7-47 最後の晩餐! さらば麗しの牢獄よ!

 そんな悩みを抱えつつ、テアが考え込んでいると、牢屋に誰かが近付いてくる気配を感じ取った。


 そろそろ日が沈みかけているし、夕食の時間かと体を起こすと、意外な人物が配膳にやって来た。


 しかも、里の長であるハイエルフのプロトスだ。


 前に会った時は他のエルフを連れていたと言うのに、今はたった一人。しかも、食事を運ぶお盆を、術で宙に浮かせながら運んでいた。



「これはこれは、里長のプロトス様、ご機嫌麗しゅう。手ずからのお食事のご用意、恐れ入ります」



 ヒサコは恭しく頭を下げ、テアもそれに倣った。


 なお、その口調は若干小馬鹿にした声色を含んでおり、聞く者が聞けば慇懃無礼な態度だと腹を立てるであろう。


 実際、プロトスもそう感じたようで、少しイラついたのか眉をピクリと動かした。



「気にするな、人間よ。“最後の晩餐”は親しい者か、高貴なる者が振る舞うのが慣わしなのだ。あの世へしかと送り出せるようにな」



 そう言うと、宙に浮かぶお盆がヒサコの前へと飛び、ヒサコはそれを空中で受け取った。


 そして、ヒサコは感激した。おかずは、豆腐や山菜、キノコ、あるいは味噌汁などであったが、輝きを放つ白米と、見ただけで涎が湧き立つような梅干しが添えられていたからだ。



「うひょ~! 銀シャリ! 梅干し! 待ってました! これですよ、これ!」



 ヒサコは待ちに待った米飯の登場に、プロトスのことなど脇に置いて、早速白米をがっついた。なにしろ、この世界に飛ばされて初めての米である。


 味噌汁はエルフの里に来てから何度も味わったが、米は初めてであった。



「ああ、旨い! やっぱ、米がないと食事をしたって気にならないわね! それに、この梅干し、丁度いい塩梅あんばいじゃない! くぅ~、これ食えるんなら、もうしばらく逗留してもいいわ」



「こら」



 ペチンとテアの軽い平手打ちがヒサコの後頭部に命中した。


 テアとしては、ヒサコほど呑気に食事をしている気にもなれなかった。なにしろ長が直々に姿を現し、おまけに“最後の晩餐”などという不穏当な発言まであったのだ。


 しかも、単独でである。よほど重大な話でもあるのであろうと身構えた。


 なお、ヒサコはそんなテアやプロトスの雰囲気を完全に無視し、ついにはテアの分にまで手を伸ばして、再び米をがっついていた。



「それで、里長、最後の晩餐の意味は?」



 頼りにならないヒサコは捨て置いて、テアは自分でとうとうプロトスに話しかけた。


 基本的に女神は傍観者の立場でいなければならないのだが、様々な事象がテアに焦りを生み、いよいよほんの僅かだが直接介入の気持ちを生み出した結果であった。



「そのままの意味だ。今食べている食事が、お前達に出す最後の食事となる」



「ああ、放逐が決まったって事ね。はいはい、ご苦労さん。あぁ~、やっぱ味噌汁もいいわね。米と一緒だと、数倍旨く感じる!」



 食べる事に夢中になりつつも、きっちり耳に入れている辺りはさすがに聡いと言わざるを得ないヒサコの姿勢であった。


 なお、公爵令嬢の風格や身嗜みなどどこにもなく、風体は完全にガサツな村娘レベルに落ちていた。



「あんたねぇ……。食べるか、喋るか、どっちかにしなさい!」



「んじゃ、食べる。話、続けて、どうぞ」



 ズズズッと味噌汁をすすり、再び食事に戻っていったヒサコであった。


 テアはそんな姿を見て一度ため息を吐き、そして、プロトスに視線を戻した。



「それで、こいつは放逐なんて言っていますけど、実際のところはどうなんですか?」



「その娘の予想は正解だ。はっきり言うと、お前を危険と判断し、放逐することとした。もし、里の者に直接的な危害を加えていたのであれば、放逐ではなく“森への回帰”を選択していたであろうが、お前自身の攻撃はなく、牢屋からの脱獄もなし。掟の上では、放逐がせいぜいの処罰なのだ」



「まあ、決まり事でそうなっているんなら、それは仕方ないわね」



 テアもエルフの判断には同意見であった。


 ヒサコは文句なしの危険人物である。それを壁のない牢獄に入れて安心できるほど、エルフ達も平和ボケをしていないと言うことだ。


 あるいはさっさと放逐した方が良かったかもしれないが、そこはアスティコスへの毒が効いたのではと、テアは考えた。


 アスティコスは自分達を捉えた墓守のエルフであり、プロトスの娘だ。姪に当たるアスプリクについて色々と教えており、森の外へと出る機会を伺っている素振りも見せていた。


 しかし、掟で森の外、まして国外に出るなどは禁じられており、板挟みの状態になっていた。



(おそらく、私達の処遇について決定が長引いたのは、アスティコスがアスプリクの事を話し、議論の場を引っ掻き回したからじゃないかしら。長は反対の立場であっても、その娘はアスプリクを迎えに行くなり、あるいは招き入れるなりと提案して、結果議論が長引いた。エルフの会議って、基本全会一致が原則らしいし、無駄に長引くこともあるのよね)



 テアも前後の事情からそう察した。


 普段はアスティコスが配膳していたにもかかわらず、長のプロトスがそれを行ったのも、これ以上娘に毒を吹き込むなという意思表示ではないかとも考えた。



「それで、処遇の件以外にもお話したい事があるようですけど、ご用件は?」



「ああ、ある。なお、事前に言っておくが、返答次第では処遇が“森への回帰”に変更することもあり得るから、正直に答えるように」



 急に周囲の魔力が澱み、プロトスから敵意が放たれ始めた。


 森への回帰、すなわち魂を天へと帰し、肉体を地へと戻す作業である。それはすなわち、“死”の旅路に送り出すことであった。


 プロトスはハイエルフであり、術士としての実力は桁外れであった。



(ああ、これはマズいわ。魔力量ならアスプリクと同等。ただし、あの子にはない圧倒的な経験がある。しかも、相手エルフが得意とする森林地帯。戦って勝ち目もないし、逃げるのもまず無理)



 テアは即座にそう判断し、視線をヒサコに向けた。


 この場を切り抜けるのは言葉の力だけ。そして、それができそうなのは、間違いなく味噌汁をすすっているヒサコだけであった。


 そして、ヒサコはプロトスから放たれる圧を無視し、ちゃんと完食してから箸を置いた。


 ゆっくりと立ち上がり、改めてプロトスと対峙した。乱れ狂う魔力をものともせず、不敵な笑みすら浮かべるほどの余裕もあった。



「では、質問をどうぞ、里長」



「では、尋ねよう。近頃、小鬼ゴブリンの襲撃が増えている。それも、一件や二件などという話ではない。今までは年に一件あるかどうかという程度の回数だ。ところが、お前らを招き入れてから、ひっきりなしに墓所のある聖域に奴らが姿を現すようになった」



「おやおや、大変ですわね~」



「しらばっくれるな。お前が招き寄せたのであろう?」



 怒りと共に魔力の荒れ具合も更にひどくなり、思わずのけぞりそうなほどであった。


 だが、ヒサコは微動だにせず、更に笑って返してみせた。



「はい、正解です。私が醜悪な小鬼ゴブリンを呼び寄せました」



 悪びれもせず、シレッと言い放つヒサコにテアは目を丸くして驚いた。



「あんた、そんなことしてたの!?」



「ええ、どうせ交渉は決裂すると思ってたから、二の矢を用意していたのよ」



 つまり、エルフとの話し合いは最初からほぼ諦めていて、何らかの手段で小鬼ゴブリンを招き寄せ、両者を噛み合わせつつ、どさくさに紛れて“茶の木”の種を強奪し、撤収するという“プランB”を用意していたのだ。


 そして、それがとうとうバレてしまった、ということだ。


 怒りをあらわにするプロトスの気配がそれを如実に物語っており、それは“森への回帰”に繋がる道を開けてしまったことを意味していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る