6-53 用意せよ! 対魔王用の必殺兵器!

 黒衣の司祭カシン=コジを退けた。


 と言っても、使い魔の鼠を蒸し焼きにしただけではあるが、色々と重要な情報を得る事も出来たので、戦果としては上々であった。



「ご苦労だった、アスプリク。先程の炎の不意討ちといい、よくこちらの動きに合わせてくれた」



「うん。なんとなく仕掛けるなこれは、と思ったんで、炎で相手の視界を奪うように動いたんだけど、上手くいってよかったよ」



「ヒサコが動く一瞬の注意逸らしが必要だったからな。あれで十分だったぞ」



 ヒーサはアスプリクの頭を撫でてやると、年相応の愛らしい笑顔を浮かべ、アスプリクはそのままヒーサに抱き付いた。


 なお、完全に置いてけぼりを食らったテアは、そっとひっくり返ったままの鍋を持ち上げてみると、そこには確かに干からびたネズミの死体が転がっていた。



「うわ、本当にネズミを使い魔にしてたんだ」



「ネズミは小さい上に動きが俊敏で、しかも人がいる場所にならどこにでも現れる。怪しまれにくいから、屋内の探査目的なら最も優れた使い魔とも言えよう」



「でも、使い魔じゃ、相手を倒したとは言えないか」



「無論だ。多少ダメージは与えれただろうが、すぐに復活する。急いで対魔王用の必殺の道具を揃えねばならん」



 抱きついているアスプリクを撫でながら、シレッと言ってのけたヒーサであったが、テアは驚いて目を見開いた。



「あ、あるの!? 魔王に対抗する手段が!?」



「当たり前だ。私を誰だと思っている?」



 そう、目の前の男は戦国の梟雄“松永久秀”だ。転んでもタダでは起きない、智謀の主だ。


 今もそうであったように、無軌道に見えて、その実、計算し尽くされた行動に出る。騙して、ハメて、相手を嘲笑う、稀代の策略家なのだ。



「で、なにを……、なにを用意すればいいの!?」



「うむ。まずは茶葉を用意する」



「……ん?」



 説明は端から暗雲が立ち込めてきた。



「次に茶入を用意する。『九十九髪茄子茶入つくもかみなすちゃいれ』に比する物を用意せねばな」



「おい」



「風炉と釜だが、これは『不捨礼子すてんれい』を用いようと思う。できることなら、やはり『古天明平蜘蛛茶釜こてんめいひらぐもちゃがま』を用意したいのだが、どっかの誰かが不埒な真似をしてくれたから、仕方あるまいな」



「待て、こら」



「茶碗も当然いるな。アイク殿下が手掛けてくれている一品がどれほどの物になるか、今から楽しみだ。できれば、『宋胡禄すんころく』や『馬蝗袢ばこうはん』のような大名物を作って欲しいが、はてさてどうなることやら」



「こらこらこら」



台子だいすも用意せねばな。これは漆塗りの良い物を作らせるとしよう」



「ねえ、ちょっと」



柄杓ひしゃくや盆もいるな。茶筅ちゃせん香合こうごう、腕のいい木工職人を揃えねばならん。忙しくなるぞ、これは」



「聞いて、人の話」



「お前は人じゃないだろう? あ、水指みずさし。あれを忘れてはいかんな」



「聞けぇぇぇい!」



 いい加減、話を聞かずにどんどんあらぬ方向に突っ走る相方に、テアはツッコミを入れた。美女にあるまじき形相で睨み付け、叫び、襟首を掴んだ。



「さっきから聞いてれば、『お茶飲みたい』にしか聞こえないんですけど!?」



「その通りだが、何か問題でも?」



「大アリよ! 対魔王用の必殺兵器はどこよ!?」



「無論、茶事のことよ。一客一亭にて、魔王に数奇の力を見せ付け、説き伏せる」



 あまりにも予想外の回答に、テアは脱力して前のめりに倒れてしまった。


 結果、ヒーサにもたれかかる格好となり、顔をそれに埋めることとなった。



「ねえ、本気で真面目に考えて。マジで危ういんだけど、今の状況」



「本気で考えた結果だぞ? 戯れに聞いてみるが、戦闘要員三組をこちらに気付かれることなく、連絡をよこす暇も与えず、瞬殺できるような相手に対して、我ら二人で倒せる確率は?」



「皆無。仮に、アスプリクやマークみたいな腕のいい術士とか、あるいは黒犬つくもんを加えたとしても、やっぱり無理」



「正確な情報分析、痛み入る。つまり、何をやっても無駄だということだ。ならば、答えは一つ」



 ヒーサはテアの肩を掴み、もたれていた上体を起こした。


 そして、ニヤリと笑った。



「何をやってもダメならば、茶でも飲んで気分を入れ替えよう。そして、ただ最後の時を待つだけだ」



「結局それ!? つ~か、それって、あなたの前世の散り際じゃん!」



「水指の水が空っぽで、結局は飲めなかったがな。今回は抜かりなく水は用意しておくぞ」



「そういう問題じゃなくって!」



 再び始まった二人の夫婦漫才に、アスプリクは興味深そうに眺めていた。


 テアが焦っているのは見ていて丸分かりなのだが、ヒーサからは焦りの色が一切見えない。


 だからと言って、諦めているかというとそうでもない。諦めている人間が浮かべる笑顔とは、もっと穏やかな、あるいは儚げな笑みを浮かべるものであった。


 だが、ヒーサは違う。ギラギラしたやる気と野心をたぎらせたそれであり、口では冗談かおふざけとしか思えないが、それでもアスプリクは感じ取った。



(ヒーサは本気で魔王を倒すつもりだ! たとえ、援軍もなく、単独であろうとも、魔王すらハメるつもりだ!)



 そう考えると、アスプリクもまたなんだか言い表しにくい、高揚感のようなものが湧いてきた。


 やっぱりこの人についてきて良かった。もっと楽しいものが見られるのだろう。ならば、自分も頑張らねばと考え、英雄らしからぬ英雄の戦いぶりに期待を膨らませるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る