7-32 せめぎ合い! 英雄の公爵 VS 黒衣の司祭(2)

 互いにどうすべきか、気配で牽制し合うヒーサとカシン=コジ。


 緊張した空気が広がっていったが、ヒーサはそんなカシンを鼻で笑いつつ、冷ややかな視線で応じた。



「魔王に対抗するなど、それは無理だろうな。アスプリクやマークくらいの腕利きならばともかく、並の術士では役には立つまい。屋敷の火事を杯の水で消すことなど、どう頑張っても不可能なのだからな」



「では、あくまで銭稼ぎのためだと?」



「露骨すぎるな、その言い方は。銭も欲しいが、やはり道楽の域を出ておらんよ」



 ヒーサこと“松永久秀”の究極的な目標は、茶の湯を楽しむ事。これに尽きる。


 だが、そのために足りない物が山ほどあるのだ。茶葉はもちろんのこと、その他道具一式まで、すべて揃えるために悪戦苦闘している真っ最中であった。


 そして、道具が揃ったとしても、招く“客”がいなくては、茶席が成立しない。


 つまり、茶の湯を含めた“文化興隆”こそ、求めるものなのだ。



(茶事の普及は当然として、箸を用いた食事作法の改善、エルフの食文化を取り入れた献立の変更、漆器と陶磁器の実用化、やるべきとはたくさんあるな。短歌は広まりつつあるし、そのうち歌詠みの席でも設けてみるのも一興か)



 軍事に関しては見るべき点も多いが、文化に関しては目を覆いたくなる惨状だと、ヒーサは常々思っていた。


 ゆえに決意した。この異世界『カメリア』を自分好みに作り変えてやろう、と。


 魔王の件さえなければ順調にすべてが進んでいたであろうが、あくまで自分は魔王を倒すために呼ばれた英雄であり、それについてはきっちりこなさねばならなった。


 有り体に言えば、“やりたくもない”魔王への対処を、ヒーサは強いられているのだ。



(本当は国盗りしながら、芸事に勤しみたいのだがな~)



 権力の座を奪い、財貨を稼ぎ、上手い料理に舌鼓を打ち、美女に酒でも注いでもらって、歌を詠み、茶を飲んでゆっくりする。まさに理想の生活だ。


 もう少しこの世界で遊んでいられるかと思ったら、とうとう魔王の復活である。否が応にもそれへの対処に手間や時間が奪われてしまう。本体ヒサコの帰還と同時に、いよいよそちらの本腰を入れていかねばと、ヒーサは結論付けた。



「それゆえに解せないのだがな。お前はもう魔王様に目星を付けている。にも拘らず、仕掛ける素振りを一切見せない。それどころか、道楽にうつつを抜かしているようにすら見える」



「決まっている。現状、“私一人”ではどう足掻こうとも勝ち目がないからだ」



「ほ~う。その口ぶり、まるで頭数が揃えば、魔王様を倒せると言いたげですな」



「倒せるよ。そのための策は練ってある。だが、実行するのには、相応の手練れが複数人いる。それだけだよ」



 ヒーサのこの発言は、半分嘘の半分本気であった。


 現状、魔王に対する有効打を、ヒーサは持ち合わせていない。唯一通じると考えているのは神造法具『不捨礼子すてんれいす』のみであり、それでは明らかに手数が足りないのだ。


 テアの話では、この世界には合計で四組の神・英雄が降臨しているはずなのだが、他三組との連絡が一切取れていないのだ。


 テアは不安に感じつつも、とにかく連絡なり動きなりを待とうとしていた。


 だが、ヒーサはそれを抜きにしても、魔王を倒せる算段に移っていた。援軍など端から来ない、そう割り切って考えていた。


 そうなると、一切の戦闘系スキルを持っていない自分では、魔王と戦うにはあまりに火力不足となる。


 魔王の目星を付けながら、未だに仕掛けていないのはそれなのである。


 倒しきれる武器や手段がない。


 ヒーサはすでに“誰が魔王なのか”を、確信に近い形を以て掴んでいる。だが、倒すための手段がないので仕掛けていないのだ。


 演技を以て余裕をかましていても、内心では冷や汗ものなのである。


 もし、寝ぼけ眼の魔王が覚醒して、本気を出して襲い掛かってきた場合、“絶対に”勝てない。少なくとも、現段階においては。



「気に入らんな~。人間ごときが、魔王様を倒そうなどとおこがましいにも程がある」



「ああ、何しろ私は人間ではなく、“英雄”なのでな」



「常人では推し量れぬ存在、というわけか」



「お互いにな」



 魔王と英雄、常軌を逸する存在という点では一致する。実力的には魔王の方が上かもしれないが、それでも英雄は魔王を倒すからこその英雄であるのだ。


 だが、ヒーサは英雄としては明らかに弱い。テアから散々、英雄の戦い方じゃない、と呆れられているのがいい例だ。


 ヒーサの戦い方は基本的に、相手を策に嵌めて仕留める、これに徹していた。暗殺、奇襲、騙し討ち、甘言や讒言による心理戦、それがヒーサのやり口であった。


 口では“英雄”と述べようと、戦い方は“梟雄”のそれである。知略と、いざというときの倫理観の低さこそ、数少ない武器なのだ。



「では、今この場で君を始末しておいた方がいいかな。万が一にも、魔王様に害成す存在を、放置しておくわけにはいかんのでな」



「やってみるか? おそらく、今、私とお前が戦えば、勝敗は半々と言ったところになる。初撃で倒せば君の勝ち、時間が少しでもかかれば私の勝ち。なにしろ、この周囲には私に飼いならされている術士ばかりいるからな」



 ここで再び、両者の間にピリピリとした沈黙が訪れた。仕掛けるか、それとも下がるか、二人とも互いの思考を読み合い、どちらが最善かを推し量っているのだ。


 ヒーサはやり合うのを危険と考えていた。分身体であるため、動きにどうしても制限があり、誰かが駆け付けてくれるまで持ちこたえられるのか、という不安があるからだ。


 おまけに、手元には最強武具である『不捨礼子すてんれいす』がないのだ。腰に帯びた剣一本で戦うには、目の前の黒衣の司祭はあまりに厄介過ぎた。


 倒すことができるのであればそれに越したこともないが、倒しきるのには手持ちの武器が少なすぎた。


 一方のカシンは、ここで仕掛けるべきだと考えていた。戦闘能力が低いとは言え、目の前の存在は“英雄”であることには変わりないし、復活した魔王の妨げになるのであれば、さっさと排除しておきたいと考えていた。


 だが、実際には仕掛けることができない。その理由は二つあった。


 まず、現段階では、周囲は敵だらけということだ。もし、目の前のヒーサを殺して魔王陣営の勝利が確定するのであれば、それこそ捨て身で襲い掛かる。


 だが、そういう状況でもないので、自身と引き換えに目の前の英雄を仕留めるという段階ではないのだ。


 そして、何より重要なのは、時折飛んで来る“魔王の思念”が、ヒーサを殺してはならない、と頭の中で囁いてくるのだ。


 魔王の真意はカシンには分からない。だが、魔王がそう囁いてくる以上、何らかの理由や策があるのだろうと結論付けた。


 以上の点から対峙する二人は、できれば仕掛けたいが仕掛けにくい、という微妙な状態にあるのだ。


 結果、どちらともなく得物を握る手の力を抜き、今は止めよう、と互いに納得して身を引いた。



「賢明な判断だ、黒衣の司祭」



「そちらもな、英雄の公爵殿」



 緊張の糸は緩んだ。闘争の空気が一掃され、元ののどかな村の空気へと戻っていった。

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