7-9 凱旋! 英雄となった公爵様の帰還!(3)

 ヒーサとアスプリクがなんやかんやと喋りながら馬を進め、街中を通り抜けると、そこから少し離れたシガラ公爵の城館が見えてきた。



「さて、そろそろ屋敷に近付いてきたわけだが、アスプリク、大人しくしておいてくれよ。これから最大の難敵と対峙することになるからな」



「ティースか~。で、奥さんはどんな文句を言ってくると思う?」



「お前の件か、ヒサコの件の二択だな」



 現在、シガラ公爵の城館には留守番として、ヒーサの妻ティースが待っているのだ。


 だが、間違いなく叱責が飛んで来るのは確実な情勢である。


 考えられる理由は二つ存在した。



「戦名目で出かけたとはいえ、こうしてアスプリクと並んで仲良く戻ってきたわけだしな。不倫旅行と突っ込まれたらどう返す?」



「そうだよ、と返す」



「やめいやめい。枯野に火を放つ真似はするな」



 ただでさえ好感度の上げ下げが激しいティースである。そんなことを言ってしまったらどうなるか、想像するのには難くない。



「あるいは、ヒサコのことか」



「追い出した義妹が聖女になって帰還しました~、じゃキレるよね、そりゃ」



「しかも、宰相閣下に聖人認定を薦めたのも、私自身だしな」



「ティースの主観じゃ、理解しかねるだろうね」



 そういう演技とは言え、本来ならヒーサに向かう悪意ヘイトを全部ヒサコに向けさせた結果、ヒサコとティースの仲は絶望的に悪い。いつ流血沙汰になってもおかしくないほどだ。


 主目的が“茶の木”の入手とは言え、二人の冷却期間を置くつもりでヒサコを送り出したのだが、それがケイカ村、アーソ辺境伯領での騒動を経て、ヒサコは聖女になる道を進みつつあった。


 無論、中身の“松永久秀”もそこまで読みつくしてはいなかったが、状況は最大限活かすつもりでいた。特に最重要なのは、聖人認定と、そこから続く第一王子アイクとの婚儀であった。


 主家との婚儀、そして簒奪。下剋上の鉄板コースであり、それを逃すつもりはなかった。



(まあ、その道筋がなかった場合は、アスプリクとの婚儀も考えていたが、そちらは使わなくて済みそうだし、ティースはこのまま私の妻でいてもらうとしよう)



 ヒーサはティースの“利用価値”を決めかねていた。


 彼女に付随していた領地や財産はすでに懐の内にあった。名目上はまだティースの物であったが、すでにカウラ伯爵領には触手を伸ばしきっており、その気になればいつでも奪い取る準備はできていた。


 つまり、ヒーサにとってティースはすでに用済みな存在であるのだが、だからと言って亡き者にするという考えもなかった。


 まず、怖いのは報復だ。


 下手にティースを消した場合、間違いなくその従者たるナルとマークが動く。証拠も何もお構いなしに報復してくる可能性が高いため、やるなら同時に事を成さねばならず、その機会がないのだ。


 また、世間の目も気になる。


 毒殺事件が起こり、さらに嫁いできた嫁まで死んだとなると、疑いの目が自分にも向きかねないのだ。


 現状ならまた『六星派シクスス』の陰謀にできなくもないが、それでも疑いを少しでもかけられるのはよくないと考えていた。


 そのため、ティースの立ち位置は現在“保留”。


 ヒサコとアイクの婚儀が成立するのであれば、無理にティースとの関係を“清算”することもないので、ひとまずは置いておくことにしていた。



「てなわけで、ティースの御機嫌を損ねないように頼むぞ」



「まあ、無理っぽいけどね」



 アスプリクはすでに苦笑いをしていた。


 見えてきた館の前では、屋敷勤めの面々がズラッと並び、主人の帰還を待ちわびていた。戦場に赴き、赫々たる武勲を引っ提げての帰還である。湧き立つのも当然と言えた。


 そして、その中央にいるのが、夫の留守を預かるティースなのだが、見えてきた彼女の表情は露骨なほどに不機嫌であるのが見て取れた。


 家臣一同も歓声を上げて出迎えたいが、まず第一声は一番上の立場の者、すなわちティースがかけるべきであるとの考えの下、必死で口を閉じていた。


 ただし、ティースの機嫌が悪いことを認識していたため、同時にハラハラした気持ちも抱えていた。


 ヒーサはそんな人々の視線を一身に浴びつつ、馬から颯爽と降り立った。



「ただいま、ティース。留守居、ご苦労だったな。感謝する」



 優しく声をかけたヒーサであったが、それに対してのティースの反応は人々の予想を裏切った。


 あろうことか、今を時めく大英雄に対して、握り拳の一発をお見舞いしたのだ。と言っても、軽く殴りつける程度であり、しかも鎧越しであるため、ダメージはない。


 そして、キッときつめの視線で睨み付けてきた。



「なんで私も連れてってくれなかったんですか!?」



「「「そっち!?」」」



 ヒーサも、アスプリクも、居並ぶ家臣一同も、ほぼ同時に口から吐き出された。


 それほどまでに、ティースの不機嫌の理由が意外過ぎたのだ。

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