6-49 秘密の訪問! 黒き衣のその中身は!?

 会議の終了と同時にそれぞれの陣地に戻り、機関の準備に取りかかった。


 セティ公爵ブルザーは完全にのけ者にされた格好となり、随分と憤激する姿が見られたが、これをジェイクが制した。



「本当の意味での裏切り者、謀反人を出した家の言葉など、誰が聞こうと言うのかね。しばらく大人しくしているがいい」



 こうも断言されては、ブルザーもさすがに押し黙るしかなかった。


 黒衣の司祭リーベ、これが徹底的にセティ公爵家の名を貶め、今まで培ってきた家門の名声を失墜させてしまったのだ。


 しかも“武”の公爵としての一面も、アーソ辺境伯軍の攻撃に加え、今回の悪霊黒犬ブラックドッグの襲撃により無視できない損害を出しており、最大の強みすら傷物にされてしまった。


 これらを取り戻すのには相当な時間や手間を要するであろうとヒーサは判断し、上手く事が運んだと笑いを堪えるのに必死であった。


 そのヒーサ率いるシガラ公爵軍の本営天幕には、会議を終えて戻って来た顔触れが揃っていた。


 すなわち、ヒーサ、ヒサコ、テア、アスプリクの四名だ。



「さて、上手くいったな」



「この外道が……」



 四名による再度の会合は、ヒーサとテアによるいつものやり取りから始まった。



「まったく……。手の込んだ策を実行し、あの大立ち回りを演じたかと思ったら、さっきの会議でのあの偽善っぷり。吐き気を堪えるのに苦労したわよ!」



「うむ、よくぞ耐えてくれた。偉いぞ、あとで伽役を命じてやろう」



「怒るわよ!」



 テアの拳が机に振り下ろされ、なかなか盛大な音がなったが、ヒーサとアスプリクは笑うだけであった。なお、ヒサコは分身体であるため、ヒーサが操作しない限りは動かないので、無反応であった。



「しかし、ヒーサ、孤児院まで用意していたとは知らなかったよ。てっきり、新事業の投資や工房施設の増設で手一杯かと思ったよ」



「“財”の公爵の実力をなめるなよ。ああ、ちなみに、設備は全部、私が設計したからな」



「そこまでやってたの!? ほんと、ヒーサは多才だね!」



 アスプリクは素直に感心し、無邪気に拍手を送った。



(そうだった。こいつには、自前の初期スキルで【暗殺の極意】と【築城名人】を持っているんだったわ。建築系の技能があるから、それこそ資金、資材と人手があれば、いくらでも建てれるってことか)



 相変わらず、魔王討伐そっちのけで無茶苦茶なことをやっているなと、テアはため息を吐いた。



「それで、孤児院はどういった感じにするんだい?」



「ごく普通に経営するさ。捨て子やら孤児やら、そう言った親のない子供を集め、養育し、一人前になったら職を与え、働いてもらうって感じになるかな。なにしろ、これからますます公爵領は発展していくのだし、技術や知識を持った者はいくらでもいる。公爵家直轄の工房や施設の働き手として頑張ってもらうさ」



「そして、その中に術士の適性がある者がいた場合は、そちらの手解きもする、と」



「それについては、アスプリクとライタンに任せる」



「もちろん任されるよ。期待してくれていいからね」



 アスプリクとしては、教団幹部への意趣返しという意味合いが強い。なにしろ、自分が教団に入れられたのも術士の適性があったからに他ならず、そのおかげで散々苦渋を嘗めさせられてきたのだ。


 その独占的特権を崩してこそ、鼻持ちならない老人達に報復できるというものだと、アスプリクは考えていた。


 そして、ヒーサはその道筋を指し示しており、ゆえにヒーサに協力しているのだ。


 もちろん、その中には復讐心のみならず、ヒーサへの思慕も含まれてはいるが。



「ククク……、まあ、見ているがいい。今回のアーソでの騒動の結果、シガラ公爵家の名声は天井知らずに高まっている。異端派の司祭を倒し、謀反を起こした領主を“ほぼ”無血開城させ、宰相閣下もこちらを頼りきりと来た。教団側も、セティ公爵も、こちらの伸張を指を咥えて見ているしかできまい。下手に突けば、リーベの一件で責任問題を突きつけられるからな」



「そこから、僕とヒサコの聖人認定か。ほんと、ヒーサ、君は凄いよ。本物の策士は一手に二つも三つも成果を得るって聞いてるけど、君がまさにそれだね!」



「王女殿下からのお褒めの言葉、痛み入りますな」



「ヘヘッ、僕も正式に王女か」



 アスプリクは少し顔を赤らめながら、気恥ずかしそうに、それでいて満足そうに頷いた。



「おや? 意外だな。王女の肩書は嫌っていそうな感じがしたのだが」



「うん、今でも嫌っているよ。でもさ、今まで僕のことを散々煙たがっていた連中がさ、どういった反応を見せてくれるのか、それが少しばかり楽しみだね」



「なるほど。まあ、引きつった笑顔のまま、頭を下げるんじゃないかな?」



「ハハッ! そりゃ傑作!」



 その光景を想像し、アスプリクは愉快に拍手をした。


 しかし、そんな和やかな談笑の場が突如変化した。ヒーサが目の前にあった杯を掴むと、いきなりそれを誰もいない方向へと投げつけたのだ。


 何事かと思い、テアもアスプリクもそちらを振り向いたが、やはり誰もいなかった。


 だが、ヒーサは鋭い視線を向けており、ただならぬ雰囲気を放っていた。



「こそこそ隠れてないで、姿を現わしたらどうだ?」



 すでにヒーサの手は剣の柄に置かれており、いつでも抜き放てるように構えていた。


 テアもアスプリクも最初はよく分からなかったが、目ではなく感覚で気配を追うと、ヒーサが投げた杯の方に何かの反応を感じ取り、警戒の色が増した。



「ほほう、やるではないか。【隠形】を用いて近付いたというのに、こうもすんなり見つけてくるとは」



 物陰がにょきりと黒い柱が立ち上がり、それがすぐに人の形を成していった。


 そして、現れたそれは、黒い法衣をまとった聖職者の装いであり、その姿はどこかしら見覚えのある姿であった。



「……君は確か、二年前の」



 アスプリクは記憶の中から、“それ”を引っ張り出してきた。


 忘れもしない二年前。カインと同じく屈辱を受けたあの日の姿のままだ。



「黒衣の司祭……!」



「そうだ。久しいな、火の大神官よ」



 黒衣の司祭は懐かしの再開にニヤリと笑った。


 そして、ヒーサもまた反応を示した。



「やっと出てきたか、“本物”よ」



 リーベのような着せ替え人形ではなく、いよいよ“本物”が出てきたのだ。


 闇の神を奉じ、魔王復活を目論む邪教の信奉者がである。

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