7-8 凱旋! 英雄となった公爵様の帰還!(2)

 どんな悪辣な策を弄そうとも、表向きな“仁君”の顔は崩さない。


 ヒーサは歓声響く中をゆっくりと馬を進め、笑顔で手を振り、民衆の熱狂ぶりに応えていた。



「まあ、要するに、今後の舵取りは私の御機嫌取り次第ということだ」


 ヒーサは歓声を上げる民衆に応えながら、小声で馬を並べて進んでいるアスプリクに話しかけた。


 ちなみに、ヒーサ・ヒサコが今回の騒動における一番の勝ち組とするのであれば、次点はアスプリクということになる。


 火の大神官として前線に赴き、数々の適切な措置を取ったかと思えば、ヒーサと協力して黒衣の司祭を滅ぼしており、十三歳とは思えぬ行動力と判断力を見せ付け、周囲から称賛された。


 リーベの件で教団幹部への責任論も出始める中にあって、アスプリクだけは例外とされ、逆に名声を高めていた。



「いや、ほんと、上手く行ったよね~。これで僕とヒーサの発言力が増すってもんだよ」



「まあな。だが、最大の収穫は“アレ”だ」



 ヒーサが行進する一団の後ろを振り向くと、そこにはアーソから連れてきた人々がいた。


 まず、元領主のカインだ。カインはアーソの争乱の責任を取ると言う形で引責辞任し、辺境伯の称号を王家に返上していた。


 その身柄はヒーサの預かりとなり、シガラへと連れてきたのだ。


 そして、その後ろに続くのは、隠遁者達である。すなわち、教団に属さない術士の集団であり、アーソの地に隠れ住んでいた知られざる術士なのだ。


 術士の管理運営は教団の専権事項なのだが、それをよしとしない者はアーソの地がそうであったように、密かに身をやつして暮らしているのだ。


 あるいは異端宗派である『六星派シクスス』に所属し、教団側と敵対する道しかない。


 そんな一団を、ヒーサは“堂々と”自身の領内に招き寄せたのだ。


 教団側としては認めがたい事であるが、今回の騒動の立役者を責め立てると、却って収拾がつかなくなると判断し、またヒーサはあくまで新事業の運営に術士が欲しいので、“戦争”には使わないという条件を提示し、渋々ながらこれを納得させた。


 無論、あくまで形としては教団管理下での話であり、その運用はシガラ教区の代表者たるライタン上級司祭や赴任しているアスプリクに一任する、という条件での特別許可である。



「ま、僕としては“自前”の術士が増やせるし、ライタンもリーベがあの有様になった以上、ますます危機感を持つだろうね」



「それだな。丁度いい材料になるし、煽ってやるのも一興だな」



 アスプリクもヒーサも、お互いを見やってニヤリと笑った。


 シガラ教区の教団代表者たるライタンは、改革志向の持ち主である。


 前線勤務が長かったこともあってか、教団の腐敗ぶりには頭を痛めていたし、どうにかしようともしつつも自力での改革は不可能とも考えたため、根が真面目な分、悩める日々を過ごしてきた。


 そこへ手を差し伸べたのが、ヒーサとアスプリクであった。


 少々強引ではあったが、この三者は手を取り合い、教団上層部を説得するための上奏文を出したことすらあった。



「まあ、重要なのは書簡を出す際に、連名で出したって点だがな。ライタンはあくまで穏当な改革を望んでいるが、私もアスプリクも狙いは教団の解体、ないし政治に絡めないくらいに力を削ぎ落すことだからな。術士に関することはその一端」



「徐々に協力の度合いを上げつつ、引き返せないところまで動かす、と。ヒーサもさ、いい性格しているよね~」



「お褒めいただき恐縮ですな、王女殿下。どのみち、ライタンはもう引き返せないぞ。こうして隠棲していた術士の運用権を、今から渡されることになるのだからな。一応、教団上層部からの許可という形は取ってあるが、実質的には我々の干渉でこうなった。術士の管理運営という教団最大の特権を突き崩す、その記念すべき第一手をライタン自身で成してもらう」



「関わったら引き返せなくなるけど、断ると言う選択肢もない。なにしろ、形だけとはいえ教団上層部から許可が出ているわけだしね」



「そういうことだ。彼にはしっかりと働いてもらうさ。実利はこちらがいただくがな」



「誰かを巻き込む手管はいつもながら見事だね~」



 アスプリクは物騒な会話をしながらも、慣習に見せる笑顔を崩さないヒーサには素直に感心していた。


 演技が完璧すぎて、誰も悪辣な本性を暴けていないのだ。笑顔をの下には国をひっくり返すほどの策謀を秘めているが、それに気付ている者はいない。共犯者だけの秘密であった。


 アーソでの件にしても、ヒーサ・ヒサコの顔を使い分け、都合のいい情報を渡しで場を操り、頃合いを見て暗殺と騙し討ちで邪魔者の排除に成功した。


 そして、厄介な案件は全部リーベに押し付け、あの世まで持って行ってもらった。


 そのやり口はテアをして“魔王”と誤認させるほどの外道っぷりではあるのだが、【魔王カウンター】での検査では、ヒーサは“白”だと判定されている。


 これがヒーサこと“松永久秀”の素であり、戦国的作法における日常なのだ。

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