6-48 会議終了! 根回しと誠意は任せておけ!

 カインの好感度を稼ぎまくったヒーサは、次なる一手を打った。



「そうだ、サームよ、物のついでだ。しばらく、アーソの地に留まり、ここを統治してくれ」



 いきなりのヒーサの発言に当然ながら全員が驚いた。


 命を下されたサームも同様であり、その顔には明らかに焦りの色があった。



「ヒーサ様、そのようなこと、“ついで”で頼むようなことではありませんぞ!?」



「まあ、そう言うな。カウラ伯爵領のように本領との隣接地であれば面倒も見れるが、アーソ辺境伯領は飛び地になるから、さすがに誰か信頼のおける者を派遣しなくてはならない。しかも、ジルゴ帝国との国境に位置しているし、軍才に長けた者が望ましい。つまり、条件を満たしているのは、お前しかいないと言うことだ」



 口調こそ穏やかだが、他に選択肢がないときつく命じているのは間違いなかった。


 サームとしても突然の代官職に驚きはしたが、主君の命とあれば受けざるを得ず、恭しく頭を下げるしかなかった。


 それに満足したヒーサは、次にジェイクに視線を移した。



「宰相閣下、アーソに関する諸案が決するまで、このサームに代理を任せようかと考えております。教団への交渉や、貴族への根回しなどやる事が多く、多少の時間を要するでしょうが、やはり統治に空白が生まれるのはよくありません。そこで、カイン殿は“形式的”に城内で謹慎していることにしておきまして、そのまま領内の統治を行い、何かしらの事情で軍を動かさねばならない時は、サームに動いてもらう、くらいにしておこうかと」



「なるほど。悪く無い案だ。兄上やヒサコに引き継ぐにしても、まだ時間はかかるだろうからな」



 ジェイクはヒーサの提案の了承し、頷いて応じた。


 これに対して、カインもまた快諾した。



「では、アイク殿下にお引き渡しするまでは、謹慎を装いつつこの地を治めさせていただきます。サーム殿、よろしくお願いいたします」



「こちらこそ、武骨な武官ではありますが、なにとぞ良しなに」



 カインとサームは握手を交わし、それをもって一時的な共同統治者となることを互いに了承した。



「それで、ヒサコはどうするつもりだ? このままこの地に留まり、統治の予行演習でもしておくか?」



 ジェイクの問いかけに皆の視線がヒサコに集まり、その答えを待った。そして、ヒサコは首を横に振った。



「いえ、宰相閣下、あたしは予定通り、国境を越えてネヴァ評議国に参ります」



「おいおい、ヒサコ。家を出た当時とは状況が大きく変わっているのだぞ。確かに、薬の材料は欲しいが、そこまで拘らなくてもよい」



「お兄様、そうは参りませんわ。あたしはあくまで追放処分を受けた身の上でありますから、目的を達するまで戻れないことになっております」



 現在、ヒサコはヒーサの妻である義姉ティースへの無礼を咎められ、追放処分ということになっていた。これを解くために、エルフの里に赴いて“茶の木”を手にし、以て罪と手柄を相殺することになっていた。



「なにより、目的も達せずノコノコ家に帰ったら、ティース姉様に何を言われるかわかりませんわ」



「別に私はそこまで困らんのだがな」



「お兄様が困らなくても、あたしが困るのです! 女として、弱味を見せるわけにはいきませんわ」



「あ~、はいはい、分かった分かった。好きにしろ」



 結局、ヒサコに押し切られる形で、“茶の木”を求める旅は続行となった。むしろ、そちらの方がヒーサにとっては本命であり、こうして兄妹の仲の良さを見せ付けつつ、自然な形で国境を越える形を整えたのだ。



「と言うわけで、宰相閣下。誠に勝手ながら、この地の統治は戻ってからになりますので、あと半年ほどの御猶予をお願いしたします」



「フフフ……。ヒサコの行動力は相も変わらずであるな。まあ、どのみち交渉が上手くいったとしても、それくらいの時間を見ておかねばならんしな。教団側の出方によったら、さらに長引く可能性もある。越境を許可しよう」



「ありがとうございます、閣下。これから求める品は、貴重な薬の材料となるもの。皆様方の健康増進ににも繋がりましょう。無論、夫となる御方にとっても」



「そうか、兄上も喜ばれることだろう」



 ジェイクとしても、病弱な兄が少しでも健康になってくれる方が望ましいし、そう言う点においてもヒサコに期待すること大であった。



「あぁ~、つくづく思うな。ヒサコの十分の一でもいいから、兄上に健康と情熱を持ち合わせてくれればとな」



「あら、アイク殿下は情熱的な御方でありますよ」



「芸術に関することだけはな」



 ジェイクの冗談交じりな悩みの吐露に、皆が大笑いした。あるいは、この瞬間こそ長く続いたアーソの地の混乱に終わりを告げるものなのかもしれない。そう思わせるものがあった。



「よし、では取りまとめをしよう。まず、カインは城内にて謹慎とするが、変わらずこの地をサームと共に統治しておいてくれ。私は王都に戻り、教団との交渉に入る。ヒーサも準備が整い次第、王都に来て私の補佐を頼むぞ」



「心得てございます」



 かなり難しい交渉にはなるであろうが、十分に勝機はあるし、なにより“色々と手を回して”手に入れた状況を最大限に活かし、収穫物を手中に収めるためのもう一頑張りだと考えると、自然とやる気が湧いて出てくるというものであった。



「サーム、お前に率いてきた兵の半分を残しておく。好きに使ってくれ。それとカイン殿に対してだが、謀反人ではなく、宰相閣下の令夫人にして次期王妃陛下の御父君であることを念頭に置き、決して礼を失するような真似はしてくれるなよ。また、領民に対しても、慈悲と公正を第一とし、よろしく当たってくれ。よいな?」



「ハッ! 万事抜かりなく!」



 サームとしてもいきなりの大任であったが、主君への信頼に応えるべく、こちらもやる気をみなぎらせて主命を受諾した。


 こうして、それぞれの思惑をある程度調整しながら、アーソ辺境伯領に関することが決した。


 あとはこれを明確な形として実現するために、方々への根回しや交渉が待っていた。特に、教団の失策を糾弾し、交渉を有利に進めていかねばと言う思いをジェイクは抱いていた。


 義実家を救いつつ、国の行く末を案じ、妹との関係修繕をも成す。それらのため

に、更なる精進を心掛けるのであった。


 ただ、その想いもまた、ヒーサの手の内にあるとも知らず。


 そして、梟雄は密かにニヤリと笑うのであった。

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