7-48 大胆不敵! 悪役令嬢、ゴブリンを招き寄せる!

 エルフの里では珍しい小鬼ゴブリンの襲撃。


 その仕掛け人は、プロトスの予想通りヒサコであった。



「まあ、そうであろうな。部外者が何か厄介事を持ち込まぬ限り、起こりようがない」



 エルフの長プロトスは太々しい態度をとるヒサコを睨み付けた。よりにもよって、汚らわしい小鬼ゴブリンを誘い込み、聖地を襲わせると言う愚劣な行いをやったと告白してきた。



「森の中に入ってね、小鬼ゴブリンの一団に襲われたときに思いついたの。もし、こいつらがエルフの里を襲撃すれば、“面白い事”になるんじゃないかってね」



 なおも不遜な姿勢を崩さぬヒサコに対し、さすがのプロトスも術式で絞め殺そうかとも考えたが、まずはすべての話を聞いてからだと考え、魔力を抑え込んだ。



「ちなみに、小鬼ゴブリンをどうやって誘い込んだ?」



「それ」



 ヒサコの指さす先には、ヒサコの荷物を積んでいる手押しの一輪車があった。



「そこの手押し車に小鬼ゴブリンの血を塗りたくっておいたの。あいつら、鼻は結構利くからね。仲間の血を辿って、追いかけてくると踏んだの。案の定、追いかけてきたし、何度も戦闘するはめになった。でも、上手い具合に墓所に潜り込めて、そこの空気で浄化されちゃったけどね。まあ、あのお馬鹿さん達をエルフの里近くまで呼び寄せることはできたわ」



「なるほど。仲間への復讐心を利用して誘い込み、我らと戦わせ、その内に逃げ出す算段であったか」



「ええ。あなたの術からは、正面切って挑むのは難しそうだからね。言ってしまえば、この森自体が、あなたにとっての目であり、鼻であり、肌でもある。そんなとんでもない術士相手に逃げるなら、何か別の事に注意を引いておかないと、逃げるに逃げられないわよ」



「それは正しいな。人間風情が、森の中でハイエルフとやり合おうなど、無謀以外の何物でもない。そう言う意味では賢明な判断と言えよう」



 ヒサコも自身が術を使えるわけではないが、アスプリクを筆頭に何度も凄腕の術士の戦いぶりを見てきた。


 そして、目の前にいるエルフは間違いなく、出会ってきた中では最強ではと思えるほどの気配を感じ取っていた。


 そんな相手に対して、何の策もなしに挑むなど、たしかに無謀と言えた。



「だが、もう一つの方で無謀であったな。そんな要警戒の相手に対して無礼を働き、その逆鱗に触れたと言うことだ。その意味を分からぬほど、頭は悪くあるまい?」



「ええ、そうね。でも、それすら子供のお遊び。軽い折檻で済ませる気でしょう?」



 殺せる機会はいつでもあった。だが、エルフはヒサコを始末しようとはしなかった。


 つまり、エルフは種族的に殺生をなるべく行わない種族であり、安易な処刑ではなく別の方策で解決を試みようとする連中だと、ヒサコは見ていた。


 アスプリクの母アスペトラの手記からもそれを匂わせる箇所がいくつもあり、そうなのだと認識していた。


 実際、エルフの里には被害が出ていない。死者どころか負傷者もなしだ。せいぜい、小鬼ゴブリンの襲撃に備えて、昼夜問わずに警戒に当たらねばならないという手間が増えただけだ。


 もし、明確な犠牲者が出ていたのであれば、プロトスも目の前の囚人二名を厳罰に処するつもりでいたが、負傷者もおらず、小鬼ゴブリンの“小部族”の撃退ならば余裕であった。


 つまり、ヒサコの言う通り、プロトスの感覚で言えば、本当に“子供の悪戯”程度の話に過ぎないのだ。



「いやらしい性格だな。こちらの許容限界を測りつつ、試しているような振る舞いだ。実に不愉快だ」



「お褒めに与り光栄ですわ」



「別に褒めておらんぞ」



「策士にとって、いやらしい性格という評価は誉め言葉以外の何物でもありませんから」



「ますます不愉快だ。やはり、人間などとは関わらないのが正解なのかもしれんな」



 エルフは種族的には、他種族との交流が限定的であり、数百年という人間と比較して長めの一生をずっと森の中で過ごすというのも珍しくない。森の中ゆえに、訪れる他種族の旅人や行商も少なく、森以外の情報は常に乏しい。


 発想や性格は頑迷と言ってもいい程に硬直した保守であり、変化というものを非常に恐れている風すらある。


 少なくとも、ヒサコにはそう感じられるし、その中でも特にお堅い存在が目の前にいる。なにしろ、老いとは無縁の不老の存在であり、文字通り変化のない存在なのだ。



諸行無常しょぎょうむじょう生者必滅しょうじゃひつめつ会者定離えしゃじょうり盛者必衰じょうしゃひっすい



 ヒサコは何気なく口にした世界の理であるが、目の前のエルフは間違いなくそこから逸脱した存在である。老いて朽ちることがないのだから。


 それをズルいとも思わないし、羨ましいとも感じない。


 ヒサコにはなんともつまらなく思えてしまった。



「今のはどういう意味だ?」



「この世の一切は続くことはなく、形ある物はいつしか潰える。生ある者は必ず滅びる。縁によって巡り合いし者は、縁によってまた離れる。栄えし者もいつかは必ず衰えていく」



「つまらん言葉だな」



「ええ、その通り。でも、これをつまらないと感じてしまうからこそ、あたしにとって、あなたはつまらない存在なのよ」



 ヒサコも不機嫌さを隠そうともしなくなった。もはやそれは殺意と言ってもいいレベルの気配であり、鋭い視線をプロトスに向けた。



「はっきりと言いましょう。変化も発見も求めないし望まない、そんなのは生き方として間違っているわ。ゆく川の流れは絶えずして、もとの水にあらず。ただの一人として、同じ川に二度入ることはできないわ。存在自体が間違っている。そう、生きているとは言わず、ただ世界に存在しているだけ」



「世界の理は神が定めしもの。ゆえに、神の片鱗を携えし私もまた、変化より隔絶されている。定める側に身を置くがゆえに、定めに沿って動き回るお前達とは、端から存在次元が違うのだ」



「でしょうね。でも、あなたは神そのものじゃない。傲慢極まる不遜な態度だわ」



「では、このように“設定”した、神とやらに抗議文の一つでも送り付けることだな。無論、送り先が分かっていればの話だがな。お前は信仰心とやらが欠如しているように見える。それでは、心からの祈りもできようはずもなく、神の言葉を届けることはできまいて」



「ええ、そうね。祈るなんて非生産的なことは、私は好まないからね。きっと神様とやらも、笑って眺めているでしょうよ」



「それこそ傲慢の極みだ。神は笑う事すらなく、一顧だにせず、世界という舞台に打ち上げられた飛沫のような存在に、いちいち心動かされることはあるまい」



 二人の問答もいよいよ熱を帯びつつ、それでいてどこか冷めた二人の言葉の応酬に、“神(見習い)”はただ静かに見守っていた。


 どちらも正しくもあり、間違いでもある。神は高次元な存在であり、低次元な存在である世界の住人であり創造物の一つでしかない者に、神を理解するなど不可能なのだ。


 結局、互いが知り得たことでの解釈論に過ぎない。

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