7-31 せめぎ合い! 英雄の公爵 VS 黒衣の司祭(1)

 ヒーサは剣を、カシン=コジは斧を、それぞれ柄の握り、いつでも斬りかかれる体勢のまま睨み合った。


 村外れのため、周囲に人はいない。なにより、皆自分の作業に大忙しで、剣呑とした雰囲気を感じ取ることなど出来はしない。実際に斬り合っていないうえに、二人は表面的には静かなのだ。



「一応、理由を聞いておこうか」



 ヒーサには分かっていた。黒衣の司祭カシンはいずれやって来ることを。


 アーソでの騒乱の際、カシンを仕留めたが、それはあくまで使い魔であり、本体へのダメージは限定的であると考えていた。


 そう遠くないうちにやって来るとは思っていたが、よもや流民に紛れて領内に侵入してこようとは予想外であった。


 使い魔ならそれも有り得たが、当人が現れるのは意外だったのだ。



「そうですね……。強いて言えば、“確認”でしょうか」



 カシンはニヤリと笑い、ヒーサをこれ見よがしに挑発した。



「確認、か。まあ、こちらの情報を調べておきたい事もあるだろうし、敵情視察と言うやつか」



「ええ、その通りです。できれば、破壊工作でもしようかと思っていたのですが、いやはやこんなに早く見つかるとは、いささか侮っておりました」



「タダで見るのは虫が良すぎるな。ちゃんと土産でも用意してきて欲しいものだ」



 互いに軽口を叩きつつも、実際には腹の探り合いだ。


 戦うのか、退くのか、どうすべきなのかをどちらも手探状態であった。



「おや、お土産を用意しておけば、堂々と見学しても良かったのですかな?」



「ああ、歓待してやったさ。もっとも、テアのお酌がなくて残念であったな」



「それは残念。できれば、女神様のご尊顔を今一度、じっくり眺めておきたかったのですが」



「ほう、その事にも気付いていたのか」



「ありがとうございます。今ので疑惑が確信に変わりました。やはり“そう”なのですな?」



「神とは名ばかりの、お間抜けな女ではあるがな。なんと言うか、威厳と言うものが感じられん」



 ヒーサの思い浮かべるテアの姿は、だいたい焦ったり唸ったり、あるいは文句を言っているのだ。


 どうにも神っぽさが感じられない、実に愉快な共犯者であった。



「当人が来たら怒りそうですな。あれでも神の端くれでしょう? まあ、見習いの試験でてんてこ舞いでしょうが」



「そうそう、お守りが大変なのだよ、あの見習い神は。実力的にはかなりのものだとは思うが、如何せん頭が悪いし、毒気に弱い。もう少し世の苦みとやらを味わってもらわなくてはな」



「それはそれは!」



 カシンとしては、神が本来の力を使えないのは喜ばしいことであった。人の身では、神に勝つなど到底不可能であり、“ナメている”状態であればまだ対処ができようというものだ。



「それで、今度はこちらからの質問になるが、魔王はお目覚めかね?」



 ズバリな質問に、カシンは一瞬眉を吊り上げた。


 だが、すぐに元のにこやかな顔に戻った



「目覚めておいでですよ。ただまあ、何と言いますか、どうも寝起きが悪いようでしてね。しっかりと覚醒するまでには、まだ時間がかかります。その間はこちらとしても事を荒げたくはないので、“見”に徹しますよ」



「あくまで、見守ると言う段か」



 嘘を付いているようにも見えなかったので、先程の情報に対する返礼程度に考えていると、ヒーサは感じた。


 もっとも、“見”をどの程度続けるかは未定であるため、不確実性の高い情報ではあったが、“魔王の状況”を鑑みるに、今すぐ動くということはなさそうなので、取りあえずは良しとした。



「では、もう一度こちらから質問しようか。術士を大量に集めているようですが、それで魔王様に対抗しようとでも考えているのでしょうか?」



 カシンの気配から明確な殺気が漏れ始めてきた。先程までは興味半分警戒半分と言ったところであったが、今は違った。


 返答次第では本気で始めるぞ、とでも言いたげなほどの殺意だ。


 一触即発。刃こそまだ鞘に収まっているが、すでに鍔迫り合いは始まっていた。

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