6-50 息ピッタリ!? 闇に囲まれし女神様!

「やっと出てきたか、“本物”よ」



 リーベのような着せ替え人形ではなく、いよいよ“本物”が出てきたのだ。


 闇の神を奉じ、魔王復活を目論む邪教の信奉者がである。


 アスプリクとヒーサの言葉を聞き、テアはハッとなった。アスプリクが二年前の出来事を思い出し、ヒーサが“本物”とのたまう、黒い法衣に身を包む相手など、一人しか思い浮かばなかった。



「じゃ、じゃあ、仕立て上げた偽物じゃなくて、本物の黒衣の司祭!?」



「いかにも。火の大神官以外は初めましてになりますかな。どうぞお見知りおきを」



 黒衣の司祭は恭しく頭を下げた。慇懃無礼、などという感じはなく、四名に対して本当に丁寧な挨拶をしているように全員は感じた。


 そして、ゆっくりと顔を上げるが、その表情は読み取ることはできない。顔もまた純な黒色の頭巾と面で覆われており、その容姿を見ることすらできないからだ。


 しかも、声も非常に中性的な声色で、男女の判別すらできなかった。



「いやはや、それにしても驚きましたよ。よもや、こちらの偽物を用意して、盤面を滅茶苦茶にしてしまわれるとは。悪霊黒犬ブラックドッグの“支配権”を奪ったことと言い、実に興味深い」



「…………! じゃあ、ケイカ村での一件もあなたの!?」



「そうですよ、異世界からの来訪者よ」



 その一言はテアを驚愕させるのに十分であった。それと分からぬよう、特殊な人形に精神を載せて擬態していると言うのに、すんなりと見破られたからだ。



(いや、待って。アスプリクの時もそうだったけど、この世界の前の状態の情報が残っている。その情報の残滓が面倒な方向に作用しているのかしら)



 アスプリクもかつて四人の英雄が魔王を倒したことを知っており、そのときもテアは驚いた。


 今いるこの異世界『カメリア』は見習い神の試験場であり、神候補が英雄を一人選別してこの地に降り立ち、魔王を探し出して討伐するという試験を行ってきた。


 その間、何度も何度も世界を作り変え、情報の刷新が行われてきたが、“消し忘れ”が存在し、それがこの世界の住人に記憶として残っている。そうテアは予想していた。



(にしては、アスプリク以上に具体的に知っている風に感じるし、より深みに入って情報を得たって事かしら?)



 判断するにはまだ材料が少なすぎたが、とにかく警戒すべき相手であることは間違いなかった。


 なにより、試験監督である“上位存在”がこの期に及んでも何の連絡も寄こさないと言うことは、やはり“続行”という事なのだろうと判断。テアは軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、改めて相手を観察した。



(全身黒一色の法衣に、見えている首飾りには六芒星の聖印ホーリーシンボル。間違いなく魔王復活を目論む『六星派シクスス』ね。魔力量は大したものだし、おそらくはアスプリクと互角にやり合えるくらいには強い。おまけに黒犬つくもんの元々の飼い主だって言ってるし、まだ隠し玉があるってことかしらね)



 表面から汲み取れる情報としてはこの程度だが、魔王側に与していることが確定しているだけでも警戒に能う存在ということは確かであった。



「おい、テアよ、今すぐこいつに【魔王カウンター】を使え」



 ヒーサのこの言葉でテアの考察は中断させられた。


 そして、その言葉は実行不可能でもあった。



「だから、使用回数残ってないって言ったじゃん!」



「はぁ~、使えん奴だな~」



「胸に栄養やり過ぎて、頭の方が疎かになってるね」



「この無能っぷりには、こちらもびっくり」



「こら、待てや!」



 妙に息ピッタリの三人に、テアは抗議の声を上げた。だが、三人は笑っているのか、憐れんでいるのか、判断が難しい表情をテアに向けるだけであった。



「いやほら、私は光属性に擬態している闇属性だし」



「僕は火属性が得意だけと、闇属性も割といける口だよ」



「そもそも、こちらは純度百パーセントの闇属性ですぞ」



「おおう……」



 テアは今更ながら自分の周りが、闇属性の者達で固められていることに気付かされた。


 今は動いていないが、ヒサコも属性分けをするのであれば、間違いなく闇属性に該当するだろう。


 つまり、魔王に与しやすい闇属性が、女神の周りに集結しており、むしろ自分の方が浮いた存在だと気付かされた。


 息ピッタリなのも納得であった。



「でも、こうして出てきたのが運の尽きよ! ヒーサ、アスプリク、こいつを倒しちゃって!」



「断る」



「ヤダ!」



 取り付く島もない、明確な拒否であった。ビシッと指をさして決めポーズを取っているテアは、気恥ずかしさから顔を赤らめた。



「なんで拒否するの!?」



「現段階で戦う理由がないからだ」



「僕に命令できるのはヒーサだけだよ。ヒーサが動かないなら、僕も動かない」



 アスプリクの性格からして動かない理由は納得できたが、ヒーサの方は納得しかねた。なにしろ、魔王の探査、討伐のために呼び出された英雄にあるまじき行動だからだ。



「なんで戦う理由がないのよ!? どうみてもこいつが魔王、もしくは魔王の腹心でしょうが!?」



「魔王かどうかの判別ができるのは、【魔王カウンター】のみであって、それをこいつに使えない以上は判別できん。誰かさんの無駄撃ちのせいだな」



「はい、すいません。ほんっっっとに、すいません」



 この件に関しては、テアの大ポカであった。


 一度の降臨に三回しか使えない【魔王カウンター】。隠れ潜む魔王の因子を探り出す貴重な道具なのだが、それをヒーサに使い、無駄撃ちしてしまったのだ。


 それさえなければ、目の前の怪しい奴を調べられるのにというヒーサからの嫌味であったが、これに抗する弁をテアは持ち合わせていなかった。

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