8-7 告白! 捧げられしは黒い茶碗!

 そんなこんなで埒のない会話を続けていると、気が付けば城の前まで馬車が近付いていた。


 アーソ辺境伯領は王国、帝国、評議国の国境を接する緊要地であり、その城は防衛力の象徴的な意味合いもあった。背後と両脇を川で囲まれ、さらに峻嶮な山の上に乗っかるように建てられたその城は、まさに難攻不落と呼ぶにふさわしい程の堅牢さを見せ付けていた。


 その城門前には、以前訪れた時よりも、詰めている兵士の数が多い様にも感じた。



(戦が近付いていることへの緊迫した雰囲気。さすがに前線にいる連中は顔つきが違うわね)



 アーソは帝国と国境を接するため、小競り合いが発生する場面が多々あると聞いていた。また、略奪目的で大規模な攻撃を仕掛けてくる場合もあるため、アーソの人々は戦に慣れていた。


 現在はシガラ公爵家に仕える武官サームが臨時に当地を預かっており、抜かりなく備えているようで、ヒサコは安心した。



「止まれぇ~い!」


 案の定、馬車は見張りの兵士に止められた。先触れも出さずに近付いたため、当然と言えば当然の対応であったが、そこは究極の顔パスが存在した。


 幌からぴょこッとヒサコが顔を出し、笑顔を見せた。



「ハァ~イ、お久しぶりですね」



「あ、ひ、ヒサコお嬢様! これは失礼いたしました!」



 呼び止めた兵士はヒサコをの顔を見るなり、慌てて頭を下げた。


 なにしろ、現在のアーソ辺境伯領にいる戦力は、元々のアーソの兵士に加え、シガラ公爵家の兵士も混じっている状態なのだ。


 そして、ヒーサの参謀役として帯同していたため、ヒサコはどちらに対しても顔が知られていた。



「そのご様子では、公爵様よりの依頼を達成されたようでございますね」



「ええ、そうよ。なにやら国元を離れているうちに、ずいぶんと賑やかなことになったみたいね。風の噂で、耳に色々と入って来たわ」



 わざとらしくそう述べたが、実際のところ、分身体ヒーサを介して情報を仕入れているため、兵士達よりも余程情報に精通しているのだが、あくまで国外からようやく帰宅した風を装わねばならないための措置であった。



「仰る通りです。国内は公爵閣下を妬む愚か者が和を乱し、外に目を向ければ、帝国が大きく動きそうな兆候が見られます。これからどうなることやら」



「大丈夫ですわ。お兄様ならきっと、よき知恵を出される事でしょう」



 言っている当人がヒーサであり、その自分もまだ策が固まっていなかったが、兵士達をわざわざ怯えさせる必要もなく、平静を装った。


 兵士達も兵士達で、相変わらず豪胆かつ理知的なお嬢様だと、ヒサコにますます敬意を抱いた。



「それで、サーム殿は城にいるかしら?」



「はい。それとですね……」



「ヒサコォ~!」



 突如背後から大きな声で呼ばれたので、ヒサコはそちらを振り向くと、そこには見知った顔が脇に箱を抱えながら歩み寄って来るのが見えた。



「アイク殿下! こちらにいらしていたのですか!」



 ヒサコは予想外の人物の登場に驚きつつも、そちらに歩み寄って恭しくお辞儀をした。


 アイクは王国の第一王子であり、病弱を理由に第一線を退き、芸術に打ち込んでいた。特に今では陶磁器の作成に熱を入れており、ヒサコもその完成を待ちわびていたのだ。



「いやぁ~、会えてよかったぞ。時間的にそろそろ戻ってくる頃だろうと思って、五日前からケイカ村よりこちらに移っていたのだが、こうも早くに出会えようとはな」



 アイクもいたく上機嫌であったが、ヒサコの関心はその脇に抱えられた箱に意識が集中していた。帰りを待っていたということは、注文していた茶碗ができたことを意味しており、早く見てみたいという衝動が抑えられなかったのだ。


 アイクもそんなヒサコの雰囲気を感じ取り、その箱を差し出してきた。



「さあ、ヒサコよ、約束の茶碗だ。確かめてくれ。何度も何度も焼き続け、ようやく納得のいく作品が出来上がった。これでダメなら、そなたとの婚儀を諦めようとさえ考えている」



「まあ、殿下ったら!」



 そうまで言うのであれば、相当な自信作なのだろうと期待に胸を躍らせた。


 さて、どんな茶碗が出てくるかと箱を開け、その横ではテアやアスティコスも寄って来て、同じく箱を覗き込んでいた。


 そして、飛び出してきたのは、釉薬すらかかっていないような、黒と茶褐色が混じり合ったザラザラした武骨なたたずまいの茶碗であった。



(うぉ!? こ、これは備前焼に近い! しかも、黒備前ですって!?)



 備前焼は釉薬を用いず、土と火だけで作り出す。そして、その備前の土には鉄分が多く含まれているため、焼成中にそれが溶け出し、釉薬の代わりになるのだ。


 その溶けだした鉄が、表面を黒っぽく見せた。


 しかも、備前焼は自然の産物であり、土や窯の状態でいくらでも焼き上がりの変化があり、決して同じ作品ができない“変窯”の焼物なのだ。



(千差万別、この世には一つとして同じ物など存在しない。ああ、この茶碗とて、土と火が偶然に生み出した物。定まることなく、個性と言う名の変化を与えられし茶碗よ!)



 ヒサコはアイクがもたらした茶碗の完成度の高さに打ち震え、茶碗を握るその手も感動のあまり震えていた。



「殿下! よくぞここまでの作品を世に送り出してくれました! 感激、などという言葉では表し尽くせない感情が、この器には載せられております!」



 突如として満面の笑みを浮かべ、叫ぶヒサコに驚いたが、アイクはどうやら満足のいく作品であったのだと安堵し、そのまま茶碗を持つヒサコの手を包み込むように自らの手を添えた。



「ヒサコ! 約束の品は用意した! さあ、結婚しよう!」



「はい、喜んで!」



 真っ直ぐすぎるアイクの告白と、二つ返事で応じるヒサコ。


 当然、側にいたテアやアスティコスは目を丸くして驚き、いつの間にか群がっていた兵士や、報告を受けたやって来た城代のサームも唖然とした。


 確かに、二人の婚儀については前々から言われていたことだが、黒い器を挟んでの告白など、見たことも聞いたこともなかったのだ。



「ふむ、人間はこのようにして結婚するのね」



「違う違う。この二人が特殊すぎるだけよ」



 誤った文化交流がないよう、テアは慌ててアスティコスに訂正を入れた。


 何をどう間違えたら、黒っぽい茶碗を間に挟んで、告白劇ができるのであろうか。


 間違いなく、この世界では、この二人にしか成立しない特殊な状況であった。

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