6ー46 正気の沙汰か!? 悪役“聖女”ヒサコ爆誕!? (後編)

 ヒサコとアスプリクを“聖人”と認定するように働きかけ、もって庶子の地位向上を図る。


 ヒーサの驚くべき提案に全員が度肝を抜かれた。



「だが、それだけではないぞ。それに先立って、我が公爵領で“孤児院”を増設しているところだ」



「“孤児院”? なんで?」



「庶子が日陰から出てきたとしても、それをしっかりと認知して、実子と親が扱うかどうかは別だ。まあ、これまでのように“殺処分”されるケースは少なくなるであろうが、庶子の扱いが一朝一夕で改善されるとも思えん。そのための受け皿だよ」



 庶子は基本的に忌み嫌われてしまう。特に、相続の問題がある貴族社会においては、正妻との間に子ができなかった場合を除けば、庶子は生まれた際に捨てられるか殺されるかの二択になる場合が多い。


 分割相続などで財産が細分化しすぎるため、血を分けた子供であろうと容赦はない。


 アスプリクの場合は、赤子の段階で桁外れの術の才を持っていたため、そうした境遇を回避することができたのだ。



「そして、庶子の地位向上の最大の利点は、ヒサコとアイク殿下との婚儀だ」



「お兄様!」



 突然の話題変更に、ヒサコが顔を赤らめながらヒーサに抗議した。


 それに対して、ヒーサはニヤリと笑って応じた。



「これは決定事項だから、覆らんぞ。なにより、お前もまんざらではあるまい?」



「そ、それはそうですけど……。ただ、アイク殿下とは色恋よりも、趣味仲間とでも申した方が良いのでしょうか、芸術の感性が惹かれ合っているだけです。夫婦になるとかどうとかは、その……。それに、あたしと殿下とでは、釣り合いが取れません!」



「その通り。だからこその、“聖人”の認定なのだよ」



 ヒーサはヒサコの肩に手をやり、スッとそのまま指でその長い金髪を梳いた。


 普段はその気の強さや飛び抜けた行動力、そして、知略の冴えに目が行ってしまうが、ヒサコは十七歳の乙女であり、美しい娘でもあるのだ。


 頬を赤らめて少し恥じらう姿は、その認識を周囲に呼び起こさせるのに十分だった。


 なお、一連の言動は七十爺の一人芝居であり、それをよく認識する女神テアは吐き気を覚えていたりするが、もちろん無視された。



「私や宰相閣下は乗り気ではあるが、おそらくこのままではお前とアイク殿下との婚儀は成立しない。なぜなら、お前は公爵家の令嬢であっても庶子だ。それを隠棲しているとはいえ、第一王子に嫁ぐなどということを嫌う、保守的な人間はいくらでもいる」



「はい、ですから釣り合わぬと!」



「だが、お前の肩書が“聖女”となると、話は変わる。“聖人”の指定を受け、聖女となったのであれば、その存在を教団側が公式に認めたということ。聖女の婚儀に異議を挟む者はいなくなる。晴れて、アイク殿下と結ばれるわけだ」



 ヒーサの説明は筋が通っており、皆が認めるところであった。


 それゆえにヒサコもまた、一層顔を赤らめた。



「宰相閣下、そうなれば、国王陛下も二人の婚儀をお認めになるでありましょう。第一王子と聖女の肩書を持つ公爵令嬢、これで遜色はなくなります」



「うむ、ヒーサの言う通りだ。父も納得して、兄上とヒサコの結婚をお認めになるだろう」



「はい。その上でアイク殿下にアーソの代官となっていただきます。緊要地を任せるわけですから、通常の代官よりも強力な権限を持たせた上でね」



 ヒーサの提案にジェイクは驚いた。自分も似たようなことを考えており、その方向性に一致を見たからだ。


 ただし、代官として派遣するのは、アイクではなく弟のサーディクではあったが。



「アイク殿下はあの性格ですので、おそらくは難色を示されるでしょう。ですが、その補佐としてヒサコが付いているのであれば話は別。閣下、ヒサコにこの地を任せるのに不安はありましょうか?」



「不安はない。ただ、兄上が引き受けるとも思えん。それに、サーディクの方が軍才も持ち合わせているし、適任だと思うが?」



「閣下らしからぬ浅慮な発言でございますな。領民の心情の事を計算に入れておられぬとは。“黒衣の司祭”リーベの身内を戴くのを、この地の者が認めるとお思いでしょうか?」



 その指摘に、ジェイクはハッとなった。


 サーディクの妻はセティ公爵家の出身であり、リーベはセティ公爵家当主ブルザーの実弟なのだ。


 つまり、本来の継承者であるヤノシュを無残に殺した家の人間が、新たに統治者としてアーソの地にやって来ると取れなくもない。 


 実際、カインの顔は嫌悪感を示していた。


 そう、“自慢の息子を殺した”家の人間にアーソの地を任せるなど、絶対にあってはならない。そう言いたげであった。



「その通りだ。ヒーサの指摘は正しい。いかに才覚があろうとも、“信用のおけぬ人物”に後釜を任せるわけにはいかんな」



「はい。ああ、無論、私個人はサーディク殿下を疑っているわけではございませんが、状況が状況だけに慎重にならざるを得ませんので。出来る限りそうした不安要素のない人選が必要であると、意見具申したまでです」



 ヒーサはサーディクにまで嫌疑をかけた件をジェイクに詫びた。


 ジェイクとしてもサーディクに任せるのが一番だと考えていたが、ヒーサの指摘によってそれが覆ってしまった。


 安定化を図るのであれば、領主(代官)と領民の繋がりは最重要であり、そこがマイナススタートの人物を派遣するわけにはいかなかった。


 そんなジェイクの反応を見て、ヒーサは視線をカインに向けた。



「カイン殿、我が妹の才覚に不安はありましょうか?」



「いや、ない。付き合いとしてはまだ短いが、ヒサコ殿の才覚は認めております」



 出会ってそれ程でもないが、カインはヒサコの活躍ぶりをよく見てきた数少ない人物であった。その人心掌握術に交渉術、圧倒的な行動力に智謀の冴え、それらを見てきたのだ。


 才覚も実績もあり、“信用できる人物”だと考えた。アーソの地を任せるのには適任だと、カインも認めるところであった。



「つまり、一時的にアーソの地は王家の管理下に置かれ、その代理人として実質統治するのはヒサコ。ただし、これは一代限り。まあ、不敬な物言いになるやもしれませんが、アイク殿下とヒサコの間には、子が生まれることはないでしょうしな」



 それも皆が認めるところであり、危うく笑いかける者までいた。アイクは病弱であって、とても床合戦に及べるとは誰も考えなかったからだ。


 “あの”ヒサコを相手取るには、いかにも役不足と言ったところだ。



「ゆえに、都合がいいのです。子がなければ次はなく、次がないのであれば誰かにお鉢が回る。そのヒサコの次がカイン殿、あなたの“孫”となるのです」



「私の孫……!」



「はい。宰相閣下がたっぷりと仕込まれますゆえ、そこはご期待いただいてよいかと」



 ここで笑いが起こった。ようするに、ジェイクとクレミアが子作りに励み、どんどん子供を作れと言い放ったからだ。


 現状、カインは二人の息子に先立たれ、残った子はクレミアのみだ。血を残すのであれば、もはや娘に期待しなくてはならなかった。


 しかし、娘は次の王妃に内定しており、アーソの統治を任せることはできない。


 ゆえに、“信用できる人物”に一度預け、孫が自分に代わってアーソの地に返り咲ける道筋を作っておく。ヒーサの提案はそう言っているのだ。


 なお、この論法は前のカウラ伯爵ボースンを説得する際にも用いられたやり口である。


 一時的に家は潰えるが、次かその次の世代で返り咲ける、というものであった。


 なお、戦国の梟雄は返すつもりなど微塵もなかったが。



「ちなみに、公爵閣下、私の身柄はどうなされるのですか?」



「今回の引責という名目で、領主の座を退き、我が公爵家預かりとなります。身柄はシガラ公爵領に移されますが、そこで隠遁者のための村を新設し、その村長を任せたいと考えております」



 反乱を企てた者への扱いとしては、破格の好待遇と言えた。どこぞの一室で幽閉というのが妥当なのであろうが、ヒーサはそれを良しとせず、公爵領内であれば自由にしていいと言っているに等しい。


 また、隠遁者の管理を任せてもらえるというのも、カインにとっては喜ばしかった。


 隠れ里の人間は見知った顔ぶれであり、それがそっくりそのままシガラ公爵領にお引越しするというわけだからだ。



「なるほど。我が身は潰えようとも、次の次の世代のための礎となれ、公爵閣下はそう仰られるか」



「はい。カイン殿には申し訳ございませんが、どうか孫の世のために犠牲になってください」



 ここでヒーサは頭を下げ、自分の提案を受け入れてくれるように頼み込んだ。大功を立てた今を時めく公爵が、謀反人に頭を下げるという前代未聞の行動に、誰しもが驚いた。


 だが、ヒーサに懇願されるまでもなく、カインの気持ちはすでに固まっていた。


 息子に先立たれ、投げやりになっていた自分にも使い道があることを、目の前の貴公子が示してくれた。その提案を拒否することなど、できることではないのだ。


 しかも、今回の騒動の根幹である教団の持つ特権“術士の管理運営”を崩す行為でもあるのだ。教団に引き渡すことなく、公爵領内に移すということは、本気で教団側と事構えるという宣言に他ならず、カインとしてはそれを応援せざるを得なかった。


 まして、隠遁者の隠れ里を自分に任せると言った。つまり、“術士の管理運営”を一任するという提案に他ならず、まさに教団への攻撃、その一番槍を突き入れろと言ってきたのだ。


 カインにとっては痛快極まることであり、頼まれなくても引き受ける気になっていた。


 当然、自然とその頭は下がっていた。



「本来ならば、処刑されていてもおかしくない身の上。それに対して、かかる待遇を提示してくれましたることは、望外の事にございます。我が身をいかようにでもお使いください」



「カイン殿、私の提案を受け入れてくださり、ありがとうございます。アーソの地は、我が公爵家が全力で盛り立て、しかるべき時が来ましたらばお返しします。まずはそれに先立ちまして、アーソの領民や兵士達への説得、よろしくお願いいたします」



「お引き受けいたしましょう。公爵閣下、ヒサコ殿、今後ともよろしくお願いいたします」



 こうして、カインは息子を殺した張本人に、それと知らずに忠誠を誓い、頭を下げたのであった。


 そして、その光景を“傍観者”として眺めていたテアは、改めて思うのであった。



(やっぱりこいつ、最低のクズだわ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る