悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
7-55 すり抜け!? 悪役令嬢、迷いの森を踏破する!
7-55 すり抜け!? 悪役令嬢、迷いの森を踏破する!
「皆、ご苦労だった。負傷者は傷を癒せ」
さすがにあれだけの数と戦っていたのだ。全員が無傷とはいかず、血を流している者も幾人かいた。幸いにも死者はおらず、少し休めば即時戦線復帰できる者ばかりであった。
さらにプロトスは矢の補充も行った。そこらに転がっている倒木を招き寄せると、風の精霊に命じて木を切り出し、
矢じりはないが、魔力を先端に収束させて撃ち出せば、それだけで鉄矢と変わらぬ威力があるため、特に問題もなかった。
ほんの僅かな時間で、あっという間に千本もの矢を生成する手並みはさすがだと、エルフ達はプロトスの桁外れの力量に敬服した。
「矢の補充をしておけ。ずっと結界を張ったままというわけにはいかんのでな」
このまま籠城を続ければよいのだが、そういうわけにもいかなかった。
今は躍起になって結界が張られている聖域を目指しているが、もし冷静な指揮官がいた場合、その矛先を里の方へ帰る可能性があった。
そうなった場合は結界から飛び出し、里の防衛を行わねばならなかった。
里は巨木の
しかし、戦いに長けた一線級の戦士はこちらにいるのが大半であり、里に残っているのは戦士の僅かな居残り組と、戦闘が苦手な者ばかりだ。
さすがにその状態で、いつまでも里を空けておくわけにもいかなかったので、聖域の安全が確保された今は、むしろ里の方の防備を固める必要があった。
プロトスが周囲を確認すると、すでに次の戦闘に向けての準備が整っていた。傷は術で治し、疲労はすっかりと消え、矢の補充も終わった。
「長、いつでも出立できます」
「よろしい、では、里に戻る……、ん? 待て、全員、警戒せよ。何かが結界を越えてくる」
プロトスの警告に、最初はそんなまさかと他のエルフ達は思った。プロトスの張った結界は強力無比であり、森の加護を受けたエルフ以外は、立ちどころに迷うはずの術である。
だが、プロトスの視線の先に意識を集中させると、二人分の足音が余裕の足取りで近付いてくるのが分かった。
迷っている様子も一切ない。真っすぐ結界の内側を目指して歩いてくるのが分かった。
里のエルフが何かを知らせに来たかとも考えたが、そういう雰囲気でもなかった。もしそうなら、必ず急いで駆け寄ってくるはずだからだ。
信じられないと思いつつも、里の者でもない何かが迫ってくるのは確実であり、その場の全員が得物を握るなどの迎撃の体勢を整えた。
そして、姿を現したのはあまりにも意外な存在であった。
「はぁ~い、皆さん、お揃いでのお出迎え、痛み入りますわ~♪」
そう、姿を現したのはヒサコであった。
腰には愛用の
そんなニコニコ笑顔のヒサコと仲良く手を繋いで、もう一人の囚人であるテアも付いて来ており、こちらは風呂敷で何かを包んで担いでいた。
「バカな!? 人間がどうやってこの結界を!?」
「長の術が破られるなんて、初めて見たぞ!」
「しかも、強引に破ったとかじゃなくて、明らかにすり抜けてきたって感じだ!」
エルフ達に動揺が走っていた。
長たるプロトスは神によって直接作られた創造物であり、他のエルフとは一線を画する存在であった。魔力も知識量も段違いであり、皆から畏怖されていた。
そのプロトスの術があっさりと破られたのである。エルフ以外が立ち入れば、たちまち迷走する悠久の緑の迷宮を、ごく普通に踏破されてしまった。
ならば、あの人間の女はプロトスに匹敵する術士なのかと考え、警戒心が高まっていった。
「正直、驚いたぞ。我が術式を、【
「里長にそこまで褒められるとは、あたしの知略も中々のものですわね」
渦中のど真ん中にいるというのに、ヒサコの尊大な態度はそのままであった。
無論、側にいたテアは内心ヒヤヒヤものだ。前には腕利きのエルフの戦士が百名以上いるし、背中には踏破したとはいえ【
そして、その結界を張り、エルフ達の頭として
よくまあ、これだけの状況、戦力差で汗一つかかずに平然としていられるものだと、テアは相方の図太さを再認識させられた。
「知略、か。先程の妖魔達の襲撃と言い、やはり何かしらの小細工を弄したと言うわけか」
「はい、その通りでございます。なにしろ、真面目なエルフの皆様方と違って、人間は不真面目かつずる賢いものでございますから。寿命が短い分、賢しく考える頭がございます」
「ほう。では、そのずる賢い部分を見せてもらおうか。どうやって踏破した?」
「単純な事でございます。あの結界はエルフしか踏破できない。逆に言えば、エルフならば踏破できると言うわけです。この様に、ね」
そう言うと、ヒサコはテアが担いでいた風呂敷を受け取った。『
この森に入る際には岩塩を包んで運び込んでおり、布で包めると言う大きさに制限はあるが、それさえ考慮すれば、どんな物でも軽々運ぶことができた。
そして今、その中身があらわになった。
それが姿を現すなり、エルフ達にまた動揺が走った。なにしろ、その風呂敷から飛び出してきたのは、一人の女エルフであったからだ。
「ごくごく単純。エルフを装飾品として身に付け、それで結界をすり抜けたのですわ」
極めて単純な回答であった。
エルフにしか踏破できないのならば、エルフに水先案内人(強制)を頼めばいいということだ。
そのこともそうなのだが、布にくるまれて運ばれてきたのは、他でもない、アスティコスであったこともエルフ達に動揺を与えた。
アスティコスはプロトスの娘であり、弓の腕前も術の才も抜きん出た存在であった。そのため、プロトスがいない場合は皆のまとめ役的な立ち位置であった。
それがこのような姿で連れて来られたということは、ヒサコを始末するために牢に向かったが、返り討ちにあったということを意味していた。
幸い、呼吸はしているようなので、死んではおらず、意識を失っているだけのようであった。
「なるほど。実に
「卑怯は誉め言葉だと、前にも言いましたが?」
「ああ、そうであったな。まったく忌々しいことだ」
「では、卑怯ついでにもう一つ」
ヒサコはしゃがみ込んでアスティコスの上体を起こし、それを盾代わりにして、その喉元に短剣をちらつかせた。
「人質のつもりか。どこまでも見下げ果てた奴よ」
「左様でございます。では、再度の“交渉”と参りましょうか」
人質を盾にしての、再びの交渉。なにしろ、ヒサコの目に映るのは、エルフの背後に生えている緑色の秘宝“茶の木”であった。
遥かな旅路を経て、ようやく見つけたそれを、諦めて帰る気など更々なかった。
そして、これが“交渉”によって事を成せる最後の機会でもあり、これが決裂してしまえば、あとは実力行使しか残されていないのだ。
できれば楽に持ち帰りたいと思いつつも、それはもう無理かと半ば諦めていたが、それでも試してみないわけにはいかなかった。
ヒサコとプロトスの視線が交差し、最後の“交渉”が始まろうとしていた。
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