6-55 茶葉を求めて! 墓荒らしも厭いません!

 ガタゴトと揺れながら進む馬車の中、見送る人々の姿が見えなくなると、ヒサコは早速演技を止めた。ゴロリとそのまま床に寝転がり、大きなあくびをした。



「人がいなくなった途端、だらけ過ぎよ。公爵家の御令嬢にして聖女、初見の人なら、絶対信じてくれないわよ、その姿じゃ」



 ちらりと馬車の中身を見るなり、テアがぼやいた。


 一応、立場としては、令嬢のお側付きということになっているが、とてもではないがあのだらけ切った姿では、こちらも演技をする気になれなかった。


 無論、そんなぼやきを無視して、ヒサコはさらにもう一発、あくびをした。



「あぁ~、楽しみだな、ネヴァ評議国。色々見て回りたいし、何より“茶の木”よ! ようやくお茶が手に入るってもんよ」



「手に入るかどうかは、相手の出方次第でしょ。アスプリクの話じゃ、エルフの里にあるそうだけど、墓標に使っているってことなんだし、すんなり手に入るとは思えないわ」



「なら、奪うだけよ~♪」



「ああ、いきなりの墓荒らし宣言……!」



 テアとしては泣きたい気分であった。何の因果で、よその国にまでわざわざ出向き、挙げ句に墓荒らしまで敢行するのか、理解の及ぶところではなかった。


 無論、茶が飲みたいという我欲の発露である可能性が高いが、魔王を倒すための必殺兵器だとも述べており、判断に苦しむ状況であった。


 茶が必殺兵器など無茶苦茶であったが、目の前の“共犯者”はふざけているように見えて、仕事はきっちりこなしている抜け目のなさも持ち合わせていた。


 現に、先日の黒衣の司祭カシン=コジの来訪の際には、“ピロートーク”と銘打ったバカバカしい会話を繰り広げたかと思ったら、隙を突いて相手を捕縛。そのまま焼き殺してしまったという騙し討ちをやってのけたのだ。



「なんと言うかさ、こう。立つ鳥後を濁しまくり、って言う感じ?」



「許容範囲よ。ちょっと食事して、お腹が膨れたら席を立って去っていった、くらいな」



「ちょっと……? 貪っているようにしか見えないけど!?」



「それは、あなたの見る目が悪いだけよ。健康には程々の食事、節制を心掛けないとね」



「強欲なあなたから、節制なんて言葉が口から飛び出したことに驚きだわ」



「いや~、そんなに褒めないでよ。あたし、内気で照れ屋で引っ込み思案なんだから」



 嘘もここまで来ると清々しさすら感じるなと、テアは慣れきってしまった自分を悔いた。


 何より悔いたのは、目の前の存在をパートナーに選んでしまったことであった。



「それよりもさ、今更なんだけど、国から離れて大丈夫かな? カシンとか言う黒衣の司祭が堂々と現れたってことは、いよいよ魔王が活動を開始する気配もありそうだけど」



「魔王は復活している。でも、力はまだ弱いと思う」



「その根拠は?」



「あなたが一切関知できていないということ」



 この発言はテアも一理あった。


 魔王は基本的に潜んでいる。時期が来たら、監督官である上位存在が魔王の魂を世界に下ろし、誰かに取りつかせる。


 そして、【魔王カウンター】によって魔王に選ばれる器を先んじて探すのがセオリーである。


 また、降りたばかりの魔王も本来の実力を発揮するための経験を積まねばならず、降臨直後であればそこまで強くはないのだ。


 もし、力が充実している状態の魔王であれば、鍛え上げた英雄四人が束になっても勝ち目は薄く、積極的に仕掛けてくる可能性は高い。


 魔王の魔力を未だに感じないのは、その点からも不自然であり、降りてきてない、もしくは力が弱いかのいずれかであろうと推察できた。



「でもそれだと、カシンの言葉が引っかかるのよね。私達以外の三組を倒したみたいに言っているし。ブラフかな?」



「情報戦であるならば、そうした偽情報を掴ませるのは常套手段。でも、この期に及んで連絡がないと言うのもまた事実。あたしも、もう三組がこの世界にいないような気がするのよね」



「何かしらの理由で逃げた、ってこと? まあ、世界規模で異変が生じてしまった場合に、緊急脱出用の転移術式は使えるようにはなっているけど、あくまで上位存在が避難しろって指示があるはずよ」



「許可なく使った場合は?」



「もちろん、試験放棄と見なされて、問答無用で失格よ」



 だからこそ、テアはバグっているかもしれないこの世界からの脱出をしないでいた。狂っているように見えて、実は引っかけでした、などという性格の悪い試験管だった場合も考えられたからだ。


 指示がない以上は続行。これがテアの結論であり、例外だらけのこの世界の状況も、不審に思いつつもまた受け入れていた。



「まあ、どのみち、戦闘要員がいない状態で魔王と戦おうなんて考えるのは、バカか天才しかいないんだしさ。気を抜いて、茶でも飲みに行きましょうよ」



「気楽に言うけどさ。結果が出なかった組は、見習い神は追試、呼び出した魂は今度こそあの世行きよ。それでもいいの?」



「別に構わないわよ。人生の延長戦を、さらに醜く生き永らえるのは美しくないからね。それはそれでよし、ってところかしら。ほら、立つ鳥跡を濁さずってね」



「おい、こら」



 濁しまくってこの物言いである。


 テアは再びため息を吐き、前方を眺めると、小さな川が見えてきた。橋もかかっており、その向こう側には広大な森と、巨大な山が徐々にだが近付いてきていた。



「あれがそうかしらね。カンバー王国とネヴァ評議国の国境の川は」



 テアの言葉を聞き、横になっていたヒサコは起き上がると、幌から顔を出してそれを確認した。



「ふむ。ここまでくれば、さすがに大丈夫か。黒犬つくもん、こっちに来て」



 ヒサコが指示を飛ばしてしばらくすると、一匹の仔犬が馬車の中に飛び込んできた。全身黒毛の可愛らしい仔犬で、ヒサコはそれを抱きかかえた。



「はい、お久しぶり、黒犬つくもん。しばらく相手できなかったけど、元気してた?」



「アンッ!」



 威勢よく吠え、尻尾をブンブン振り回す姿は実に愛らしい。


 なお、この姿は擬態であり、本来の姿は軍馬よりもさらに巨大な黒い犬であった。その牙や巨体ですでに千を超す被害が出ており、アーソの地では目の敵にされてきた。


 ヒサコの従僕ペットとはいえ、さすがに人目に出すわけにはいかなかったため、しばらくは森の中で待機してもらっていたのだ。



「さて、これから乗り出す新天地、一人と、一柱と、一匹の旅路。どうなるかしらね」



「どうせろくなことにならない」



「アンッ! アンッ!」



 ヒサコと黒犬つくもんは期待に胸膨らませながら、テアはどうか穏便に終わりますようにと願いながら、いよいよ国境の橋を通過した。


 それぞれの思惑を胸に、新天地へと踏み込んでいった。


 魔王復活の不穏な影を残しつつも、今は茶の事だけ考えていたい。そして、あらゆる手段を用いてでも手に入れる。


 そう、ヒサコは固く決意するのであった。


 ただただ“茶が飲みたい”、それだけを求めて。



        【第6章『黒衣の司祭』・完】

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