7-70 舞台裏! 黒犬よ、設営準備お疲れ様でした!

 ヒサコの言うように妖魔の群れが動いていた。


 そして、アスティコスはプロトスの言葉を思い出した。



「あなた、やっぱり妖魔を操っていたのね!」



 そうとしか考えられなかった。里や聖域への大規模襲撃など、里の歴史上、存在しなかった事象であり、あまりにも目の前の女にとって都合が良すぎる展開であった。


 今の妖魔の行動もそうだが、明らかに操作や誘導が行われているとしか思えず、アスティコスはヒサコを睨んだ。


 だが、ヒサコは笑顔で手を×字に交差させ、それを否定した。



「それはハズレで~す。あたしは怪物モンスター軍団の操作なんかやってません」



「じゃあ、今のはなんなのよ!?」



「それの答えはあちらです」



 そう言うと、ヒサコは身を翻して指さした。


 アスティコスもすぐにそちらを振り向き、何かが近付いてくるのを感じ取った。それもかなり危険な存在だとすぐに気付き、術式の準備まで始めた。



「あ、警戒しなくてもいいわよ。あれは私の従者だから」



「え?」



 迫ってくる気配に反して、ヒサコはあまりにも落ち着き過ぎており、アスティコスはますます混乱した。そして、その混乱はそれが姿を見せた時に頂点に達した。



「ひ、ひゃぁ!」



 黒い塊、そう評するより他ない存在が目の前に現れた。


 そして、あまりの迫力に、アスティコスは尻もちをついた。


 軍馬よりも更に二回りほど大きな体をした犬で、全身は黒い獣毛で覆われ、目は深紅に染まっていた。わずかに開いた口からは鋭い牙が覗き込み、あるいは禍々しい魔力が漏れ出ていた。



悪霊黒犬ブラックドッグ! それも王侯ロード級の!」



 個体としての大きさ、漂わせる魔力、どれもアスティコスの聞きかじった知識を凌駕する存在であった。


 こんな最強格の怪物モンスターが付近に潜んでいたのに気付かなかったとは、いくらなんでも呆けすぎだと、アスティコスは絶望した。


 何の準備もなしにこんな怪物モンスターと戦うなど出来はしない。そう考えると、恐怖で頭が満たされていった。


 だが、ヒサコは恐れることもなく、その前に立った。


 黒犬もまた襲い掛かるでもなく、大人しくその顔をヒサコに寄せると、ヒサコもまたその毛並みを優しく撫で回すのであった。



「よしよし、お疲れ様、黒犬つくもん。いっぱい走り回って疲れたでしょう。今回の作戦の勲功第一は、間違いなくあなたよ」



「グァォォン!」



 恐らくは喜んでいるのだろうが、アスティコスには威圧の雄叫びにしか聞こえなかった。


 だが、それでも必死で頭を働かせ、今現在の里の状況と、目の前の女と黒犬の関係を考え、最終的に一つの結論を得た。


 アスティコスはゆっくりと立ち上がり、ヒサコと黒犬つくもんを睨み付けた。



「そうか、そうだったのね! ヒサコ、あなたは“魔王”を使役していたのね!」



「はい、正解!」



 ヒサコは見事に正解を引き当てたアスティコスに拍手を贈り、すぐ横の黒犬つくもんもウンウンと頷いて見せた。


 ちなみに、黒犬つくもんが大樹海に入ってから、一切姿を見せていなかったのはこのためである。樹海のジルゴ帝国方面に走り、エルフの里を襲撃するための戦力を“ある方法”を使って掻き集めていたのだ。


 もちろん、ヒサコの考えていた策の一つであり、同時に最終手段でもあった。


 あくまで優先されるのは、“交渉”である。取引によって茶の木が手に入るのであればそれに越したことはなく、黒犬つくもんを使った襲撃計画は徒労に終わるはずであった。


 だが、プロトスの態度は頑なであり、何度も粘り強く行った交渉は、結局物別れに終わってしまった。


 ゆえにヒサコは“襲撃”という最終手段に訴えることにしたのだ。


 茶の木を諦める、という選択肢は存在しないので、交渉に交渉を重ねて失敗し、妥協点を見出せなかったがためのやむを得ない措置として、エルフの里に対して怪物モンスターの大軍勢をけしかけた。


 今、エルフの里は燃えている。里長のプロトスもどさくさ紛れに“暗殺”した。指揮官を失った部隊など、統率が取れずに烏合の衆と化すことは明白であった。


 そこへ、結界に引っかかって遅れていた小鬼ゴブリン犬頭人コボルトの軍勢がなだれ込めばどうなるか、想像するのに難くない。


 すべてはヒサコが、“松永久秀”が立てた計画に沿ったものだ。交渉という楽な方法でなく、襲撃と言う手の込んだ策を用いたことは面倒ではあったが、茶の木を手にする、という最大目標は達成しており、まず満足する結果と言えた。


 茶の木の種の入手という目的を達成された今、ヒサコは実に晴れ晴れとした気分であり、高揚していた。


 それを現しているかのように、エルフの里は火を噴き上げ、燃え盛るのであった。


 欲望の炎、そのままに。

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