはひたすらそれの繰り返しだ。


 畝を走らせ、横に移動し、また畝を走らせる。マークはこれをひたすら繰り返した。



「いやぁ~、すごいな、これは。人力でもできなくもないが、この面積に畑の畝を作るとなると、結構な時間がかかるからな。こりゃ手放せんわな」



 改めて術士の有用性、そして、マークの実力を垣間見て、ヒーサは素直に感嘆とした。


 術士を戦力としてでなく、後方の生産力向上に回した方がいいと考えたが、これを見せられると、自分の判断が間違いではないことを実感できた。


 領内各地の村長や有力者が、術士の囲い込みを行うとしたのも納得と言うものであった。


 かつてはこれを『五星教ファイブスターズ』の教団が独占していたのである。


 上手く使えば、利益などいくらでもひねり出せる。



(他人の利権を奪い去るのは、実に愉快であるな)



 今やその特権は崩れ、その一部が自分のものになりつつある。


 ヒーサがニヤつくのも当然であった。

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