悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
6-54 いざ新天地へ! 立つ鳥跡を濁さず!(自己評価)
6-54 いざ新天地へ! 立つ鳥跡を濁さず!(自己評価)
アーソ辺境伯の城の前には、万に達しようかという大きな人だかりが出来ていた。
がやがやとざわついていたが、その視線は一人の人物に注がれていた。
「それでは、行ってきますね」
人々に軽く手を振ると、大地が揺れ動くほどの歓声が沸き起こった。なにしろ、目の前にいる人物こそ、今回のアーソで起こった事件解決の立役者にして、その功績を以て“聖人”に押されようとしている、シガラ公爵家の令嬢ヒサコであるからだ。
「大丈夫だとは思うが、無理はせんようにな。早く帰ってくるのだぞ」
そう言って見送るのは、ヒサコの兄であるヒーサであった。
立場上、ヒサコはヒーサの妻であるティースへの無礼の廉で、一時的な追放処分となっていた。エルフの里にある薬を持ち帰るのが追放を解く条件になっており、これからそこへと赴くことになっていた。
本来であるならばとっくに国境を越えて、妖精族の多く住まうネヴァ評議国に入境しているはずなのだが、騒動に巻き込まれてしまい、それが遅れに遅れていたためだ。
もっとも、ケイカ村での騒動の際に、現役司祭への暴行事件を引き起こしていたが、アーソでの一件で帳消しどころか、大幅な名声を得ることとなった。
なにしろ、半殺しにした司祭リーベこそ、ケイカ村、アーソ辺境伯領、双方の事件を裏で操り、王国を損なおうとしていた“事実”が発覚したためだ。
そのため、ヒサコこそ、それを真っ先に見抜いていたと人々から見らえ、その洞察力と行動力が人々から称賛されることとなった。
「ヒサコ、くれぐれも無理はしないように。それと早く帰ってくるのだぞ。叙任式に当人不在では、いくらなんでも格好がつかん」
「はい、心得ております、宰相閣下。私がお戻りになる前に、もう一人御子を儲けられるようにお祈り申し上げますわ」
ヒサコのこの返しに、宰相たるジェイクは苦笑いをして、周囲も思わず笑ってしまった。
そして、同時にそれはこのアーソの未来そのものを決することでもあるのだ。
ヒサコが振り向いて見上げる先には城壁があり、その上には手を振る男がいた。“元”アーソ辺境伯カインである。
今回の騒動において、裏で状況を操られていたとは言え謀反を起こしてしまったために、引責辞任という形で辺境伯の称号を王国に返上することとなった。
現在、このアーソの地の相続人はジェイクの妻でカインの娘であるクレミアに属しているが、次期王妃が辺境区に赴くわけにもいかず、代官を派遣することがほぼ決まっていた。
その代官職にジェイクは当初、弟のサーディクを宛がうつもりでいた。軍才に優れ、前線での働きも長く、ジルゴ帝国との国境を接する緊要地を任せるのには最適かと考えたからだ。
「ブルザー殿はお見送りしないとのことです。何かと、思うところがあるのでしょう」
ヒサコの送迎に先立って、サーディクはこうジェイクに告げていた。
セティ公爵ブルザーは今回の騒動における被害が、一番大きな人物の一人と言えた。自軍はアーソ辺境伯軍の奇襲攻撃と
さらに深刻なのは、実弟リーベが今回の騒動の黒幕として断罪され、セティ公爵家の名声が地に落ちたことだ。
“武”の公爵がその拠り所を傷物にされ、さらに身内から謀反人を出すという失態。とてものこのこ見送りなどに顔を出せるわけがなかった。
また、謀反人とは言え、弟を殺したのはヒーサ・ヒサコ兄妹であり、それもまた複雑な感情をブルザーに抱かせていた。
サーディクもそれに連座する形で、今は目立たぬよう行動せざるを得なかった。サーディクの妻はセティ公爵家の出であり、これもまた周囲の目が気になる立場となった。
実際、サーディクはブルザーの代理的な立場として見送りには来たものの、周囲にブルザーの立場を最大限擁護した後は、隅の方に控えて大人しくしている有様だ。
謀反人の身内、という点が大きくのしかかり、サーディクへのアーソ赴任は立ち消えとなった。
代わりに白羽の矢が立ったのは、ジェイクの兄アイクであったが、こちらは芸術以外の事には興味がない男で、緊要地の代官など務まらないと誰しもが考えていた。
そこでヒサコにお鉢が回って来たのだ。アイクとの婚約を進めているところであり、それが叶えば、王家の一員としてこの地を任せるという話が、現在の状況であった。
相続人の代理の代理、というかなりあやふやな立場ではあるものの、ヒサコはその才覚を周囲に認められており、ジェイクもまたそれを鑑みて、この地を任せることにしたのだ。
「宰相閣下、この地の未来はあなた様に委ねられ、そして、その御子が継がれていくのです。未来を紡ぐ大事なお役目、どうか疎かになさいませぬよう」
「留意しよう」
ヒサコがアーソの地を預かるのは、あくまで一時的な事。最終的な継承は、ジェイクとクレミアとの間に生まれるであろう子供であり、それをさっさと作れとヒサコは促しているのだ。
同時に、ジェイクはそれ以外にもやらねばならない仕事が山積みであることを理解しており、気が重くなるのであった。
アーソの統治はヒサコ不在時にはすでに手を打ってあるが、秘密裏に謀反の引き金になった術者の隠れ里をシガラ公爵領に移したり、あるいは口やかましく言ってくるであろう『
この点では、ヒーサも全面的に協力してくれることにはなっており、その点だけでもジェイクにとっては救いであった。
そして、ジェイクにとって“個人的に”重要なのは、ヒサコと妹アスプリク、この両名を“聖人”に認定するために、教団側と早期に交渉を成立させることだ。
「気を付けてね、ヒサコ。お土産はなにか美味しそうな物をよろしく」
「ええ、任せておいてね」
二人が別れを惜しむように抱き合う姿は、ジェイクにより一層の決意を促すのであった。
この二人の聖人認定は最重要課題と言ってもよかった。二人揃って“庶子”であり、これは実社会においてかなり立場を弱める足かせになっていた。
第一王子との婚約を考えると、ヒサコの庶子と言う立ち位置は邪魔にしかならず、間違いなく反対の声が上がることは明白であった。
その反対を消すための、“聖女ヒサコ”という看板が必要であり、今後の国内安定化とアーソの地の統治には必須と言える案件であった。
また、アスプリクも実力で大神官と言う地位を得ていたが、結局のところ体のいい使い走りであり、戦場や悪霊のいる霊地に赴いては、十三歳という若さを無視して使い潰されようとしていた。
もし、“聖女アスプリク”と称えられるようになれば、今ほど無茶ぶりな運用をされることはなくなるであろうし、妹との関係修復にも役立つとジェイクは考えていた。
しかし、そんな兄の気持ちを知ってか知らずか、抱き合う二人は不埒な考えを抱いていた。
「アスプリク、しばらくは会えなくなるけど、元気にしているのよ。今回の件は色々と骨を折ってもらったけど、これでまた自由と勝利に一歩近づけたわね」
「えへへ~。そうだね。何もかも全部ぶっ壊して、僕は自由になるんだ」
「その後の乗っ取った王国の舵取りは任せてね。あなたにとってもいい国を作るから」
「約束だよ~。“
「ええ、その通り。姿形はコロコロ変わっても、約束はしっかりと守るわ」
そう、現在、スキル【性転換】によって姿を変え、【投影】によって分身体を作り出し、どちらも存在していることを見せ付けていた。
そして、今はヒサコが本体であり、見送るヒーサが分身体となっていた。
なにしろ、これから越境して妖精族との交渉などの様々なやり取りを行う必要があるため、分身体では臨機応変に対処しずらい場面も考えられるため、本体で出向くことにしているのだ。
なにより、居残るヒーサはこれから数々の交渉を行うことになっているが、すでに種は仕込んだ後なので、大きく逸脱する予定もなく、戦闘はまず発生しないであろうから、分身体を国元に単独で残していても安全と判断した。
「ま、名残惜しいけど、そろそろ出発するわ」
「うん。早く帰って来てね!」
もう一度ヒサコはアスプリクを抱き締め、皆が見守る中、荷馬車へと乗り込んだ。
そして、御者台に座していたテアが馬に鞭を入れると、ゆっくりと前へと進みだした。
ヒサコは荷台の後ろから乗り出す様に手を振り、これまた手を振りながら見送る人々の姿が見えなくなるまで振り続けた。
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