8-13 術司所! 派遣業務はお任せあれ!

 ティースとナルは久しぶりに二人で他愛無い事を語り合い、一夜を過ごした。


 ほんの半年前、ティースが結婚してシガラ公爵領に移り住むまでは、人目を気にしなくていい場面では割と砕けた関係であり、それが一晩限定で戻って来たかのように懐かしくも楽しい時間であった。


 とはいえ、懐かしさばかりを感じているわけにはいかないのが、今の立場なのだ。


 半年ほど前までは、ティースは伯爵家のお嬢様であり、そのうち隣接する公爵家の次男坊に嫁ぐことになっていた。


 新郎新婦ともに家督の相続に当てはまらない立ち位置であり、両家の結び付きを強める以外には、それほど期待されたものでもなかった。


 新郎は医者であり、それなりの生活になるだろうとティースは考えていたが、それがあの忌まわしい毒殺事件を契機に、すべてが狂ってしまった。


 両家の当主と嫡男が死亡し、家督が本来縁のないはずの新郎新婦に回ってきてしまった。


 結果、ヒーサは公爵に、ティースは伯爵に、それぞれが家を継ぐことになった。


 気楽な立場から、家臣団や領民を率いる立場となり、若輩を自覚しながらも必死でやりくりをし、今に至っていた。



(そう。もうかつてのようにはいかない。今は私が領主であり、しっかりとした姿を見せなくては)



 ティースはそう自覚するがゆえに、領地領民のために働き続けていた。


 と言っても、やる事は夫ヒーサの秘書官であった。


 元々、ヒーサの秘書官はテアがやっていたが、今はヒサコと遠方に旅立ち、帰ってくるまでの間の代役を任されていた。


 そこで夫ヒーサの異常とも言える働きぶりに目を奪われ、自分の経験不足を思い知らされた。


 日々の雑務の合間に行われる領内の視察も、ヒーサがいかに領民から慕われ、家臣からも最大の敬意と忠義を尽くされているかを見せ付けられた。


 同じ領主という肩書でありながら、あるいは同じ年でありながら、こうまで差がついてしまうのかと、一時は自信を失いかけたほどだ。


 そんな自分を、ヒーサはいつも優しく抱きしめてくれた。


 朝も、昼も、そして、夜も、ずっと一緒に過ごしてきた。


 そして今、ティースの腹中には、二人の間にできた子供が芽吹いている。まだ気付いて数日程度であり、ヒーサにもまだ伝えていない。


 少し劇的な場面で披露して、夫の驚く顔を拝んでやろうとの悪戯心がティースにはあった。


 そんな夫が手掛けている事業がいくつもあるが、その内の一つが開墾事業だ。


 新規の入植者に圃場を与え、村を作り、生活基盤を築くために行われていた。


 だが、目の前の新たに開けた畑は、少し毛色が違っていた。少し傾斜部に畑を作っていたのだ。



「傾斜部に畑を作った方が、日の当たりが良いそうです」



 不思議そうに眺めていたティースに対して、ナルがそう説明した。


 単年で収穫してしまう作物であれば、傾斜のある畑では作業性が悪そうだが、十年二十年と収穫を続ける樹木であれば、日当たりを最優先というわけだ。


 畑もかなり広く、ちょっとした屋敷であれば建てられそうな面積が整地されていた。


 かつては雑木林のようであったらしく、隅の方にはその残骸と思われる切り株や刈り取った雑草、あるいはゴロゴロとした岩など、邪魔な物が山積みされていた。


 ざっと見ただけでも百名くらいは何らかの作業をしており、本当に大急ぎで整備したという感じが伝わっていた。


 実際、術士や手隙の人員を優先して割り当てられ、あっという間に山林から畑へと作り変えられた。人力でやれば一年はかかるであろうこの作業を、ものの半月程度で仕上げれたのも、やはり術士の力が大きかった。


 根の張った樹木は文字通り、根こそぎ術の力で引っこ抜き、あるいは岩石を取り除いては端に移動させたりと、大活躍であった。


 ボコボコの表面と奇麗にならし、もういつでも播種できますというところまでもってきていた。


 だが、まだ何かやるようで、術士と思しき人々が、なにやら図面を眺めながら地面に図形を描いていったり、あるいは何かの指標を打ち込んだりと、忙しなく動き回っていた。


 そんな中に、ティースは自分の従者でもあるマークを見つけ、歩み寄った。



「マーク、お疲れ様」



 話しかけたマークは、文字通り泥だらけであった。


 普段は年若い近侍として貴婦人の世話役をする少年なのだが、この場においてはごく普通の農夫のようであった。


 柱のような魔術装置の設置が終わったようで、近付いてくる主人と義姉の存在に気付き、軽く会釈して出迎えた。



「これはティース様、畑の見学でございますか?」



「ええ、そうよ。それにしても、ここまで術士を配備する必要があるのかしら?」



 新設された村々には、流入してきた術士が入植者として配備されるが、その有用性は極めて高かった。


 水属性の術士であれば、水やりや水脈の探り当て、地属性の術士であれば、整地や簡単な建築など、人力では手間や時間のかかる作業を次々とこなしていった。


 今や領内の村々では、術士の奪い合いに近い状態になっており、一時は騒動の種になっていたほどだ。


 なお、この件に関してはヒーサ自身も困惑したほどであった。とにかく、想定以上に術者の流入が多く、現場任せでは回せないほどに頭数が増えてしまったのだ。


 そのため、急遽設けられたのが“術司所うらのつかさ”と呼ばれる部署であった。


 術司所うらのつかさは術士の管理運営を行う部署で、術士は原則としてこの部署への登録を義務付けられることとなった。


 そして、常設の運営委員会によって術士の派遣先が決められ、過重労働や偏った派遣などがない様に適切に運用されることとなった。


 また、当初は無料であった術士への要請も、術司所うらのつかさが創設されると同時に有料に変更された。


 理由は二つある。


 一つは術士を効率よく運用するためだ。


 術を用いた労働は極めて効率が高く、実際各所で生産性、作業性の向上に一役買っていた。


 当然、そのような有能な労働者であれば欲しいと考え、村単位での囲い込みなどがあった。中には入植してきた術士に自分の孫を宛てがって、完全な取り込みを図る村長まで出てきたほどだ。


 そうした独占はよくないと改め、有料での派遣という形に変えたのだ。


 そうすれば、全体の状況を把握しながら過不足なく術士を割り当てれたり、あるいは有料であるからこそ簡単な雑務で呼び出されたりなどすることが無くなり、効率化が図れるようになった。


 もう一つは、術士に報奨金を出すためだ。


 術士という存在は、今までは待遇の悪い者が多かった。戦場に駆り出され、帝国との最前線、あるいは危ない霊地などでのお祓いなど、危険な任務が当たり前だったのだ。


 その差を見せ付ける意味においても、術士の待遇改善は喫緊の課題と言えた。


 今までは教団の命令で実質“無償”での奉仕であった術士の働きが、今や金銭という形で“有償”となったのだ。


 各地の現場からの要請で派遣がなされ、要請してきた村や工房から労働内容に合わせて術司所うらのつかさに料金が支払われた。その内、支払われた分の七割が、術士の取り分と定められた。


 これがまた結構な稼ぎとなり、熟練の職人を上回るほどの収入となった。


 術士の過剰な投入を抑えつつ、囲い込みも阻止し、賃金もきっちり支払われる。


 術司所うらのつかさの創設により、ヒーサの狙い通りの所に落ち着かせることができた。

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