7-7 凱旋! 英雄となった公爵様の帰還!(1)

 ヒサコがドワーフの都市で交渉を重ねていたのと時を同じくして、実家とも言うべきシガラ公爵領は大いに湧き立っていた。


 ヒサコの兄にして当地の領主であるシガラ公爵ヒーサが、アーソでの反乱鎮圧より帰還したからだ。


 すでに早馬で情報は先んじて領内に入り、それが庶民にまで広まっていたため、アーソのおけるヒーサの活躍を耳にし、その無事の帰還を大いに喜んだのだ。


 なにしろ、アーソの地にうごめいていた魔王の陰謀を暴き出し、その先兵として暴れていた黒衣の司祭を討ち取り、アーソの叛徒を穏便に下らせるなど、武名が轟いていたからだ。


 その名声はシガラ公爵領のみならず、王国全土に知れ渡っており、それを成した若き英雄を一目見ようと、街道沿いに領民から近隣の他地域の者達まで大勢が集まって来ていた。


 街道の沿線は人々で埋め尽くされ、ヒーサもまたそれに応えるかのようににこやかな笑みで応じたり、あるいは手を振ったりと、向けられた歓声に応えた。



「いやぁ~、すげぇよな。あの毒殺事件で公爵様御一家がどうなることかと思ったけど、これ見ちまうともう安心だよな」



「ああ。学者肌の大人しい若様かと思いきや、武芸や兵法にも通じていたとは驚きだよ」



「だな。潜んでいた魔王の手下をいち早く見つけ出し、討ち取ってしまうんだもんな。ほんとすげぇよ!」



「見つけ出したのは、妹君のヒサコ様だって聞いたぞ。その功績もあって、ヒサコ様は“聖人”の称号を賜るなんて話も出てるくらいだ」



「へぇ~、そうなんだ。どっちみち、兄妹揃って闊達で聡明なのは喜ばしい限りだよな」



「ああ。ほら、新しく始めたっていう、ええと、“漆器”だっけ? あれが都じゃ飛ぶように売れて、職人の人手が足りてないってくらいだぞ」



「あれも公爵様の発案だったよな。文武共に才能豊かで、商売にも通じておられるとは驚きだよ」



「これでシガラもますます発展していくことだろうな!」



 こんな話が方々から飛び込んできており、ヒーサとしては喜ばしい限りであった。


 だが、シガラの伸張以上に重要なのは、他勢力の権勢が大幅に下落したことの方が大きかったことだ。


 まず、黒衣の司祭リーベの実家であるセティ公爵家、ここがどん底に落とし込まれたことだ。


 シガラ公爵家と並ぶ三大諸侯の一角に名を連ねていたが、身内から異端者を出し、それが『ケイカ村黒犬襲撃事件』と『アーソ辺境伯反乱事件』の黒幕であったことが発覚。これにより、周囲から猜疑の視線に晒されることとなったのだ。


 無論、当主のブルザーからすれば弟であるリーベが、そのような大それた企てを画策するなど信じられなかった。


 実は裏で繋がり、王権の簒奪すら企んでいたなどと根も葉もない噂すら飛び交い、その弁明に負われる事となった。


 なお、リーベの件も、デタラメな噂の数々も、“全部”ヒーサの仕込みであったが、それを証明することは不可能であった。表に出ていた証拠は全部消しており、裏の事情を知る者はことごとく処分していたため、状況としてはセティ公爵家に不利な情報だけしか残っていないのだ。


 事実を知っているのは、ヒーサ・ヒサコという“松永久秀”本人の他は、テアとアスプリクという“二人の共犯者”だけであり、ブルザーがひっくり返すのは実質不可能になっていた。


 あまりに都合がいい状況に、ブルザーはヒーサこそ怪しいとも考えていたが、それ以上に周囲の疑惑が自分に向けられているため、矛先逸らしが優先された。


 その矛先とは、『五星教ファイブスターズ』の上層部であった。



「現役の司祭が異端に走るなど、信じられないことだ。教団上層部の管理責任に対して疑義を申し立てる。ちゃんと教育や管理をしていたのか!?」



 これがブルザーの言い分である。リーベはあくまでセティ公爵家の出ではあるが、術の才能があったために教団に“無理やり”入れさせられたため、その管理運用にこそ問題があると周囲に訴えかけた。


 当然、教団側もこれには反論した。



「そもそも、セティ公爵家が異端者と手を組み、王権の簒奪を目論むのが悪い。自身の罪を棚上げして、我らを貶めるなど、言語道断だ!」



 簒奪の件は完全なでっち上げの情報なのだが、教団上層部は管理責任を取りたくないがために、セティ公爵家を徹底的に悪者にしておく必要があった。それゆえ、ヒーサが流した噂に飛びつき、これを以てセティ公爵家を攻撃する材料としたのだ。


 セティ公爵家と教団が激しく責任の擦り付けをする中、双方に対して責任を問う声が出てくるのも当然であったが、その頭たる者は王国宰相ジェイクであった。



「危うく王国の緊要地が崩壊し、ジルゴ帝国に対して無防備を晒すことになりかけた。もはや教団にばかり頼ってはいられない。大改革を断行するつもりでいる」



 これがジェイクの公式見解であり、公の場においてこれが飛び出すと、王国中に激震が走った。なにしろ、“不入の権”を有する教団に対して、堂々とこれに介入すると宣言したからだ。


 そして、その最たるものが“術士の管理運営”に関する改革であるとも述べた。


 教団はその設立の経緯からして、神の恩寵を最も受けし術士の存在を重要視し、その育成や管理運営を独占的に行ってきた経緯がある。それがいつしか特権となり、歪みとなって不満が出始め、それを解消するために改革を行うとジェイクは宣言したのだ。


 当然、教団側としても最大の特権を犯されるのを嫌い、これに抵抗するそぶりを見せた。



「これは宰相の戯言だ! 己の妻が謀反人であることを覆い隠すために、教団をあげつらい、その罪を擦り付けていく気だ!」



「今回の謀反の一件は、アーソの地における術士の隠匿が原因の一端にあるが、それもこれも教団の傲慢な態度が最たる要因であろう! 異端を出し、その反省の弁すらない者に、これ以上国防の根幹である事業を独占させるわけにはいかない! 術士は広く運用されるべきものだ!」



 前々から教団に対して事を構えようとしていたジェイクが、いよいよ牙を剥いてきたと判断した教団側は、これに対して徹底的な対抗措置を取ることを示唆し始めた。


 どちらも存続に関わることであるため引かぬ姿勢を示しており、こちらも抜き差しならぬ状況にまで事態が深刻化していた。


 そこで颯爽と現れたのが“救国の英雄”ヒーサである。


 ヒーサは今回の騒動で裏に表に活躍し、名声が著しく上昇した。威信は増し、逆に周囲が落ちたため、ほとんど一人勝ちに近い程にシガラ公爵家の実力を内外に示すこととなった。


 毒殺事件の一件で家が傾くのではと思われたのは今は昔。現在ではそんなことを思う者など誰もいなくなり、実質的に現在の政治的混乱の中にあって唯一と言っていい程に安定していた。


 そのため、国内の各勢力がこぞってシガラ公爵家と結ぼうと動き始めていた。



「私は悪くない! すべては他の分からず屋のせいだ! と言っても、全面対決までは望んでいない。どうにか取り持つことはできないだろうか?」



 これは諸勢力がヒーサに向けて発した言葉である。王家も、教団も、諸侯も、どうにか自分の責を横に置きつつ、事態の解決を図ろうとしていたため、勲功著しく、それでいて“比較的中立”であるヒーサに接触を謀って来たのだ。


 それを狙って策を弄してきたとはいえ、やはり全方位からのラブコールと言うものは実に気分のよいものであった。笑いを堪えるのに必死になりつつ、各勢力との取次を引き受けていた。


 もちろん、裏ではガッツリとジェイクと繋がっており、教団を追い詰めるつもりでいたが、それも教団側の提示する条件次第では反故にしてよいとすら考えていた。


 この男にとって重要なのは、“自分にとって利となるかどうか”であって、誠実な貴公子である必要はない。


 不義を働こうとも、それを誤魔化せる手段と大きな利益が望めるのであれば、昨日肩を組んでいた相手ですら頬っ面を引っぱたけるのだ。


 それが戦国の梟雄・松永久秀であった。

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