7-6 聞き込み! エルフの情報を仕入れろ!

「そう言えば、よく知らないのですが、大樹海ってどんな場所なんですか?」



 何気なく出たヒサコの質問、これにも理由があった。


 ドワーフ達は割と社交的であり、その手掛ける工芸品のこともあるので、人間種とのつながりは深いのだ。デルフがすんなりアイクの下へ参じたのも、そうした下地があるため、人間とドワーフは交易相手、商売相手と互いに認識していた。


 何より酒を勧められると、途端に友好的になると言う種族的な性質もある。


 一方で、エルフははっきり言えば、同種族以外の付き合いは悪いのだ。基本的に閉鎖的で、ごく一部が旅人として外の世界に出ていく例を除けば、その大多数がエルフの領域であるネヴァ評議国の半分を占める大樹海の中に住んでいる。


 道はないに等しく、排他的であるため、滅多に他種族が訪れることはない。


 そうした事情があるので、ドワーフの領域に関する情報はかなり手にしているが、エルフに関しての情報が少ないという事情があるのだ。



「滅多に誰も樹海には入らんからな。せいぜい、外縁で狩りや材木を伐採するのがせいぜいだろうよ。エルフの集落がある奥まった所は、誰も近寄りはせん。それに、集落によったら村ごと結界を張っている所もあるくらいだ。そこで薬を調達するとなると、大変だぞ」



「ふむ……。なら、仮に上手い具合に集落に入れたとして、交渉することはできるかしら?」



「それも難しいぞ。気難しい上に気位だけは異常に高い連中だからな。まあ、万が一にも交渉の場が設けられたとするならば、岩塩でも持って行くといい」



「岩塩?」



 意外な贈り物に、ヒサコは驚いて目を丸くした。贈呈品ならば、宝石や貴金属、あるいは金銭や美物などが一般的なのだが、よりにもよって“塩”を贈れときた。



「森の中で居住しているので、塩が貴重でな。これに関することだけは、他種族と交易しておる。ただし、エルフの世界は通貨がない。貨幣制度が根付いていないからな。実質、塩が通貨代わりだ」



「なるほど、塩が通貨ね。それなら、岩塩を仕入れておいた方がいいわね」



 これは聞いておいて正解だったと、ヒサコは情報の入手を喜んだ。知らずに突っ込んでいったら、手ぶらで相手先に訪問するところであった。



「そういえば、塩が喜ばれるって言ってたけど、エルフは何を輸出しているの?」



「森の恵みじゃな。木工の工芸品であれば、わしらドワーフ以上の職人がいるし、薬草なんかも豊富だ。それに術の適性を持つ者が多く、魔術具の類を出す時もある」



「へ~。それはどうにかして仲良くしておきたいわね」



 気難しいが、有益な貿易品を抱えている。これはやりがいのある相手だと、ヒサコは考えた。久々に魂の奥に眠る商人としての気質に火が着いてきた格好だ。



(ドワーフにしろ、エルフにしろ、やはりこちらにない交易品を持っているのはいいわね。手広く商売したいわね~)



 なにしろ、こちらが提供する品としては、酒か、塩である。その返しが、多種多様な工芸品であるならば、利益率はかなり高い。


 アーソの地を治めれるようになったら、販路の拡充を考えねばと、ヒサコは密かに思うのであった。



(ジルゴ帝国とは矛を交え、ネヴァ評議国とは友誼を結び、交易を行う。アーソが手に入ったら、やること多いな。黒衣の司祭が余計なちょっかいかけてこなけりゃいいんだけどね)



 アーソでの騒乱の最終局面において、ついに姿を現した魔王の手先たる黒衣の司祭。存在だけは以前から知っていたが、実際に目の当たりにして、生かしては置けないと判断し、焼き殺した。


 焼き殺したと言っても使い魔であり、それを介して多少のダメージは与えたつもりでいたが、そのうち復活しそうであった。


 できることなら態勢を整えた上で対峙したいため、旅先でばったりというのは避けたかった。


 これも時間がない理由の一つだ。



「よし! なら、積んできた食料品を売り払って、塩を仕入れておきますかね」



「それから、しばらくは肉や魚も控えておいた方がいいぞ。エルフの連中、生臭ものを嫌うから、肉や魚の匂いを嗅ぐと嫌な顔をする。ひどいのになると、乳や卵の類ですら拒絶するからな」



「うわ~。面倒臭いな~」



 口ではそう言いつつも、実はヒサコはエルフの食事と言うものが楽しみで仕方がなかったのだ。


 “友人”である火の大神官アスプリクは半妖精ハーフエルフであり、旅人であった母親の日誌から様々な情報を教えてくれた。


 その中で、特に気になっているのがエルフの食事なのであった。


 エルフはルーデンが話したように、生臭ものを好まない。森の恵みこそ、彼らの糧なのだ。肉や魚は食べず、山菜やキノコをよく食べるのだそうだ。


 農業も行っているが、栽培は豆類が中心であり、その加工品がヒサコを魅了していた。



(そう、味噌! この世界で、よもや味噌に出会えるとは! それに梅干しもあるって言ってたわね。それに豆腐も! 箸やまな板もあるってことだし、ほんと楽しみだわ~)



 どういう事情かは不明であるが、エルフの食文化には日本的な要素がかなり含まれていることが、事前の情報により判明していた。


 無論、全部が全部その通りで、完璧な物だとは思ってもいなかったが、それでも慣れぬ異世界の料理を食べ続けた身の上では、やはり和食を食べたいと思ってしまうのが日ノ本の人間であった。


 期待に胸膨らませつつ、ヒサコはドワーフとの交渉や情報収集を進めていった。

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