7-72 さらば仁君! これからは暴君で通します!

 アスティコスは茫然と目の前にいるヒサコを見つめていた。


 人でありながら、まるで魔王か何かのような口ぶりに、ただただ唖然としていた。


 未だにその脇には父プロトスの首を抱えており、もう片方の手で自分の頬を撫で回していた。


 さらに、黒犬つくもんまで寄って来て、ペロリと嘗めてきた。


 ヒサコの手と黒犬つくもんの舌に挟まれる格好となったアスティコスは、もう何も考えられなくなっていた。


 これは夢か、それとも現実なのか、それすら区別がつかないほど、目の前の光景は異様であった。文字通りの意味で嘗め回されており、その不快な感触こそやはり現実なのだと律義に伝えていた。



「あ、これ、返さないとね。ちゃんと奇麗に拭いておいたから、はい、どうぞ」



 無造作に突き出されたのは、プロトスの生首であった。無念の表情を浮かべるそれは、つい先程まで威厳に満ちた立ち振る舞いで皆を率いていたというのに、今は物言わぬ首になっていた。



「は、はあ、はわ、うひ、ひゃあ」



 怯えるアスティコスは上手く声ことができなかった。


 ヒサコはお構いなしに首をアスティコスに渡そうとするが、それに対してとうとう黙って見ていられなくなったテアが、相方の後頭部に思い切り平手打ちを叩き込んだ。



「無神経にも程があるでしょう!? なぁに、これ見よがしに生首なんぞ見せ付けてんのよ!」



「いや、だって、ここは里の聖域であり、死者が永遠の眠りに着く墓所なんでしょ? だったら、里の掟やエルフの流儀に殉じた里長を、娘であるアスティコスが弔うのは当然では?」



 全然悪びれた風を見せぬヒサコの答弁であった。


 言っている事自体は間違っていないのだが、娘に父親の生首を差し出して、埋めちゃえ、はいくらなんでも酷過ぎた。



「そ・れ・が、無神経だって言ってんのよ! もう少し、気遣いってものを考えなさい!」



「義弟の髑髏を杯にてカンパ~イしてた信長うつけよりかは、大分マシだと思うけど?」



「あっちの世界の魔王、自重しろぉぉぉ!」



 絶叫しつつ、テアはヒサコから首を取り上げると、布でそれを包んだ。


 そして、ヒサコと黒犬つくもんを下がらせ、改めてアスティコスに首を差し出した。



「いや、ほんとごめんなさいね。ヒサコが無神経過ぎて」



「あ、いや、その」



「ヒサコの頭は、完全に弱肉強食な発想で埋め尽くされているの。食うか食われるか、それを人生を通して体験してきて、今もその流儀を通しているわ。良いも悪いも、すべて自己責任。死んだら自分が弱かった。死んだら相手が弱かった。死にたくなければあらゆる手段を尽くせ。それを自分にも他人にも課してくる。そういう奴なの」



 なにしろ、ヒサコの中身である“松永久秀”は、殺し殺されが当たり前の戦国日本を、七十年にわたって駆け抜けたのだ。


 それも、謀略と下剋上の中心である畿内を駆け回り、ただの商人から一国の大名にまでのし上がった、乱世の梟雄である。


 食うか食われるかなど、当たり前のことでしかない。


 こうして首だけでも娘に届けたのは、戦国的作法に則った彼なりの親切心なのであった。



「エルフの教えでは、この地に眠り、土に帰って魂は世界を循環していくのでしょう? プロトスがそう唱えたのなら、彼自身も土に帰ることを望んでいると思うの。娘のあなたがちゃんと弔ってあげないと、その魂は行き場を失う。だから、あなたの責任を以て、父を送り出してあげて」



 テアはいつになく真剣な面持ちで語り、もう一度布で包まれた首を差し出した。


 最初は怯えていたアスティコスもその説得によって落ち着き、震えながらもどうにか首を受け取ることができた。


 そして、ゆっくりと立ち上がると、聖地の中央にある巨木の方へと歩いて行った。


 どうにか立ち直ってくれたとテアは安堵し、その背中を優しく見守った。


 だが、ヒサコの方を振り向くと、その神妙な雰囲気が一瞬でぶち壊しにされた。


 なにしろ、いつの間にか火をおこし、どこで仕入れてきたのか釜に火をかけ、湯を沸かしていたからだ。今しがたの神の説法などどこ吹く風か、完全に無視していた。



「あのさぁ」



「もうすぐ出来上がるから、ちょい待ってね」



 そう言うと、ドサッといつの間に摘み取ったのか茶葉をその湯の中にぶち込み、グツグツと煮立たせ始めた。



「あの、それって」



「もちろん、湯を沸かして、茶を用意しているところよ」



 事も無げの答えるヒサコに、やはりかとテアはため息を吐いた。



「こっちが折角、傷心の娘を説得したって言うのに、何よその態度は」



「うん、なかなか見事な説法だったわよ。まるで神様みたいね」



「いや、一応、これでも女神なんですけど!?」



「ああ、そうだったわね。今の今まで、全然そういう感じじゃなかったから、すっかり忘れていたわ」



 その時であった。


 二人の頭の中に、何とも言えない嫌な音が鳴り響いた。




 デロデロデロデロデロデロデロデロデェ~ロ!


 残念ですが、装備していたスキルカード【大徳の威】が破壊されました!


 今後は一切、そのスキルを使用することはできません!





 説明口調と共に、ヒサコの頭の中で何かが弾ける感覚が伝わってきた。



「ああ、やっぱり壊れちゃったか」



 テアは側にいた黒犬つくもんに視線を向け、その頭を撫でた。



「まあ、こうなることは予想済み。今日一日、一回限りの禁じ手。【スキル転写】で【大徳の威】を黒犬つくもんに移し替え、怪物モンスター軍団を編成し、里にぶつけて阿鼻叫喚。一日魔王、お疲れ様だったわ、黒犬つくもん



 ヒサコも黒犬つくもんを撫で、その労をねぎらった。


 そう、これこそ“一日魔王”の正体であった。


 スキル【大徳の威】で溜まりに溜まった魅力ブーストを黒犬つくもんに搭載し、樹海を走り回って怪物モンスター達を集めてきたのだ。


 極限まで高まった魅力値と黒犬つくもん自身の実力で一時的に魔王となり、それをエルフの里にぶつけた。


 結果、黒犬つくもん自身が手を下すことなく、怪物モンスターを誘導するだけで里の襲撃を成し、圧倒的手数の多さで押し切ったのだ。


 プロトスが黒犬つくもんに最後の瞬間まで気付けなかったのも、黒犬つくもんが戦闘に加わらず、【隠形】で身を隠し、誘導だけを行っていたからだ。


 つまり、ヒサコは“魔王”と化した黒犬つくもんを操ることにより、手を汚すことなくエルフの里を壊滅させた。


 最後に一手、プロトスへの暗殺のみが、ヒサコの直接的な動きであり、あとは黒犬つくもんを間に挟んだ誘導のみであった。


 だが、その代償は【大徳の威】の破損という結果を残した。


 【大徳の威】は魅力値にブーストをかけ、仁君になれるスキルであるが、仁君にそぐわない行動をしてしまうと破損することになっていた。


 なにしろ、今回は罪のないエルフの里を襲撃し、殺戮を欲しいままにして、墓荒らしまで断行する、というどう足掻こうとも言い訳できない完全なる暴君ムーブをしてしまったのだ。


 【大徳の威】が崩壊ブレイクするのも当然と言えた。



「でも、これでよかったの? もう、ヒーサが仁君でなくなっちゃうけど?」



「ええ。勿体ない気もしないでもないけど、もう名声は必要ない。力でごり押せるほどに、シガラ公爵家は強くなった。これからは仁ではなく、財と、知で駆け抜けるのよ」



 むしろ、その方が性に合っていると言わんばかりのヒサコの笑顔であった。


 圧倒的な魅力で誰とでも仲良くなれる。確かに強烈なスキルではあるが、それは“無名”のときにこそ輝くスキルなのだ。


 しかし、ヒーサはすでに名声が轟いており、今更“仁君”という看板を必要としない。


 むしろ、このまま仁君という看板を掲げ続ける方が、これから始めるつもりのカンバー王国版“応仁の乱”には足枷でしかないのだ。


 下剋上、弱肉強食、戦国乱世に、“仁”など不要なのだ、とヒサコは考えていた。


 ならば最後にド派手な方法で、【大徳の威】を利用してしまおう。


 そう考えた末の今回の利用方法というわけだ。


 松永久秀の“遊び心”が、一日魔王を呼び覚ましたとも言えるのであった。

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