8-6 帰還! 懐かしのアーソ辺境伯領!

 ジルゴ帝国の皇帝即位の報を聞き、急いで実家のある王国に向けて帰路を進んでいたヒサコ御一行だが、特に襲われるでも不穏な情報を聞くでもなく、ようやくネヴァ評議国とカンバー王国の国境にまで戻ってきていた。


 両国の国境は川が流れており、その橋の上が国境となるのだが、はっきり言って往来は自由だ。両国間にはこれといった問題もなく、あくまで人間族の世界と、妖精族の世界を隔てるものであり、領土紛争などのいざこざがないためだ。


 とは言え、行き交う行商はどこか忙しなく感じてしまう。誰も彼も不安を抱えていそうな表情を見せており、商人の肌が戦を感じ取っているのだろうとヒサコは推察した。



「やれやれ、やっと戻って来れたわね。ひとまずは城の方に顔を出すの?」



 テアは御者台で荷馬車の操縦をしているが、彼女からヒサコに話しかけたのは久しぶりであった。


 なにしろ、皇帝即位の報を聞いて工房都市パドミアを出立してからと言うもの、ヒサコはずっと考えに耽っており、話しかけるのをはばかっていたからだ。


 とはいえ、国境を越えて王国に戻ってからの事を具体的には聞いていなかったため、さすがに尋ねざるを得なかった。


 ヒサコは横になってずっと考え事していたが、テアの呼びかけに応じ、上体を起こした。



「ええ、そうね。まずは城へ。まだ、不確定な情勢だし、なにより情報が少なすぎる。アーソ城にはサームが詰めているはずだし、色々と聞き出さないとね。一応、いくつかの対応策は練っておいたけど、情報次第では修正を入れる」



 振り向くテアの見たものは、今まで見たことのないほど真剣なヒサコの表情であった。それだけに、現在の状況の逼迫具合が分かると言うものだ。


 現在、王国内部は分裂状態であり、王家、教団、各地の貴族が離合集散を繰り返し、誰が敵か味方か判別が付けにくい状態にあった。


 無論、これはヒーサ・ヒサコの中身である“松永久秀”が策を巡らせ、暗躍した結果であるが、その予定を皇帝即位と言う一手で、逆に好ましからざる結果を生むこととなった。


 それまでの予定では、こうした内部分裂を熟成させ、下剋上の機会を伺うつもりでいたが、予定外の第三勢力が首を突っ込んできた状態なのだ。



(そう、これは群雄割拠の状態に、横槍を入れてきた南蛮勢力のようなもの。しかも、鉄砲などの有益な技術の話は一切なし。完全なる侵略者としての第三勢力。あからさまに胡散臭い“魔王”の看板を見せびらかして、何が目的なのか、それを導き出さないと)



 考えがまとまらない、相手の意図が不明、それだけにヒサコはいつになく慎重であった。


 魔王の影が見え隠れしている以上、捨て置くことはできないが、かと言って今の国内の状況では一致団結して立ち向かうというわけにもいかない。自分で蒔いた種とは言え、そこかしこに疑心暗鬼がうごめいているからだ。


 そんなヒサコの姿を、アスティコスは不思議そうに眺めていた。


 ヒサコとは付き合いもまだまだ短いが、今まではとにかく余裕アリアリの不敵な態度を崩さなかったが、今は明らかにその余裕が失われていた。


 常に先を見通しているかのような智謀を以てしても、やはり見えないものはあるのだと思い知らされていた。



「ヒサコ、あなたでも不安になることがあるのね?」



「不安というより、不満なのよ。ままならないことが多すぎる。万物が如意であるなら、刺激が足りなくてそちらに不満を感じるでしょうけど、今は明らかにこちらの予想を超える事象が多すぎる。もう少し楽をしたかったのに、誰よ、戦国乱世をこの世界に持ち込んだのは」



「それはあなたじゃなかったっけ?」



「あたしは持ち込んでないわよ。ただ単に、好きなように振る舞ってたら、勝手にこうなっただけよ」



 あれほど情勢を引っ掻き回しておいて、この言い草である。


 その好き放題に無理やり付き合わされ、いったい幾人が不幸のどん底に落とし込まれたのか、とても指で数えれるものではなかった。


 もちろん、アスティコスもその一人なのだが、だからと言ってヒサコを背中から刺そうなどと言う気にはなれなかった。


 はっきり言って、今はそんなことなどどうでもいい。アスプリクに会ってから、今後の事を決めようと考えているため、その繋ぎ役としての役目がある以上、ヒサコに関することは保留状態なのだ。


 そして、それぞれの思惑を胸に、馬車は川を越え、王国の領域内へと進んでいった。

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