7-33 せめぎ合い! 英雄の公爵 VS 黒衣の司祭(3)

 二人は緊迫した気配を消し、空気はのどかな村のそれに戻った。


 そして、計ったように二人の耳に叫び声が飛び込んできた。



「ヒーサ! ヒーサ、どこにいますか~!?」



 聞き覚えのある声がヒーサの耳に飛び込んできた。



「ティース! 私はこっちだ!」



 ヒーサは自分を探している妻に向かって、ここに居るぞと声を張り上げた。


 程なくして、ティースが従者であるナルとマークを連れて小走りでやって来た。



「申し訳ありません。ナルからの報告が思ったより時間がかかりまして」



「なに、構わんよ。カウラにも人員を送り込んでいるから、色々と変わらざるを得ないこともあるからな。報告が長引くのも当然だ」



「ご理解いただけて何よりです。それで、こちらの方は?」



 当然、ティースの注意は目の前の木こりの格好をした男に向いた。公爵ともあろう人物が、供廻りもつけずに“得物”を手にした相手と対話するなど、不用心にも程があるのだ。



「ああ、こいつの名前はカシン=コジ。どこぞからの密偵だよ。ナルやマークのようにな」



「ちょっと!」



 見ず知らずの相手に、しかも“密偵”などと紹介した相手に、裏の素性を話すなとティースが抗議の声を上げた。それはナルやマークも同様であって、ヒーサを睨み付けてきた。



「直ちに縛り上げて、拷問にかけるべきでは?」



 ティースはカシンを指さし、さっさと捕縛するように夫に促した。だが、夫の反応は妻が求めたものとは違った。



「と言うことだが、カシン君、どう思うかね?」



「随分と過激な御夫人でありますな。股座が縮み上がりそうです」



「おお、そうだろうそうだろう。私もそう思う。妻は加減というものを知らんでな。いつも難儀しているのだ」



「ご心中、お察しいたします。何かと気苦労も多いと思われますが?」



「いや~、全くもってその通り。昨夜も床の中でだな、そりゃ凄まじいのなんの」



 そこでガシッと力強くヒーサの腕を掴み、ティースは睨み付けてきた。



「なに“機密情報”をベラベラ喋っているのですか!?」



「いや~、夫婦円満であることを喧伝してもらうために、“わざと”情報拡散してくれそうな相手に話しているわけなのだが、問題ありかな?」



「問題しかありません!」



 ティースは大声で夫に抗議の声を上げ、それからカシンを睨み付けた。



「どこのどちらか存じ上げかねますが、今見聞きしたことはお忘れください。さもなくば、二度とお喋りができないように、喉を潰して差し上げますよ、そこの二人がね」



 ティースの指さす先にはナルとマークが立っていて、「あ、自分達がやるんだ」と言いたげな微妙な表情になっていた。


 なお、マークは“床の中”云々の意味を理解していなかったため、その頭上には“?”が飛び交っており、主人が何を恥ずかしがりつつ憤っているのか理解していなかった。



「いやはや過激な御夫人でございますな。これでは公爵様も気の休まるときもありますまい」



「なぁ~に、もう慣れたよ。それにな、こう見えて可愛いところもあるんだぞ、ティースは。実際、昨夜もな」



「だから、その話は止めてください!」



 ティースは顔を真っ赤にして抗議したが、ヒーサはニヤリと笑いながらその肩を抱き寄せ、その姿をカシンに見せつけた。



「夫婦円満なのは結構なことですな。早く御子を儲けられるがよろしいでしょう。さぞや立派な御子になられるでしょう」



「おお、その通りだな。息子になるか、娘になるか、どちらになるかは分からぬが、早く子は欲しいものだ。今宵も励むとしよう」



「ヒーサ!」



 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、判別のつかない発言をする夫に対して、ティースはさらに顔を赤らめたが、ヒーサはただ笑うだけであった。



「ではな、カシン。またその内、会おうぞ」



「ではまた、いずれ改めまして」



 カシンは恭しく頭を下げ、ヒーサはティースを抱き寄せたまま、笑い声を上げつつ去っていった。


 そして、公爵夫婦とその従者二名の気配が完全に消えたのを確認してから、カシンはゆっくりと頭を上げた。



「掴みどころのない男だ。そして、油断のならない男でもある」



 先程のやり取りからの、ヒーサに対する率直な感想であった。


 カシンとしては早めに始末しておきたいのだが、それはどういうわけか魔王に止められていた。何を考えているのかまでは読み取れないが、とにかく時期が来るまでは泳がせておくつもりなのだろうと納得することにした。



「さて、公爵夫妻よ、早く御子を儲けられるがいいさ。それは強みにもなるが、同時に弱味にもなるということを忘れるなよ」



 貴族にとって、家門を継承していくことが最大の仕事である。そのため、次代を担う子供の存在は必要不可欠であり、婚儀と出産は最重要課題となる。


 ゆえに、子供は強みであると同時に、最大の弱点にもなり得るのだ。


 それを知っているがゆえに、カシンは励め励めと背を押した。


 いずれ産まれてくるであろう二人の子供は、色々と利用価値が高いのだ。そう考えると、自然と笑みが零れ落ち、らしくもない皮算用に耽ってしまうのであった。



「もっとも、あの男に“人質”が通用するとも思えんのだがな。まあ、出せる手札は多いに越したこともないし、その時になってから考えるとしよう」


 そして、一陣の風が吹き抜けると、カシンの姿は跡形もなく消え去っていった。

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