7-4 煽っていくスタイル! え、この鍋、作れないんですか!?(嘲笑)

 ヒサコは兵士に言われた通りに進むと、『ルーデン工房』の看板が下がっている場所を見つけた。


 鋳物を扱っている工房で、中からは溶けた金属から放たれた熱気で満たされており、工房の外まで漏れ出ている有様であった。


 ヒサコとテアは馬車から飛び降り、堂々と工房の中へと入っていった。



「ごめんくださいな。ルーデン様はいらっしゃいますか?」



 工房の中は幾人ものドワーフの職人が作業をしていた。どうやら鍋の作成をしているようで、鋳型に溶けた金属を流し込んでいる姿が見られた。


 完成した鍋もずらりと並んでおり、不良品がないか目を配っている者もいた。


 そして、突然の来訪者に対して、職人達は目もくれずに働き、一人だけのっそのっそと歩み寄って来た。



「おう、嬢ちゃん、何の用だ? ワシがルーデンだ」



 その目の前に現れたのが探していたルーデンのようで、少々ぶっきら棒だが挨拶をしてきた。



「これはどうも初めまして。あたしはカンバー王国シガラ公爵家当主ヒーサの妹で、ヒサコ=ディ=シガラ=ニンナと申します」



「おう、貴族のお嬢さんか。遠くからわざわざご苦労なことだな」



「はい。実はデルフ殿より、パドミアの街を訪れる機会がありましたらば、是非ルーデン工房を訪ねるようにと言われ、足を運ばせていただきました」



「バカ息子がか?」



 ここでヒサコが知った新事実。目的のルーデンというドワーフがデルフの父親だということだ。


 特にそんな話は聞かされていなかったが、わざわざ訪ねるよう促してきたのだから知己なのだと思ったら、よもやの実家であった。



「あのバカ、生きておったのか。五年前に家出してから、音沙汰なかったのにな。手紙の一つでも寄こしやがれってんだ」



「まあまあ。デルフ殿も今は窯場を一つ預かる身。何かとお忙しいのでしょう」



「窯場? あやつめ、多少火の使い方を覚えたかと思ったら、そんなことをやっておるのか」



「はい。今は第一王子のアイク殿下の下で、陶磁器作りに入れ込んでいます。窯場の総責任者として、日夜よりよい器を作るべく、奮戦しております」



「半人前が、随分と偉くなったもんだ」



 少々不機嫌なようにも感じられたが、ルーデンはデルフの無事を知って喜んでいるようにも感じた。


 やはり、親としては家出息子の消息を知り、無事にやっていけているのを知って嬉しいのであろうと、ヒサコは考えた。



「さて、まずはお近付きにこちらをどうぞ。デルフ殿には色々とお世話になりましたので、御尊父にもお礼申し上げます。どうぞお納めください」



 そう言って、ヒサコはテアに視線を向け、テアは荷台から出してきた酒瓶を二つ差し出した。シガラ産の名酒『フクロウ』であった。


 途端に、その場にいたドワーフ達の目の色が変わった。やはりこの名酒はドワーフ達の間でも有名なようで、視線が二本の酒瓶に注がれた。



「おお、『フクロウ』か! ああ、そう言えば、シガラからやって来たと言ったものな。うん、よくぞ参られたぞ、ヒサコ嬢。歓迎しよう!」



「あらあら、お酒二本で随分とご機嫌なご様子で」



「当然じゃよ。良い酒を持って来た者は誰であろうと友なのだ。まあ、埃っぽい所じゃが、気にせずゆっくりとしてくれや」



 テアから受け取った酒瓶を大事に握りしめ、他の職人達も作業を切り上げて近付いてきた。余程、この酒を飲みたいであろうことが見て取れた。



「では、早速なのですが、鍋を作っていただきたいのです」



「鍋? おお、いいとも。鍋なんぞ、ご覧の通り、いくらでも作っておるからな。形状にこだわりがあるのなら、いくらでも注文を受けるぞ」



「では、こちらをご覧ください」



 そう言ってヒサコが差し出したのは、『不捨礼子すてんれいす』であった。れっきとした神造法具であり、素材もなければ、帯びた魔力も桁外れという代物だ。


 とてもではないが、これを作れなど無茶苦茶な話である。



(もはやイジメじゃん、これ)



 テアの視界には、困惑するドワーフの顔しか見えていなかった。


 これを作れなど、ヒサコの性格があまりにも悪いと言わざるを得なった。



「こ、この鍋は……」



「我が家の家宝の鍋なのですが、もし多少品質を劣化させてでも量産できるのであれば、新たな特産品にでもなるのかなと思いまして、是非ご専門のドワーフの方々に意見を伺おうかと」



「これを、量産……じゃと?」



 ルーデンも他の職人も目を丸くして驚いていた。


 形状だけならば、ごくありきたりな両手鍋なのだが、それ以外の条件があまりに厳しいからだ。



「なんだ、これは? 見たこともない素材だが」



「おそらくは、鉄を主成分にした何かしらの合金のようだが、やはり分からん」



「おお、使い込んであるように感じるが、錆びも焦げ付きも見られんぞ。おまけにピカピカと光沢まで出ておる」



「何かしらの魔力が備わっているようだが、鍋に付ける魔力量ではないぞ、これは」



「ああ、デタラメな魔力量だ。何を考えて、こんな鍋を作ったんだ!?」



 鍋を見つめながら議論を交わすドワーフ達。


 そんな彼らに向かって、特に何も考えてませんでした、とはさすがに言えなかった。製作者であるテアは、自分がとんでもない鍋を作り、この世界に紛れ込ませてしまったものだと、改めて後悔した。



「それで、いかがでありましょうか?」



「いかがも何も、ヒサコ嬢、これは難題じゃぞ。素材も不明な上に、付与された魔力もぶっ飛び過ぎている。人の手で作ったのだとすれば、とんでもない腕前の奴じゃ」



「できないんですか!?」



 ヒサコのこの一言は、さすがにドワーフ一同もカチンと来た。


 だが、口を閉ざさざるを得なかった。


 デタラメな設計図を持ち込んで、これを作ってくれ、とでも依頼されたらダメ出しなんぞいくらでもできる。修正は可能なのだ。


 だが、すでに目の前に現物がある状態。つまり、どこかの誰かが作ったという証であり、そのどこぞの職人に脱帽するということなのだ。


 職人にとって、それはあまりに屈辱であった。



(煽んな、このバカ! ドワーフさん達が可哀そうでしょう!)



 テアは相方の理不尽な制作依頼に、そう突っ込まざるを得なかった。見習いとはいえ、ガチな神様の力で作った道具である。それを量産しろなど、常軌を逸していた。



(なにより、この世界のパワーバランス崩壊するわよ! 鍋の形してるけど、その力はこの世界の基準なら、間違いなくぶっ壊れ性能! この鍋が量産の暁には、この世界なんてあっという間に制圧できちゃうわよ。てか、それが狙い!?)



 相も変わらず、無軌道な相方の言動には驚かされるが、今回もまたとんでもない発言が飛び出した。


 この妖精の国でもやっぱり一騒動起きそうな予感がしてきて、テアは背筋に寒いものが走り抜けるのを感じるのであった。

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