7-54 迷える森! 招かれざる客はお帰りください!

 プロトスが聖域近くに到着した時、すでに戦闘は始まっていた。


 そして、見る分にはプロトスの満足するべき結果であった。ただの一匹とて、小鬼ゴブリンの侵入を許していなかったからだ。


 聖域はエルフの墓所であり、それがよそ者、まして醜悪な妖魔に踏み荒らされるなど、あってはならないことであった。


 エルフ達の戦い方は実に巧みで、迫りくる妖魔を次々と屠っていた。


 数で言えば百をわずかに超える程度であるが、誰もが手練れで、弓か、あるいは術に長けたていた。


 半数が森の木々に登り、高所から矢を射かけた。また、動きの特に俊敏な者が地上を走り回り、小鬼ゴブリンを引っ掻き回し、隊列を崩させたり、あるいは矢の射撃地点に誘導したりと、数の差をものともしない戦いぶりを見せていた。


 また、術に長けた者も草木を急成長させて相手を締め上げたり、あるいは鞭のようにしならせて打ち払ったりと、実に森林地帯での戦いに特化したやり方で応戦していた。



「守護者よ、守護者よ、目覚めるのだ。汝らが守りし場所に賊が侵入した。さあ、起きよ、起きよ。敵を倒すのだ」



 プロトスの力ある言葉を受け、“それ”は起き上がった。


 一見、森の中に転がるただの倒木にしか見えなかったそれは、急に手足を生やして起き上がり、巨木に足が生えているかのような姿となった。


 木偶人形ウッドゴーレム、プロトスはそう呼んでいた。


 木の巨人は雄叫びを上げながら、小鬼ゴブリンの群れに突っ込んでいった。


 根とも足ともつかぬそれで小鬼ゴブリンを踏みつけ、あるいは手のごとき枝でちょこまかと走り回る小鬼ゴブリンを掴み、それを放り投げて木や岩に叩き付けた。


 地面に、あるいは木の幹に、小鬼ゴブリンのどす黒い血と肉塊がこびり付き、悲鳴がこだました。


 だが、ここでプロトスは違和感を覚えた。



(なぜ引かぬ!? まるで何かに取り憑かれているようだ)



 小鬼ゴブリンは基本的に憶病であり、頭の悪い種族である。少なくとも、プロトスはそう認識していた。


 道具を使う程度の頭は持っているが、自分で作ったり改造したり直したりするような技術はなく、落ちていたり死体から追い剥ぎしたりして手に入れた、質の悪い“なまくら”を使用していた。


 武器は不揃い、隊列はバラバラ。まれに族長と思しき希少種が統率している場合もあるが、基本的には本能の赴くままに襲ってきては、臆病風に吹かれて去っていく種族である。


 現に、小鬼ゴブリンの群れは次々と森の中に屍を晒していた。弓で射られたり、魔術の餌食になったり、あるいは木偶人形ウッドゴーレムに潰されたりと、無視できないレベルで損害を与えたいた。


 ここまで実力差を見せ付ければ、そろそろ引いてもおかしくないはずである。


 だが、引く気配を見せず、仲間の屍を飛び越えて、前進を止めなかった。



「長! 大変です!」



 プロトスが小鬼ゴブリンの奇妙な動きに注意を払いつつも、丹念にひき肉を製造している所へ、一人のエルフが慌てて駆け込んできた。



「何事か?」



「新手です! ここから、聖域を挟んだ逆方向から、犬頭人コボルトの群れが迫って来てます!」



「何だと!?」



 プロトスはそちら側に配備していた守護者の視界を確認すると、報告の通り、犬頭人コボルトの姿を確認できた。



 こちらも数がどんどん増えており、じきに聖域の方になだれ込みそうな勢いであった。



「あの人間、どうやってこれだけの数の妖魔を操っている!? 尋常な術式でないぞ!」



 さすがのプロトスも焦りを覚え始めていた。仮に、殲滅だけが目的であるならば、豪快に術をぶっ放して片付けることができる。


 しかし、それでは森や墓所に損害を出してしまう恐れがあった。


 守りながら損害を抑え、その上で敵を引かせる。言うだけならば優しいが、やはり味方や聖域への損害を考えながらの戦闘だと、意外と骨の折れる作業となった。



「止むを得ん。少々、本気にならせてもらうぞ。全員、聖域の内側に撤退せよ!」



 魔力を込めて【念話テレパシー】を飛ばし、周囲に撤退を呼び掛けた。


 プロトスの声を聴いた者達は、一斉に動き出した。木に登っていた者は素早く降りて、聖域の方へと一目散に駆け出し、術士は牽制用の術で足止めをした後、これに続いた。


 さすがに里の戦闘要員が揃っているだけあって、その動きはよく統制が取れていた。


 すぐに全員が聖域の中へと飛び込み、それを確認してからプロトスは聖域の中心にある木に登り、そして、魔力と意識を拡大させていった。


 意識が研ぎ澄まされ、森の木々一本一本に自分の神経が張り巡らされていくような感覚だ。


 活性化した魔力が十分な量を蓄え、さらに聖域にただよう龍脈の力と混ざり合った。



「森よ、森よ、我が声を聞け。風よ、風よ、我が意思を伝えよ。森の守護者には加護を、招かれざる者には罰を。かくて、静寂しじま揺蕩たゆたいて、果てなき眠りへ誘い、これは全てに幸あれと、森と言う名の揺り籠に抱かれるのだ。発現せよ! 大結界【迷いの森エターナル・フォレスト】!」



 プロトスを中心に四方へと風が飛んでいった。茶の木をすり抜け、森の木々へと飛び込み、一陣の風となって迫ってくる小鬼ゴブリン犬頭人コボルトを貫いた。


 そして、世界は変革した。


 侵入者達は決して踏み込んではいけない領域に、無理やり引きずり込まれた。それは森の加護を受けぬ者が立ち入ると、未来永劫迷うこととなる森の迷宮であった。


 もはや小鬼ゴブリン犬頭人コボルトともに“感覚”が失われた。今、自分が前に進んでいるのかどうか、あるいは右手を出したつもりでも左足が前に出たり、それどころか、起きているのか寝ているのか、それすら分からないのだ。


 散々、めちゃくちゃな錯覚を味合わされた挙げ句、結界の外へと押しやられた。


 そこでどうにか正気に戻るが、再びこれに果敢に挑むも、また感覚を狂わされて迷い込んだあげく、気が付くと外に出ているのだ。


 ならばもう一度と言ったところで、それは現れた。


 そう、プロトスが作り出した木偶人形ウッドゴーレムだ。


 【迷いの森エターナル・フォレスト】で意識をグチャグチャにされた相手など、狩り取るのは容易かった。


 木偶人形ウッドゴーレムはプロトスが操っているため、結界の影響を受けることなく、足元のふらつく獲物を次々と踏みつけて屠っていった。


 その情景を見て、戦っていたエルフ達もようやく一息付けた。


 相手の実力は大したことはなかったのだが、やはり数の差だけはどうしようもなかった。いくら雑魚相手とは言え、終わりの見えない戦闘は、神経をすり減らすものであった。

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