7-68 魔王登場!? 木陰に蠢く黒い影!
敵襲の撃退も消火活動も順調に推移していた。
多少思考する余裕ができたので、プロトスは今回の襲撃について考えを進めたが、やはり不可解な点が多かった。
(やったのは間違いなくヒサコだ。だが、それにしては、これだけの規模の襲撃を企図するには、ヒサコの魔力量が少なすぎる。むしろ、緑髪のテアとか言ったか、あちらの方が強いくらいだ。いや、もしかして、表向きな主従が擬態で、テアとかいうのが首魁か? どちらにせよ、魔力の動きがなさすぎる)
なにかしらの術式で
(どのみち、ヒサコは締め上げねばならんな。後学のためにも、どうやってこの襲撃を行っているのかを知らねばならん。そして、きっちり始末もせねばな)
もうプロトスにも容赦の二文字は消え去っていた。すでに里の中でも被害者が出ており、ざっと見渡しただけで百名近くが命を散らせてしまっている。
人口が千名ほどの里で百名の犠牲者。その数は決して少なくはない。
茶の木を求めてやって来たのは間違いなさそうであるし、取引を断ったからこそ、こうした強引な手段に出たのだと考えるに至っており、ならば取引に応じておけば被害はなかったと言えなくもなかった。
だが、それはエルフとしての矜持が許さなかった。この里では茶の木は墓標の代わりを成しており、それを差し出すことなど出来はしなかった。
(そもそもの問題として、人間のごとき愚物を里に入れたのが間違いであった。今後は人間は元より、他種族の出入りも厳重に管理せねばならんな)
静寂に包まれた森こそエルフの世界であり、そこに無神経に入って来る輩など、排除するに限るとプロトスは結論付けた。
焼けた森には新たな芽が出て、再び森を形成するだろうが、それは百年も先の話だ。人間の一生分の時間を費やしても届くかどうかという長さだ。
潰すのは簡単だが、育てるのは難しいと里の惨状を見て、怒りと共に感じ入るプロトスであった。
その時、再びプロトスの耳に悲鳴が飛び込んできた。
悲鳴の聞こえてきた方向に視線を向けると、先程の一団とは別の集団が、再び現れた
「余計な詮索も、すべては襲撃が片付いてからだな。どのみち、人の足でこの森を抜けようとすれば数日はかかる。ヒサコよ、お前は私から逃げることはできんよ」
エルフにとっては、大樹海は自宅の庭のようなものであり、人間を一人二人追跡することくらい容易い事であった。
なにより、聖域に張っている大結界【
(結界の内側に留まっている反応、これは変わらず三つのままだ。ヒサコ、テア、そして、アスティコスのものだろう。逃げずに結界内部に留まっていると言うことは、おそらく茶の木の種でも呑気に拾っているのだろう。だが、その欲に目のくらんだ対応は間違いだぞ!)
あまりに迂闊で欲深い行動を、プロトスは大いに嘲った。
もし、さっさと聖域から撤収し、里の騒動にかこつけて逃げに徹していたらば、あるいは逃げれたかもしれない。人間だけならともかく、エルフであるアスティコスもいるのであるから、上手く森の中に隠れ、やり過ごすことができたかもしれない。
だが、結界の内側の反応は三つのままで、変化はない。外周部には未だに
ならば、さっさと片付けて、本当に逃げられる前に捕捉してやろうとプロトスは決意した。
「風よ!」
プロトスは再び風をまとい、体を宙に浮かせると、新手の
エルフの一団に襲い掛かろうとしていた
だが、プロトスはお構いなしにその中央に突っ込むと、
「馬鹿め、分かりやすい餌に食い付くとは、所詮、頭の足りぬ
まさに一瞬の出来事であった。プロトスはまとっていた風の動きを、自身を浮かせるための上昇気流から、強烈な下降気流へと切り替えたのだ。
翼で飛ぶ
一方のプロトスもまとっていた風が、上昇気流から下降気流に切り替えたために落下したが、すぐに自分の周りだけ上昇気流に切り替えて、再びふわりと浮かんでいった。
翼と揚力で飛ぶ
三体とも揃って地面に落下し、グチャリと肉片と体液を撒き散らした。
「片付いたぞ。大事ないか?」
ふわりと宙に浮き、襲われていたエルフらに話しかけた、まさにその一瞬であった。
民が助かったと言う安堵もあった。敵を倒したという油断もあった。それを加えたとしても、その一撃は常軌を逸していた。
ザシュッ!
何かが、プロトスの体を貫いた。
プロトスも、目の前にいたエルフも、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
そして、理解する前に第二撃が、プロトスの頭に刺さった。
そこでプロトスは気付いた。“弓矢で射られた”ということに。
というより、突き刺さった二本の矢が、見覚えのある物であったのだ。
「こ、これは『
それはアスティコスに渡した自作の弓であった。弓には風の精霊が住み着いており、それで矢を放つと、風の精霊が威力と軌道を安定さえ、狙いを定めたどんな標的も百発百中で当てることができた。
だが、この弓はアスティコスが持っているはずだが、先程の聖域ではアスティコスは非武装になっていた。ならば、ヒサコかテアに奪われたと判断するのが自然だ。
どちらかが狙撃をしてきたのだろうが、それでも距離が遠すぎる。いくら百発百中の弓と言えど、狙いを定めていない的に命中させるなど不可能だ。
ならばどうして当てることができるのだと考えたが、もうプロトスにはそれを考える時間すら残されていなかった。
心臓と頭、的確に二ヵ所の急所を射抜かれ、急速に意識を失いつつあったのだ。
魔力に関しては冠絶する力量を有しているプロトスであったが、肉体的な強さは他の普通のエルフ達とそう変わらない。
助けた里のエルフの悲痛な叫びも、もはやプロトスには届いていなかった。遠ざかる意識は集中力を失わせ、浮かせていた風が消えてなくなると、真っ逆様に地面へと落ちていった。
落下する体、消えていく意識、そんな中にあって、プロトスは全てを悟った。手品の種が見えたと言ってもいい。
それは木陰からこっそりと顔を出し、プロトスをじっと見つめていた。
木の葉を隠すならば森の中。普段なら異物の侵入に気付いたであろうが、
黒い毛で覆われている“小さな仔犬”の存在、それにようやくにして気付いた。
ヒサコと言う分かりやすい“異物”に気を取られ、真に警戒すべき誘引策の要を。
そして、プロトスは数々の
「ぐっ……、ヒサコめ、仔犬を使い魔として使役し、それを
手品の種が割れたからと言って、もはやどうすることもできなかった。
それは神に準じるほどの魔力を持っている者との自負が、単なる慢心でしかないことを表していた。
万能でも、最強でもない、ただの一強者が、油断と慢心で隙を作り、それを突いてきた人間ごときに破れると言う事であった。
そして、最後に視界に捉えた黒い仔犬、それを見た時に感じた違和感と不快感、すべてはこれの仕業であると悟った。
そして、プロトスはこの世で最後の言葉を放った。
「ヒサコは、“魔王を使役する者”であったか」
プロトスは先程自分で落とした
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