8-14 開墾! 茶畑を造成せよ!
すべては順調そのもの。
だからこそ怖いのだ。
自分の慣れ親しんだカウラ伯爵領が、名前だけ残して全て
「ティース様の疑念も当然でしょう。ですが、さすがに公爵様からの直々の要請とあっては、断るわけにはいきませんからね。給料の支払いも色を付けてもらってますから」
マークはそう言って、耕したばかりの畑を眺めた。
ここへやって来たのは、アスプリクにほとんど無理やり連れて来られたのが原因であった。
シガラ公爵領内では茶畑に適した土地が見つからず、捜索範囲をカウラ伯爵領にまで伸ばしたのだ。そのため、伯爵領の地理に詳しい術士をとなって、強引に引っ張りだされた。
そして、この地を見つけ出すと、即座に運営委員会に要請を出し、動かせるありったけの人員を用意して、僅か半月で雑木林が畑へと変じたのだ。
マークはあくまでティースの従者であるため、整地作業には参加せず、最後の仕上げとなる魔法陣の設置を手伝っているところであった。
「この地は龍脈と呼ばれる地下を流れる巨大な流れの噴出口です。規模としてはそれほどではありませんが、魔法陣を敷いて常駐術式を展開させるには十分です」
「なるほどね~。それで術士がいっぱいいるわけか」
マークの説明でティースおおよそ理解した。
魔法陣の発動にはそれ相応の魔力が必要であるし、また常駐術式ともなると、それを定期的に検査して適正な魔力量に調節する必要もあった。
そのための人員と言うわけだ。
「計画では、近場に村を新設し、ここの管理を行わせるようです。魔法陣を用いた畑、という新形態の実験施設という意味合いもあるのだとか」
「私にもよく分からないんんだけど、茶畑にそこまでする価値はあるのかしら?」
「さて、それは俺に聞かれても困ります。ティース様が直接ご本人に尋ねられた方がいいかと」
もっともな指摘であり、ティースも苦笑いをした。
夫であるヒーサは、とにかく奇抜なのだ。どこで捻り出してきたのかと問いただしたくなる計画を披露しては、有無を言わさず実行に移し、それが良い結果に結び付くことが多かった。
そもそも、今回の件にしても計画に携わている人間の大半が、「お茶って何?」の状態であった。
ヒーサからは飲み物であり、薬であると聞かされた。
「と言うかむしろ、生き甲斐とすら言える」
恍惚とした表情で言われた時には、さすがに周囲の面々もドン引きしていた。ああまで浸っているヒーサの表情を見たのは初めてであった。
まあ、今まで成功を収めているのだし、今回もそうなのだろうと納得し、現在進行形で計画が進められているのだ。
「まあ、丁度来られたみたいですよ」
マークが遥か遠方の空を指さした。
ティースやナルがそちらを見てみると、なにかがこちらに飛んで来るのが見えた。
それは徐々に大きくなっていき、人が三人、空を飛んでこっちに飛んで来るようであった。
「えっと、ヒーサにアスプリク、それにテア!? ってことは、ヒサコが国内に戻ってきているのは間違いなさそうね」
とうとう戻って来たか、と言わんばかりに嫌そうな顔をティースは見せた。
テアはヒサコと共にネヴァ評議国に出掛けており、その姿があるということはヒサコも戻ってきていると言う事であった。
そうこう思案を巡らせているうちに三人は目の前までやって来て、近くに着地した。
「おぉ~、やはり空を飛んでの移動は早いな。シガラからカウラまでは馬を使って一日の行程だと言うのに、もう着いたぞ」
「お~、褒めろ褒めろ。ここまで運んだ天才美少女の術士である僕を、これ以上にないくらいに褒めろ」
「うむ、よしよし」
ヒーサは妻の前だと言うのに、お構いなしにアスプリクの頭を撫でてその特異な容姿の少女を愛でた。
なお、その手には見慣れぬピカピカの鍋が抱えられており、耳目を集めた。
「ヒーサ、その鍋は?」
「ヒサコから届いた荷だ。アーソから動き辛いみたいでな。注文していた荷と、テアを寄こした。あと、賢い犬を拾ったから、自分の代わりに愛でてくださいとな」
「アンッ!」
テアが黒い仔犬を抱えており、それがティースに向かって愛嬌よく鳴き声を上げた。尻尾をブンブン振っており、テアが地面に下ろすと、一目散にティースに駆け寄り、その周りを元気に走り回った。
「元気のいい上に、賢そうね。拾い主とは大違い」
「名前は“つくもん”と言うそうだ」
「変わった名前ですね」
「ヒサコが言うには、『古代聖霊語で“完全にはわずかに届かない”を意味する言葉です』だそうだ」
「ますます訳の分からない名付けを」
ヒサコが絡んでいることには無条件で反発を覚えてしまうものだが、やはり小さくて愛くるしい仔犬には癒されてしまうのであった。
その仔犬の脇を抱えて、ジッとその顔を眺めると、キュ~ンと鳴いて首を傾げた。
「うふ、可愛い!。“つくもん”、これからよろしくね」
「アンッ!」
ティースは仔犬を地面に下ろした。頭を撫でてやると、また尻尾をブンブン振り始め、すっかり懐いているようであった。
なお、ヒーサにとっては、この一連の動きは“確認”であった。
前回、【
ならば、鍛え終わった今回はどうかということで、あえてこの場に同行させたのだ。
結果は大成功。ナルもマークも
(よし、これなら
ヒーサとしては満足のいく結果であり、にこやかに微笑んだ。その姿は妻が犬と戯れる姿に喜ぶ夫のそれにしか見えなかった。
だが、それ以上に嬉しいのは、いよいよ茶畑の作成に取り掛かれることであった。
「ふむ、いい地形だ。アスプリク、良く見つけてくれたな」
「まあ、ちょっとした傾斜部で、龍脈の影響力のある場所。おまけに水源なり水脈なりが近くある、なんて条件は結構難易度が高かったよ」
「うむ。これで地熱以外は条件が揃ったな」
そして、ヒーサはピカピカ輝く鍋、神造法具『
「ちょいとな、水に晒した方が発芽にはいいんだ。では、茶の木の種まき、いってみよう!」
ヒーサの声は喜びに満ち、瞳を輝かせながら叫んだ。
まるで楽しい遊びを始める少年のような姿であり、周囲はそんな普段見せないヒーサの姿を不思議そうに眺めた。
そう、ヒーサこと“松永久秀”にとってはようやくここまでこれた、と言う感無量の気持ちでいっぱいなのだ。
茶を嗜みながらのんびり過ごすという夢が、畑の中に種として蒔かれ、大地より芽吹く瞬間がそこまで来ていた。
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