7-2 異文化交流! ドワーフの都市を訪問せよ!(2)

 鉱山都市パドミア。ドワーフ族が住まう都市であり、鉱山からの各種鉱物資源の採掘、並びにその加工によって栄えている都市だ。


 その入り口にヒサコらは馬車で乗り付けた。



「止まれぇ~い!」



 そして、案の定と言うか、街に入る待機列に馬車ごと並んでいたので順番が回って来た。


 ドワーフ族の門番は五名。隊長格と思しき者がヒサコ達の乗る馬車を手を振りながら止め、他四名は自分達より三倍は長いであろう斧槍ハルバードを構えていた。


 誰も彼も低身長で、その背丈はヒサコの半分程度しかない。しかし、全員が屈強の肉体を持っているようで、恐ろしく太い腕が見え隠れしていた。


 また、全員が立派な髭を生やしており、種族の違うヒサコとしては、少しばかり個人の特徴が見分けずらいと感じた。



「お役目ご苦労様です。カンバー王国より参りました、旅の商人です」



 馬車から飛び降り、愛想よく笑顔を振り撒くヒサコであった。こうしていれば本当に美人で性格のよさそうな女性なのだが、中身は下衆の極みとも言うべき七十のクソ爺であった。


 そのため、御者台から眺める愛想よく振る舞うヒサコの姿には、テアは違和感しか感じなかった。



「む、女だけの行商か。珍しいな。何か、物騒な物は積んでないだろうな?」



「もちろんでございます。当方は善良な商人でございますので、ドワーフの皆さんに迷惑をかけるような物は積んでおりません」



 なお、馬車の中身の大半は食料品であった。アーソ辺境伯領を出る際に積み込んでいたのだ。


 ドワーフ族は工芸品の生産に関しては右に出る者はいないのだが、酒以外の食料品の生産に関してはかなりお粗末な物であった。山野に自生するキノコや山菜、獣肉が主な食糧であり、農業はほとんど行っていないためだ。


 そのため、他方からの行商が訪れる際には、往路は食料品をドワーフの領域に持ち込み、復路はドワーフ製の工芸品を積んで帰る、というのがセオリーとなっていた。


 なにしろ、大飯ぐらいのドワーフ族ではあるのだが、自前の食料品の種類は貧弱であり、料理のレパートリーも少ない。そんな事情があるので、他方からの食料品は喜ばれ、かなりいい値段で買い取ってくれるのだ。


 ヒサコもその例に倣い、アーソの出立する際には食料品を積めるだけ積んだのであった。



「見た感じ、そのようだな。少し荷改めをさせてもらうぞ」



「はい、どうぞ。ほら、黒犬つくもん、こっちいらっしゃい。兵士さんの邪魔になりますよ」



「アンッ!」



 馬車の中身において最大級に物騒な存在は、荷台から飛びつくようにヒサコの胸元に飛び込み、ヒサコもそれを抱き締めた。


 荷馬車の箱をいくつか開けてみると、中身は確かに食料品ばかりであった。


 護身用と思しき銃や剣、火薬の類はあったが、どれも護身の域を出るような数量ではなかったので、隊長はこれを黙認した。


 そんな中にあって二つ、隊長の目を引く物があった。



「なんじゃ、この鍋は!?」



 荷台の中に無造作に置かれていたその鍋。銘を『不捨礼子すてんれいす』といい、神の力が宿った鍋であった。


 ドワーフ族と言えど、職人でないため確かなことは言えないが、間違いなく常軌を逸したレベルの魔力が込められた物であることはすぐに分かった。


 はっきり言えば、触るのすらはばかられるほどの逸品であった。



「そちらは我が家に伝わる家宝の鍋でございます。決して焦げ付かないという魔力が込められております、この世に二つとない逸品ですよ」



「なるほど……。家宝の鍋か。そうと聞かねば、思わず買い取ると申し出るところであったわ」



「あら、お目が高い。ちなみにおいくらを出されますか?」



 いきなりの商談に隊長は腕を組み、鍋を見ながら唸った。



「う~ん、ワシが出せるのは金貨百枚がいいところだが、この魔力量だ。好事家に見せれば、金貨千枚どころでは済まんだろうな」



「万枚で買い取ろうと言う方もいらっしゃいましたわよ。断りましたけど」



「ほほう。それは凄い。まあ、大切にすることだな」



 膨大な魔力に驚きはしたが、鍋である以上、“兵器”ではないし問題はないかと黙認した。


 だが、次に注目すべき荷は見逃せなかった。



「こ、これはシガラ産の蒸留酒『フクロウ』ではないか!」



「はい、そうでございます。今回の目玉商品ですよ~」



 目の色を変えて酒瓶を見つめる隊長に、ヒサコはにこやかな笑顔を送った。



(種族単位で無類の酒好きだって聞いてたけど、この反応を見る限りは本当のようね。持ってきて正解だったわ)



 なお、『フクロウ』はシガラで作られている最上級の蒸留酒の銘柄であった。


 伝説によると、遥かな昔、森の中で道に迷った一人の男がフクロウに導かれ、現在のシガラの地に辿り着いたと伝わっていた。


 その何もなかった当時のシガラの地を開墾していき、現在のシガラ領を形成していったと伝わっていた。


 そのため、シガラの地においてはフクロウは幸運の象徴であり、公爵家の家紋にも“梟”の意匠が採用されているほどだ。


 敬意を表して、名物の蒸留酒にその銘柄を与えていたりもした。


 その出来栄えは見事なもので、作った先から買い手がつくほどの人気ぶりであり、なかなかお目にかかれない一品となっていた。


 それがダース単位で箱に収められているのである。ドワーフ達の目の色が変わるのも無理からぬことであった。



「これが旨いんだよな。まだ一度しか飲んだことのない酒だが、深みのある芳醇な香りがスーッと鼻を抜け、それが舌に絡みつく。ああ、想像しただけでたまらん!」



「第十二地区に行くつもりですので、そこら辺で手に入ると思いますよ」



「おお、それはいいことを聞いた。仕事終わりに顔を出してみるとしよう。十二地区はほれ、あの赤い旗の刺さっている尖塔の辺りだ」



「そうですか。ありがとうございます」



 どうやら酒の魔力のおかげで、すんなり通してくれそうであった。



(良い酒を持ってくる者は誰であろうと友、デルフの言葉の通り、まんまだわ)



 などと心の中でケイカ村で知り合ったドワーフの事を思い浮かべつつ、入るための通行税を兵士に支払った。


 そして、馬車は通され、活気あふれる街の中へと進んでいった。

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