6-47 一番の曲者! 礼儀を尽くす乱世の梟雄!

 カインの身柄とアーソの今後については、現領主たるカインの了承を得たヒーサは、次に国家の舵取りを行う宰相たるジェイクに視線を向けた。


 当然、ジェイクもヒーサの提案を受ける気でいた。



「ヒーサの提案は見事なものだ。どう上手く着地させようかと悩んでいたが、よもやそのような手段を考え付くとは恐れ入った」



「恐縮です。拙い若造ゆえ、そのように褒められるのは嬉しい限りです。ですが、アスプリクが述べたように、“聖人”の認定はかなり難しいです」



「そうだな。まずはそこが問題だ」



 ヒーサの提案は見事であったが、ジェイクは越えねばならない大きな壁に頭を悩ませた。


 なにしろ、“聖人”と認定されるためには、法王と五名の枢機卿全員の賛成に加え、十五名いる幹部の三分の二以上の賛成を必要とするからだ。


 ヒサコもアスプリクもどちらも“庶子”。そこが大いに問題なのであった。



「そこは結局、宰相閣下の政治力に期待せざるを得ません」



「まあ、そうなるであろうな。だが、いかにあの頭の固い連中を納得させる?」



「やはり、今回の“不始末”を全面的に押し出して、多少強引でも押し通されるのがよいかと」



 今回の“不始末”、すなわち現役司祭であるリーベの異端派寝返りは、教団内に大きな衝撃を与えることだろうとヒーサは見ていた。


 そして、それは教団とリーベの出身であるセティ公爵家の対立となり、責任の擦り付けで大いに揉めるであろうことは目に見えていた。



「ですので、最初は“術士の管理運営”への直接介入で斬り込んでください」



「なるほど。敢えて無理筋な話を捻じ込み、少し下げて“聖人”の認定を承認させると言うわけか」



「いかにも。もちろん、“術士の管理運営”への介入をできるのであればそれに越したことはないでしょうが、さすがに教団も断固反対の立場を取るでしょう。しかし、王家との直接対決は避けたいとも考えるでしょう。なにしろ、私を追い落とすつもりで組んだセティ公爵との密約が、今度は自分達を縛る枷となるため、早く対処せねば自分達の方に“監督責任”が降りかかりますからな」



「最悪、王家とシガラ公爵に加え、セティ公爵までこちらに着く可能性をちらつかせるのか。あちらにとっては望まぬ状況だな」



「はい。そこを突いて、説得されるのがよろしいかと。もちろん、私も裏で“誠意”ある説得を試みますので、表向きの動きは宰相閣下にお任せいたします」



 交渉の席における誠意とは、すなわち“賄賂”のことである。むしろ、“財”の公爵たるシガラ公爵家の真骨頂こそ、その“誠意”の示し方なのだ。



「情けない話ではあるが、あの老人達にはそれが一番効くか」



「はい。表向きは今回の一件で教団側がもたらした“害悪”を閣下が責めていき、裏では私が金貨の入った袋で頬を殴りつけて、目を覚まさせてやりましょう」



「うむ。それが一番の解決策か。ヨハネス枢機卿にも、また骨を折ってもらわねばならんかもな」



 現状、教団の最高幹部の中で協力してくれそうなのは、ヨハネスだけであった。


 アスプリクもその中に含まれているが、自身の“聖人”認定に自分の票を入れるわけにもいかないので、今回は自然と棄権扱いとなるであろう。



「なにより、お考え下さい、閣下。アスプリクは便宜上王女扱いとなっておりますが、それはあくまで方便のようなもの。国王陛下より認知された正式な王族ではありません。ですが、聖女となられた暁には、それも覆りましょう。つまり、閣下にとって正式な妹君となられるのです。その点をどうかご留意くださいますよう、よろしくお願いいたします」



 ヒーサのこの言葉はジェイクに効いた。


 言われてみる通り、アスプリクは父王から実子と認められていない庶子であるため、正確には自分の妹ではない。あくまで血が半分繋がっている他人でしかないのだ。


 だが、聖女となれば、その状況が覆る可能性が高い。聖女をのけ者にできるほど、父王が無思慮とも思えないので、正式の王女となることも十分に考えれた。



「まさに、ヒーサの指摘通りだ。説得には全力を出さねばならんな」



 チラリとジェイクはアスプリクに視線を向けると、偶然にも視線がぶつかった。アスプリクは何か言いたそうに口をもごもごさせたが、結局言い出せないままそっぽを向いてしまった。


 いつもなら、余計なことをしないで、とか言われそうなものであるのに、何も言わなかったということは、少しは軟化しくれたかとジェイクを安堵させた。


 そのとき、会議室の扉が叩かれた。



「何用か!?」



「お話し中に失礼いたします! シガラ公爵軍のサームという方が面会を求めておりますが、いかがいたしましょうか?」



 カインの呼びかけに対して、兵士が扉越しに返答があった。


 自然と会議室にいた者の視線はヒーサに集まった。



「サームは私のところの副将だ。届け物があるので、準備が出来たら届けるように申し付けてあった」



 その説明でカインも納得し、サームを会議室に通す様に兵士に命じた。


 それから程なくして、大きな箱を担いでやって来たサームが会議室に姿を現した。礼儀正しく出席者に拝礼し、それから部屋に入って来た。



「ヒーサ様、お待たせいたしました。例の品をお持ちいたしました」



「ご苦労だった。それをカイン殿にお渡ししろ」



 ヒーサの命を受け、サームはカインの横に持ってきた箱を置き、それを開封した。


 カインがその箱の中身を覗き込むと、そこにはよく磨かれた甲冑一式が入っていた。



「こ、これは……!」



「ヤノシュ殿が身に付けておられた甲冑です」



 ヒーサの説明を受けるまでもなく、カインにはすぐに分かった。多少変形しているとはいえ、息子の甲冑を見間違うほど耄碌してはいなかったのだ。


 震える手で箱の中に手を入れ、その内の兜を両手で掴み取り、それをじっくりと眺めた。



「ああ、間違いない。倅の鎧だ」



「はい。怪物にかぶり付かれ、首だけの姿となり、ご遺体は飲み込まれてしまいました。ですが、甲冑だけはどうにか回収できましたので、汚れを落とし、磨いてお返ししようと、サームに命じておりました」



「おお……。公爵閣下、何から何までの心づくし、痛み入ります」



 カインは兜を抱き締めながら涙を流し、もう一度深々とヒーサに対して頭を下げた。


 ヒーサはそんなカインに対して笑顔で応じた。



「武門には武門のしきたりがあり、礼節があります。礼を尽くし、節度を弁えてこその人でありますから。まかり間違っても、戦場に散った者を足蹴にするような行いはよくない。鳥獣以下のクズですな」



 無論、ヒーサのこの言葉はかつての教団幹部の無礼な振る舞いへの皮肉であった。


 二年前の戦において、カインの次男イルドが戦死した際、その場に居合わせた火の大司祭がイルドの遺体を足蹴にするというとんでもない事を行った。


 それこそ、カインが教団に反発する切っ掛けとなり、アーソの地が反旗を翻す怒りの苗床となった。


 そんな連中とは全然違うぞ、というヒーサの露骨なまでのアピールであったが、カインの心には大いに染み入った。


 最悪を見て経験しただけに、ほんのささやかな礼儀作法にさえ、感じ入ってしまうのだ。


 カインは感謝の意を示し、礼を尽くしてくるヒーサに何度も頭を下げた。


 だが、その頭を下げた人物こそが一番の曲者であることに、ついに気付くことは無かった。

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