7-46 お目覚め! 悪役令嬢、動き出す!
「状況が動いたわ。それもかなり大掛かりに」
ゴロリと横になっていたヒサコは突如として上体を起こし、退屈そうに草の椅子に腰かけていたテアに話しかけた。
国境を越えた遥か先、エルフの里で壁のない牢屋に入れられてからというもの、特に何かするでもされるでもなく、ただひたすらに無為な時間を過ごしていた。
やる事と言えば、寝る事、食べる事、喋る事くらいであった。厠の際には見張り付きだが出ることを許されており、用を足せばまた牢屋に戻るという生活を続けていた。
「分身体の操作に、随分を気を回してたわね。何かあったの?」
テアとしては、シガラ公爵領での出来事が気になるところであった。本来ならば、魔王の襲撃に備えて色々と準備しておかねばならないというのに、どういうわけかお茶摘みでエルフの里にまで出向し、しかも捕らわれの身となっていた。
もし、大きな動きがあるのであれば、それこそ牢破りをしてでも逃げ出さなくてはならないのだ。
「教団側とほぼ完全な手切れになったわね。それこそ、互いを滅ぼすまで終わらなくなりそうな、それくらいの対立構図よ」
「またそんな火種を! 魔王が迫っているっていうのに、内輪でもめてる場合じゃないでしょ!」
「ごめんなさいね~。生憎と、あたしにとっての身内って、
「うわ、範囲狭いな~」
改めて、ヒーサ・ヒサコの疑心ぶりを思い知らされた。とにかく、人を信用せず、駒として運用することしか考えない思考で、表面的にはどれほど親しくしようとも、すんなり切り捨てたり使い潰してしまえる冷淡な合理性の持ち主であった。
「まあ、こっちは新たな派閥を立ち上げ、ライタンを法王として、教団と対決するわ。今はアーソでの一件で教団側も足元がグラついているし、こちらの勢力を伸ばす好機でもある」
「でも、規模が違い過ぎるでしょうに。シガラ公爵領とカウラ伯爵領、この二つだけよ、こちらの領域は。アーソ辺境伯領を加えたとしても、あそこは飛び地だし、各個撃破されるのがオチね」
「だが、教団側は巨大な爆弾を抱えることとなるわ。“十分の一税”の廃止を宣言するし、状況次第では王国全土に波及する衝撃を与えれるわ」
「減税で人を釣るのか~。現金ね~」
「当然でしょ。税なんて、払わなくていいんなら、誰も払わないものよ。払わないといけないから、誰しも払わざるを得ないのよ」
それは確かにその通りだとテアは思った。社会を動かす上で、税金とは必要な要素だ。税を徴収し、それを元手にインフラなどの社会機構を整備するなど、どこの時代、どこの国でもやっていることで、それこそ世界が変われど、やっていることは同じである。
違いがあるとすれば、“誰”から、“どのように”集めるかの差でしかない。
「でも、十分の一税は結構な金額になるはずだけど、それ削って運営できるの? 持ち出しにすると、今度は公爵家の懐事情が悪化すると思うけど?」
「それは大丈夫。あたしに腹案があるわ」
ニヤリと笑うヒサコに、テアは嫌な予感しか覚えなかった。
外道まっしぐらの悪役令嬢の考えることなど、どうせろくなものじゃない。なにかゲスい方法で集金するのだろうと予想したが、それは予想の斜め上をいくものであった。
「
「こらぁ!」
あまりに意外過ぎる金策に、テアは思わず叫んでしまった。
贖宥状とは、罪を償い、その減免を証明する書状のことである。本来は遠方にある聖地に巡礼できない者を、巡礼したのと同等の価値ある証として発行されたりしたものだ。
しかし、とある法王が自身の借金返済のために、大聖堂の修繕費用のためと称して贖宥状の販売を行ったことが問題になるなど、“松永久秀”の頭の中には記録されていた。
「ほら、アスプリクの可愛らしい挿絵でも入れてさ、『汝の罪を許します♡』てな感じの台詞でも添えて売り出せば、絶対バカ売れだって!」
「発想がゲスいわ! 贖宥状で金策する英雄がどこにいるのよ!?」
「ここにいるわよ♪」
「今すぐその考えを捨て去りなさい! そして、悔い改めなさい!」
「あたし、悔い改めなきゃならないくらい、何か悪い事やった?」
「十分すぎるほどにやってるわよ!」
悪事という括りであるならば、“松永久秀”がこの世界でやって来たことは、とてつもない数に及ぶ。罪に問われていないのは、証拠を掴まれて捕縛されていないからに他ならない。
「暗殺、爆殺、騙し討ち、結婚詐欺、謀反、涜神、上げてきゃキリがないわよ!」
「あ、結婚詐欺は外しといて。ティースは嫁として可愛がってるし、正式に認めてもいいと思っているから。特にさ、今回の教団への宣戦布告も、ティースの一撃がすさまじかった! いよいよ、梟雄の妻として、いい感じに熟成されてきたわね」
「あの人もあなたの流儀に染まってきたか……」
テアはティースの顔を思い浮かべ、ヒーサの横に並んで微笑む姿を想像した。そして、その裏に潜む夫婦のどす黒い感情をも感じ取り、勘弁してくれと絶望的な気分に陥った。
「ああ、常識人がまた一人、消えちゃったか」
「元々ティースは常識人じゃないわよ? 忘れた? 輿入れの際に花嫁衣装にドレスじゃなくて、甲冑を選んで着込んでくるくらいには、ぶっ飛んだ性格よ?」
「そうだったわね。別方向に飛んでいた性格が、また面倒な方向に捻じ切れた感じか」
「まあ、そんなとこじゃない? 今回の一件で、ティースに対する好感度は上がったわよ。いやはや、仕込んできた甲斐があったと言うものだわ」
ヒサコは実に満足げな表情を浮かべていた。当初は気が強いだけのお嬢様であったのが、今や予想外の行動に討って出れるほどの“楽しい”女房に変じてきたのだ。
やはり自分の妻にはこういうブレなくて強い女子が良いなと、しみじみと思うのであった。
「んじゃ、カウラ伯爵領の強奪は取り止め?」
「まあ、実質的には影響下に入っているし、無理に名義変更する必要はないかな、と。むしろ、アーソ辺境伯領の方が重要になってくると思うわよ。なにしろ、あそこには“戦争の自由”がある。ジルゴ帝国に攻め込んで、そこから領地を切り取り御免で強奪するのよ」
「ああ、罪のない
「人間じゃないから問題ないわよ。それに、アーソの人々なら二年前の
すでに、国内どころか国境を跨いだ大戦争を勃発させる気満々であり、テアとしてはまたしても頭痛の種が増えていくことに頭を抱えざるを得なかった。
(まったく、欲望の赴くままに侵略戦争だなんて、これじゃこっちが魔王陣営みたいじゃない!)
実際、ヒーサ・ヒサコ兄妹の擬態を利用し、戦国の梟雄はこの世界でやりたい放題していた。これのどこが英雄だとテアは何度も発狂しそうになったほどだ。
なお、“松永久秀”は魔王の正体を予想し、おそらくは十中八九正解だろうと確信を強めていたが、そのことを
一方のテアは、【魔王カウンター】の検査結果から、アスプリクかマークが魔王だと予想しつつも、他にもそれらしい存在がいないかと探していた。二人が魔王だと仮定した場合、あまりにも大人しいと言わざるを得ないからだ。
余程、隠匿や擬態の上手い魔王のようで、相方は魔王が復活していると言っているが、どうにも大人しすぎるのか、完璧に隠れているのかで、反応が乏しいのであった。
未だ結論の出せない問題に、テアは悶々と悩み続けた。
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