7-44 初仕事! 法王様、下知はこれにてよろしくお願いします!(前編)

「さて、では早速だが、法王としてやってもらいたい仕事が二つある」



 有無を言わさぬ口調で、ヒーサはライタンに早速注文を入れた。


 なにしろ、教団との実質的な全面対決である。遊んでいる余裕もないし、時間的な猶予も限られている。宰相ジェイクは全力で破滅的な結果を回避しようと奔走するであろうが、そればかりに頼っていられるものでもなかった。



「やれやれ。早速、後援者パトロンからのご注文ですか。忙しない事ですな」



「まあ、ちゃんとした理由はある。で、一つ目なのだが、ヒサコとアスプリクの“聖人”認定だ」



「却下!」



 叫んだのは、ティースであった。立ち枯れとなったと思っていた義妹の“聖人”認定が復活し、思わず声を上げてしまったのだ。



「ちょいちょい、ヒーサ、いきなり“余計な横槍”が入ったよ」



「ああ、妻の事は無視してくれていい。反対するのは目に見えていたし、ヒサコに関することは感情的になるからな」



「そう。じゃあ、僕はありがたく称号を受け取るとするよ」



 アスプリクはヒーサのやる事には全面的に賛成であった。なにしろ、出会って僅か半年で法衣を脱ぎされる機会を作ってくれた恩人でもあるし、圧倒的な好意と友情、そして、ささやかな恋心しか、目の前の若き公爵には抱いていなかった。

 


「では、ヒーサ、ヒサコの聖人就任を復活させる理由をお聞かせ願えますか?」



「もちろんだ。ロドリゲスがああなった以上、感情的になって二人の“聖人”認定は取り消しとなるだろうな。これは分かるな?」



「そりゃ、あれだけのことをしましたからね。むしろ、そのまま認定したらしたで、そちらの方が驚きに値します」



 ロドリゲスから見れば、自分を足蹴にした少女と、暗殺者を差し向けた女伯爵の義妹を、あろうことか聖人として遇しなくてはならないのだ。そんなことなど絶対に認められないであろうし、全力で決定を覆すことは目に見えていた。



「つまり、そここそが大きな隙を生み出す」



「あ、そっか。最高幹部会の決議事案を、一人で覆したとなると、それを面白く思わない人物が出てきてもおかしくはないですね」



「そういうことだ。“人の和”を欠いているからこそ、こうした些細な出来事であっさり割れる。それを上手く誘導して、ヨハネスを選挙の対抗馬に仕立て上げる。ヨハネス自身、会議での決定事項を覆すことには快く思わんだろうし、宰相経由で焚き付ければ、動く可能性は大だ」



「ですが、それだとこちらへの敵愾心が強く、票がブレない可能性もありますが?」



「そう、それだ。ロドリゲスがあれほどの侮辱を受けたのだ。それを教団そのものへの挑戦と見なし、却って結束してしまう可能性もある。そこで、アスプリク、お前には少々酷かもしれんが、泥を被ってもらわねばならない」



 ヒーサはアスプリクに視線を向けた。少しばかり気が引けるのか、若干煮え切らない雰囲気もあったが、アスプリクは無言で頷き、その中身を話すよう促した。



「先程の、ロドリゲスからの謝罪が活きてくる。なにしろ、ここにいる顔触れのみならず、他の神殿関係者や奴の側仕えも含めて、多くの者が土下座をした場面を見ているのだ。これを徹底的に宣伝し、情報を拡散する」



「ああ、そうか。僕が今まで“ナニ”をされてきたことを拡散し、それをロドリゲスがやって詫びを入れたことにするのか」



「そう。ロドリゲスがアスプリクに土下座で詫びた、という事実があるが、その詫びた内容についてはあやふやなままだ。だが、仮にも枢機卿が土下座で詫びなければならない“何か”があったことは事実であり、あとは情報が独り歩きして、勝手に尾ひれが付いて大事になるだろうよ」



「で、僕を賓客として遇しているシガラ公爵家が激怒し、教区の責任者であるライタンを旗頭にして教団からの分離独立を宣言し、自己の正当化を図る、と」



 人の口を塞ぐことは完全に不可能であり、噂が噂を呼んでとんでもない変異を起こすものだ。その習性を最大限利用しようと言うのが、ヒーサの提案であった。


 だが、そのためにはアスプリクが受けてきた屈辱的な事案の内容を拡散する必要があり、当人の名誉が大いに損なわれる可能性があった。


 それゆえに、アスプリク本人の承諾が必要であったが、少女はそんなことを気にする性格でもなかった。



「いいよ、ヒーサ。全力でやっちゃって! こっちが受けた屈辱を、たっぷりお返ししてやるんだ。泥を被ることくらい、なんとも思わないさ」



「強いな、アスプリク。よし、そうであるならば、遠慮なく全力でやらせてもらうよ」



 ヒーサはアスプリクの頭を撫で、笑顔でその決意を尊重した。


 喜んだアスプリクはついヒーサに飛びつき、しっかりと抱きついたが、さすがに薄着の女の子が夫に抱きつく行為にはイラっときたのか、ティースがヒーサの肩を強めに掴んだ。



「まあ、その件はよしとしましょう。ですが、ヒサコの件は断じて認められません!」



「だがな、ヒサコが聖女になってこそ、アイク殿下との婚儀の道が開かれるのだ」



「もうその策は捨てたらどうですか? 僭称法王のお墨付きでは、ヒサコとアイク殿下の婚儀を、国王陛下がお認めになるとは思えません」



 ティースの意見は正論であった。血族の婚儀については、父親や家門の長が取り決めるのが慣わしであり、そう言う意味においては第一王子であるアイクの婚儀については、父親でもある国王の承認が必要不可欠だと言えた。


 ヒサコは庶子であり、王族との結婚など認められるわけがなかった。そのための聖人認定であるが、その聖人が教団からの正式な叙任であるか、僭称法王による一方的な宣言であるのかで、天地の開きがある権威の箔付けとなる。


 ライタンが法王を僭称し、聖人認定を行ったとしても、誰も一顧だにしない可能性が高かった。


 だが、ヒーサは特段気にした様子もなく、むしろ今の会話は前座だと言わんばかりの余裕の態度を見せた。



「であるからこそ、次なる第二の策で、さらなる揺さぶりをかける」



 梟雄の策は止まらない。蔦のごとく、一度絡み付いたら、どこまでも伸び、あらゆるものを絡め取るのであった。

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