第7章 墓荒らしの聖女

7-1 異文化交流! ドワーフの都市を訪問せよ!(1)

 少し傾斜のある坂道を一台の馬車が進んでいた。二頭立てのそこそこ大きな馬車で、幌まで付いている立派な馬車だ。


 そして、その馬車に乗っているのは、美しい女性が二人と可愛らしい仔犬が一匹であった。一人は御者台に座って馬を操作し、もう一人は荷台の中で寝転がっており、仔犬もその横でのんびり昼寝をしていた。



「あれがそうかしらね。ヒサコ、入口が見えてきたわよ」



 手綱を握る女性が中にいる方に話しかけると、寝転がっていた女性は起き上がって、御者台の方へと移動した。幌から顔を出し、前方を見つめると、山肌や傾斜部に色々と建造物が見えてきた。


 ヒサコと呼ばれた女性は、なかなかの美女であった。長く真っ直ぐな金髪を持ち、今は邪魔にならない世に後ろで無造作にそれを紐で結んでいた。


 透き通った碧眼は意志の強さを見せつけるがごとく輝き、女性にしては割と高身長な方で、凛々しさを際立てていた。


 今は身分が意味を成していないが、旅商人に身をやつしているものの、こう見えてカンバー王国のシガラ公爵家当主ヒーサの妹であり、れっきとした公爵令嬢であった。


 しかし、それすら仮の姿。本当は異世界から女神の力を借りと飛んできた英雄であり、その中身は戦国日本の武将“松永久秀”その人で、神の奇跡である“スキル”を用いて女になっていた。


 女神の依頼で魔王の探索を行い、その討伐を行うよう依頼されてきたのだ。


 そして、手にしたスキル【性転換】によって、ヒーサとヒサコ、この兄妹を使い分けることによって“数々の問題”を乗り越えてきた。


 その力を授けた女神はテアニンと言い、御者台に座っている女性がそうであった。今は現地人に偽装して帯同しており、名もテアと名乗っていた。


 煌めく緑色の髪をなびかせ、同色の瞳で遥か千里を見通していた。旅装束とあって装いは地味であったが、その豊満な乳房は隠しきれておらず、絶世の美女と言うべき容姿も相まって、見る者を惹き付けた。


 一応、ヒサコのお目付け役的な立ち位置なのだが、その無軌道な振る舞いにいつも振り回されており、魔王討伐などそっちのけな行動に頭を抱えていた。


 なお、現在は魔王討伐の役に立つとは思えない“茶の木”の採取に向かっていた。



「あれが地妖精ドワーフの都市ね。話に聞いてた通りだわ」



 ヒサコの視線に映るのは、石造りの重厚な建造物の数々であった。


 ドワーフは大地の恵みを最も受ける種族とされ、基本的には地下での暮らしを好む。坑道を掘って鉱石を採掘し、それを加工して他種族との交易で生計を立てる。そういう種族だ。


 そのため、採掘技術はもちろんのこと、その加工技術にも優れており、小さい物は身に付けれる装飾品から、大きな物になると人間種が作る城よりも遥かに巨大かつ機能的な城塞を築くのだ。


 実際、目の前には崖に沿うように巨大な塔のような城が建てられ、その眼下には石造りの工房が立ち並び、あるいは商家や宿屋が軒を連ねていた。



「テア、あの都市ってどんな感じだっけ?」



 ヒサコは都市の方から視線を離さず、御者台のテアに尋ねた。



「都市の名前はパドミア。ケイカ村のデルフからの情報だと、あそこは自由都市みたいね。元々は鉱山開発の集落だったのがその始まりで、徐々に大きくなっていった。周辺の山々からも多種多様な鉱石が採掘され、街道とかの立地も相まって、ドワーフ族の都市の中でも屈指の大都市になったみたいね」



「自由都市、つまり、堺みたいな都市か」



「ええ、あなたのいた世界ならそんな感じかな。実際、あの都市には領主はいなくって、どこの所属ってわけでもなく、職人商人が自治している都市だもの。各組合ギルドの代表者の合議制によって運営されているそうよ」



「豪商達の寄り合いであった、会合衆えごうしゅうのようなものか。やはり堺に似てるわね」



 元は商人の出である“松永久秀”としては、そうした自治都市というものに理解があった。各地の物品の収拾には貿易商の力が必須であり、その力を借りねばならないこともあった。


 また、それによって蓄積された富も膨大であり、親密に繋がっておかねばならなかった。



「人口は行商の出入りが激しいから正確には分からないけど、五万は下らないそうよ」



「お~、職人町で五万ならばとんでもない規模ね。これは期待できるわよ」



 ドワーフが優れた技術力を持っている。これはケイカ村で出会ったドワーフの職人デルフを見て、確信していた。


 デルフは窯職人であり、焼物を手掛けていたが、その腕前は本物であり、ヒサコを唸らせるほどの実力を持っていた。


 そんな職人気質の種族が町いっぱいにいるのだ。ヒサコとしては是非お近づきになっておきたいし、できれば公爵領に職人として招き入れたいとも考えていた。


 そんなこんなで馬車を進めていると、パドミアの入口までやって来た。大街道がそのまま町の中央通りになっているが、街に入る前には関所が設けられており、そこを通らねば中に入れないようになっていた。



「デルフの話だと、入る際に多少の通行税を支払うだけで入れるみたいだけど、女だけの旅商人じゃなんか怪しまれたりするのかな?」



「うん、そうね。十分すぎるくらいに怪しいわね」



 旅商人の中に女が紛れている場合はあるが、女だけで旅をすると言うのも、指摘されてみればおかしなものだ。旅は何かと危険がつきものであるし、それを跳ね除けれる何かを、細腕の女性が持っていると判断される。


 それが場合によっては騒動の種にもなりかねないのだ。


 実際、この二人の場合、実際に“ヤバイ”のだから疑惑を向けられるのも仕方がなかった。



黒犬つくもん、とにかく魔力を抑えて、大人しく無邪気な仔犬のふりをしておくのよ」



「アンッ!」



 ヒサコの呼びかけに、黒毛の仔犬が威勢よく答えた。


 姿こそ可愛らしい仔犬をしているが、その正体は悪霊黒犬ブラックドッグという怪物であった。実体と幽体を切り替えることができる厄介な存在であり、暗黒の魔力を操る力も備えている。全力で戦えば、完全武装の兵士千人を超える戦力にもなるのだ。


 ただし、ヒサコが黒犬つくもんに対して【隠形】の訓練を徹底的に施しており、普段は本当にただの犬にしか見えないほどに完璧な擬態をできるようになっていた。


 余程の疑り深い者がしっかりと調べないと、まずバレないであろうという自信はあった。


 そうこうしている内に、一行の乗る馬車は町の入口に到着した。

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