7-5 作成依頼! 茶道具、お任せいたします!

 神造法具『不捨礼子すてんれいす』を見せ付けて、ヒサコの挑発的な一言。



「できないんですか!?」



 ヒサコの発したこの言葉は、ドワーフの職人達をいたく傷つけた。鋳物や鍛冶の達人に対して、これ以上にない痛撃であった。


 鍋一つ作れないのか、この一言は、これ以上の屈辱はない程に突き刺さったのだ。



(いやまあ、無茶ぶりもいいところよ。神が作った道具を、そんなホイホイ量産されてたまりますかって)



 制作者であるテアは、渋い顔で睨み付けるドワーフ達を見てそう思うのであった。


 ステンレス製の鍋であるから、鉄とクロムの合金となる。クロムが含有することにより、防錆効果が生まれるのだ。純粋な鉄鍋に比べて長くピカピカするのは、そういう理由があるためだ。


 紅鉛鉱こうえんこうがあれば、そこからクロムを抽出することはできる。融点は千九百℃なので、性能のいい炉があれば、それでステンレス鋼を生成することはできるだろう。


 だが、付与された魔力が桁外れなのだ。テアはほぼ無意識で鍋を生成し、無意識で魔力を乗せてしまったのだが、この世界では破格過ぎる魔力量になってしまった。


 鍋自体はともかく、神の力を帯びた鍋を作ることは現実的とは言えなかった。



「まあ、これはさすがに無理ですね。神様が作ったって伝わっている逸品ですから。代わりと言っては何ですが、いくつか作っていただきたい物があります」



 ここでヒサコは鍋を引っ込めた。ドワーフは無念の表情を浮かべたが、神の作りし道具とあれば、まだ自分達がその領域に到達していないことを納得させる材料にはなったようで、どうにか落ち着きを取り戻していた。



(要は、先に無理難題申し出て、相手のプライドをへし折った後、本命を“安く”仕上げてもらうための前振りってわけか)



 ニヤつくヒサコを見て、テアはそう判断した。相変わらず、交渉の手口が狡いことこの上ない。


 そして、ヒサコは発注の稟議書を二枚、ルーデンに差し出した。


 先程は無様を晒した職人達は、今度こそはとそれに注視した。


 まず、一つは実に単純な棒状の物であった。



「これは確か、森妖精エルフが用いていると言う“箸”というやつか」



「そうです。素材は真鍮を用いていただきたいです」



「真鍮か。エルフ共のは木製であったはずだが……」



「ええ、そうですわね。ですが、それは炭火を掴む必要があるため、木製では焦げてしまいますからね」



「ああ、要するに、小さな火掻き棒というわけか」



 火を扱うドワーフにとっては馴染みのある道具であり、それの代役を務める小型の道具と理解した。



「で、それの対となるのがもう一枚の方に描かれております“風炉”です」



「小型の炉か。つまり、これに火をおこすと」



「ついでに申し上げますと、それに火をおこし、鍋を乗せ、湯を野外で沸かすのに用います」



「おお、そういう感じに使うのか」



 ドワーフにとって炉とは基本的に金属加工に用いるのだが、形状を見るにほんの小さな火を着けるだけであり、実用性があるのかと疑問に思う事でもあった。


 だが、ヒサコはニヤリと笑うだけで、その点には気にしていない様子だ。



「ふつりふつりと小さな泡が湯気と共に沸き起こる様がまた、楽しいのでございますよ。火力は高ければよいというものではありません。焦らさぬ程度にじっくり待つのもまた、風情というものです」



「人間の考えることは分からんな。湯が必要なら、高い火力でさっさと沸かせと思うのだが」



「実用性を考えるのであればそうなのでしょうが、これは“遊び心”でもありますからね。“わたり”と“けい”の釣り合いを考えるのが、創意工夫の基本でございますよ」



 “渡”は実用性のことであり、“景”とは遊びの部分の事を指す。


 実用性のみを重視するのであれば、渡十割とすればいい。だが、それでは“面白くない”のである。


 遊びがあるからこそ、実用性もまた光る。


 風情もまた、場の空気に溶け込んでこそ、面白いのだ。



「なるほど、遊びか。なれば、せっかちは無作法であるな」



 ドワーフからしてみれば無駄としか思えなかったが、目の前の顧客はそれでよしと言っているのだ。特に問題としなかった。



「材質は、これは銅、いや、青銅か?」



「はい。銅と錫、あと鉛と鉄を混ぜておりますわね。足は三脚、ないし五脚で仕上げてください。素材の配分は“おまかせ”いたします」



 何気ない一言であったが、ドワーフ達はこれをヒサコからの挑戦状と受け取った。


 なにしろ、先程は魔法の鍋で無様を晒しており、これすらできぬのかと突きつけられたと感じたからだ。


 それに職人達の心に火が着いたと言えた。


 形状としてはそこまで難しくもないが、顧客のニーズに合った物を作らなくては、工房の名が廃るというものである。


 また、発注をかけてきたのが、隣国の大貴族という点も見逃せなかった。上手く行けば、大口の取引先と成り得るからだ。



「よし、引き受けよう。納期はどうする?」



「そうですね。これからエルフの里に赴いて、薬を貰い受けに行きますから、その帰り道にまた立ち寄ろうかと考えております」



「となると、大樹海まで行くことになるのか。最短で三カ月といったところだな」



「ああ、やっぱりかなり遠くなりますよね」



 ヒサコはある程度の情報しか持っていなかったが、やはり遠いなと感じた。


 時間は有限であり、急いで国に変える必要があった。なにしろ、数々の謀略を駆使し、今やカンバー王国内は火種がそこかしこに転がっている状態なのだ。


 燃料を投下すればすぐに燃え広がるほどにくすぶっており、早く“茶の木”を手にして帰らなくては、予想外の延焼を引き起こし、その対処が後手に回ることも考えられた。


 もちろん、分身体ヒーサが程よく制御しているが、それでも盛大に燃え広がる際には、自分自身の手で下したいと考えているので、折角の楽しみを外野で眺めておくつもりはないのだ。

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