悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
7-56 再交渉! 茶の木と女エルフを交換しよう!(前編)
7-56 再交渉! 茶の木と女エルフを交換しよう!(前編)
「さあ、交渉を始めましょうか、里長のプロトス殿」
ヒサコは気絶しているアスティコスを盾にしながら、プロトスに交渉を迫った。
短剣を握り、アスティコスの首の辺りでチラつかせ、対応次第では斬ってしまうぞ脅しをかけた。
「ほらほら、そっちのエルフさん達も、怖い顔でこっちを睨まないの。さっさと矢をつがえている手は放しましょうね~」
ヒサコの牽制に、居並ぶエルフ達も判断に迷った。下手に撃てばアスティコスに当たりかねないし、かと言ってヒサコの言葉に従って武装を解いては、牽制することもままならない。
そんなエルフに対して、プロトスは手で制し、武器を納めるように合図を送った。
そこでひとまずは険悪な雰囲気を収まりつつも、やはり人質を取られたままなので、いつでも再装填できるように警戒は解かなかった。
「では、話を聞こうか、ヒサコ。まあ、どうせ要求は知れたものだがな」
「ええ、それはそうでしょうね。こちらの要求は唯一つ。茶の木の入手なのですから」
当然、エルフ側もそれを承知していた。そもそも、ヒサコが捕縛された原因は聖域に無断で立ち入り、あまつさえ茶の木の葉を毟ったからに他ならない。
また、前のプロトスとの交渉の席で、岩塩と茶の木の交換を提案していた。
つまり、ヒサコにとっての最優先事項は、茶の木の入手であり、全てのエルフが承知していることでもあった。
だが、同時に交渉に応じれないことでもあった。
この里のエルフは死を迎えると、聖域に土葬され、そこの茶の木が植えられていく。育った茶葉を煎じて飲むことにより、故人を懐かしむのだ。
言わば、“茶事”と“葬祭”が同一線上に存在し、茶の木は墓標そのものなのである。
そんなものを、譲ることなど出来はしないのだ。
「その問いかけに対する答えは、常に“否”だ。死者の眠る
「まあ、そりゃそう答えるでしょうね。ここらじゃ貴重な岩塩をたっぷり積んでみたけれど、まったくいい返事しなかったんだしね。だから、もっと価値のあるもので交換しましょうってわけで」
ヒサコはニヤリと笑い、ペロリとアスティコスの尖った耳に自らの舌を這わせた。
また、ちらつかせる刃物もこれ見よがしに強調した。
「さあ、どうします? 娘さんが死んじゃいますよ~。プスッと一刺しで終わっちゃいますよ~。植える茶の木が一本増えちゃいますよ~」
これ以上にない程の挑発であった。
よもや聖域を同胞の血で汚し、それが嫌なら
怒り任せの罵声の一つでも飛んできそうな雰囲気であるが、ギリギリのところで堪えていた。
何しろ、この場面でも最も憤激していいのは、娘を人質に取られているプロトスである。父として、あるいは長としてどう対処するのか、皆がその反応を固唾を呑んで見守った。
「よもや、人間がここまで愚かだとは思わなかったぞ。ろくでなしにも程がある」
「気付くのが遅いわよ。ああ、それと、ろくでなしなのはあたし個人であって、他の人間はそこまで悪くはないかもですよ」
ニヤニヤ笑い、あくまで挑発姿勢を崩さないヒサコの発した言葉に、横にいたテアは思わず頷いてしまった。
この世界で数多の人間と交流してきたが、
ずる賢い人間もいたし、私腹を肥やす小悪党もいた。女にだらしない奴もいたし、人を人とも思わぬ傲岸な者もいた。
だが、それらすべてを合わせたとしても、目の前の女性一人には及びもしないことだろう。
しかも、こいつには“悪意”がない。純粋なまでの“欲望”によって事を成している。
今も、ちゃんと欲しい物のために手順を踏んで、丁寧に“交渉”までしている。決裂する可能性が高い事を知った上で、である。
そして、交渉が決裂した後はスパッと殺して、欲しい物を奪い去るだけなのだ。
折角、対価を用意したと言うのに、交渉を蹴っ飛ばした方が悪い。これを大義名分として、あらゆる事象を正当化しようとする。
欲望を満たすために躊躇はないし、邪魔する者は徹底的に排除した。
今回もまたそれであり、一応は形として交渉はしている。人質を取って、脅し取ると言う度し難い状況ではあったが、話し合いの場は設けていた。
「それで里長さぁ~ん、これでもやっぱり茶の木を持ってっちゃダメ?」
「くどいぞ。早くアスティコスを放せ。今なら命だけは助けてやるぞ」
いよいよプロトスの方もヒサコに対する苛立ちを隠さなくなってきた。にじみ出る魔力は怒りを帯び、周囲の木々を震わせるほどであった。
もし、ここが聖域の中でなければ、一発強烈な一撃を叩き込んでいたのではと思えるほどだ。
そんなプロトスを見ても、ヒサコは動じることもなく、むしろ残念にすら感じていた。
「あのさ、里長さん、娘の命が惜しいとは思わないの? 今まで大事に育ててきた苗木なんでしょ?」
「だが、掟は掟だ。聖域を荒らさせるわけにはいかんのでな。ここは森より生み出されしエルフが、最後に眠る場所であり、心穏やかに過ごす場所だ。遥かなる悠久の時代を経てもなお、変わることなく時を刻みつける聖域だ。いかなる事が起ころうとも、変わることも変えることも許されてはいない」
「かぁ~、頑固ね。娘の命よりも、墓所の維持管理を優先するなんて」
「組織の長たる者が、私情に駆られて掟を
「あぁ~、うん、それは正論ね。確かに、頭立つ者が迂闊に決まり事を破るのは良くないわね。害悪と言ってもいいわ」
プロトスの意見の正しさはヒサコにも理解できることであった。
公私混同はするべきでないし、公私の別はきっちりと付けておかねば、なにかと問題になることが多い。今も娘の命可愛さに、決まり事を捻じ曲げては、皆からの信頼を損ないかねないからだ。
しかし、そんなことはヒサコには関係ない。エルフの掟であって、自分に課せられた使命でも法律でもないのだから。
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