6ー44 土下座! 悪役令嬢、その姿、地を這う蜘蛛のごとし!

 ジェイク、ヒーサ、ヒサコ、アスプリク、テアの五名が通されたのは、城内にある礼拝室であった。


 無論、そこは神に祈りを捧げるための部屋であるが、通常のそれとは違う点が二つあった。


 まず、祭壇に掲げられている十字架なのだが、通常ならば十字架の上に五芒星が取り付けられているのだが、ここの場合は六芒星が取り付けられていた。


 五芒星は五柱の神を表す聖印ホーリーシンボルであり、『五星教ファイブスターズ』の象徴的意匠なのだ。しかし、異端である『六星派シクスス』の場合は、五柱に闇の神を加えているので、六芒星を用いている。


 これを掲げた礼拝室を用意しているだけで本来なら大問題なのだが、この五人の中にそれを咎める者はいなかった。


 そして、もう一つの相違点は、その祭壇に棺が安置されていたことだ。


 その中身がなんであるかを察せない勘の悪い者はいなかった。


 むしろ、積極的に動く者がいた。ヒサコだ。


 棺の前で跪き、もたれかかるように縋りついているカインに対し、駆け寄りつつ滑り込み、地に頭をこすりつけて詫びを入れた。


 地を這う蜘蛛のごとき姿をした“土下座”であった。



(土下座! ここに来て、初手“土下座”ですって!?)



 無論、ヒサコは分身体であるので、本体であるヒーサが操作しているのだが、いきなりの土下座にジェイクもアスプリクもテアも驚いた。



「カイン様! ヤノシュ様の件は本当に申し訳ございませんでした! ヤノシュ様が死んでしまったのは、すべてあたしのせいでございます!」



 ヒサコの絶叫は礼拝室に響いた。壁で音が反響し、ヒサコの声が何度も何度も耳を貫いた。


 なお、裏の事情を知っている者と知らない者とで、受け取り方が大いに違う台詞であった。


 カインは跪いたまま振り向き、地に頭をこすり付けて詫びているヒサコの姿を見た。見知った強気な姿はどこにもなく、必死で許しを請おうと震えて言葉を待つか弱そうな女性がそこにいた。


 打ち付けた額から血がにじみ出る姿は鬼気迫るものがあり、とても“演技”をしているようには見えなかった。



「ヒサコ殿、なぜそのようなことを?」



 かける声にも覇気を感じない。その場の印象として、カインは恐ろしいくらいに老け込んでいるように感じた。


 特につい半日前に顔を会したヒーサから見ても、優に十年分はいきなり年を取ったような印象すらあった。


 息子の死が、そこまで衝撃であったことの証左だ。



「あたしはリーベが良からぬことを企んでいると、ケイカ村の段階で気付いておりました! ですが、確たる証拠がなかったため、牽制のための半殺しで済ませ、泳がせているうちに、取り返しのつかないことになってしまいました! ですから、ヤノシュ様が亡くなられたのは、私の無思慮な行動のせいなのでございます! 重ねて、申し訳ございませんでした!」



 謝るヒサコの声の熱量も上がってきて、もう一度頭を打ち付けてカインに詫びた。


 なお、ヤノシュが死んだのはヒサコとヒーサのせいであるので、発している言葉は間違いなかった。


 そんなヒサコに対して、カインはそっと手を置き、ゆっくりとヒサコの上体を起こした。


 何もかもに疲れてしまった、そう言いたげな瞳で、ジッとヒサコを見つめた。

 


「いや、ヒサコ殿のせいではない。詫びなど不要だ。こうして、ヒサコ殿が冥福を祈りに来てくれただけでも、ヤノシュは浮かばれよう」



「ですが……!」



「ヒサコもそこまでにしろ」



 そう言って、二人の会話に割って入ったのはヒーサであった。


 ヒーサもカインに近付いて跪き、こちらも頭を下げた。



「カイン殿、申し訳ない。ヒサコから話を聞き、しっかりとリーベを監視していたつもりであったが、よもやいきなり暴発するとは思わなんだ。近くにご子息がおられたのも、不運な偶然が重なったとしか思えぬが、それでも責任はその場の指揮官である私に帰する。いかなる責めも受けよう」



「お兄様! 責めを受けるのはこちらでございます! 半殺しではなく、全殺しにしておけば!」



「だが、ケイカ村の時点でリーベを殺していたら、これといった証拠もなく、司祭殺しのみが状況として残ってしまう。それが分かっていたからこそ、お前はリーベを殺せなかったのだ。よって、その後の行動は私が責任を取らねばならん。公爵家当主として、一族や家臣の言動の責を担うのは当然だ」



「それならば、お兄様に報告する前にリーベに仕掛けてしまった、あたしの軽率さにこそ問題がございます。責めを受けるとすれば、勝手な行動で先走ってしまったあたしにこそあります!」



 互いに自分にこそ責任があると譲らぬ兄と妹。“真に迫る”その光景は見る者を驚かせた。


 なお、演技だと知っているテアとアスプリク、演技だと気付いていないジェイクとカイン、それぞれで受け取り方が全然違っていた。



(なんと言う一人芝居やってんだ、こいつは! つ~か、あれか? カッコイイ(ヒーサ基準)殺陣たてパートが終わったから、今度は茶番ぼうりゃくパートで~すってか!? お芝居は依然継続中ってか!?)



 テアは呆れて物が言えず、しかも無表情を作らねばならなかったので、かなりきつかった。


 そして、アスプリクはゆっくりと首を回し、そんなテアに視線を合わせてきた。こちらもこちらで、無表情でいるのが厳しいようであった。


 そして、二人は視線を合わせ、目でなんとなしに会話した。



(ねえねえ、あなた、毎回こんなの見せられてきたの!?)



(そうよ。毎回よ、毎回!)



(うん、普通に凄いと思う。これをずっと無表情で通せとか、拷問に等しいね)



(でしょ!? でしょ!? でしょ!?)



 二人は無言のうちに理解し合い、妙な一体感を得ることができた。


 そんな二人など露知らず、庇い合う兄妹を見つめていたジェイクは、心底その二人の事を羨んだ。


 政治のために妹を切り捨て、それで今更関係修復を望んでいる自分が情けなくもあるのだ。


 アスプリクに殺意を向けられるレベルで嫌われていることを自覚しており、その原因が自分にあることも知っていた。


 だが、目の前の兄妹はどうなのだろうか?


 どちらも天才と呼んでも差し障りないほどの頭脳を持ち、冷静でありながら果断な行動力まで持ち合わせ、それでいて互いを信頼しきっている。


 計算し尽くされた行動に見えて、どこか感情的になる部分も見られるが、感情的になるのは、決まって互いに関することなのだ。


 思い返してみれば、王都で開かれた御前聴取の席においてもそうだった。


 ヒサコは丁寧に一つずつティースの反論を封じ込め、読んでいたかのように最高のタイミングで情報開示し、場を制した。


 そうかと思えば、利益よりも感情的になって婚儀の話をぶち壊そうとしたり、とにかく先が読めなかった。


 一方のヒーサもそうだった。


 ケイカ村の一件でヒサコが処断されかねない状況に陥ると、助命嘆願の名を借りた脅しを仕掛けてきた。アスプリクの件と絡めて、堂々と謀反宣言を出してきたのだ。


 為政者としては失格だろう。妹一人を助けるために、国家の浮沈を賭けるなど、常軌を逸していると断じるほかない。


 だが、ヒーサはやった。ここまで押せば折れるだろうという目算があったであろうが、それでも妹の命を全力で助けに来たのだ。



(私とは大違いだな)



 ジェイクは助け合い庇い合うヒーサとヒサコを見ながら、つくづく道を踏み外したと思った。


 そんな兄妹に、カインはその手をしっかりと握り、ぎこちないながらも笑顔を向けた。



「御二方ともまだお若い。責任だなんだというのは、年配者に任せておいてください」

 


 その言葉の意味をその場にいた全員がすぐに察した。



「カイン殿、すべてを被ってしまわれるおつもりか!?」



「公爵、私はもう疲れてしまった。領地を守り、民を守り、国を守るのが務めと思って戦い続けてきましたが、イルドに続き、ヤノシュまで失ってしまった。もう疲れたのです」



 実際、カインの顔からは生気が失われていた。ほんの半日前までは、これから起こるであろう大戦に備え、精力的に動き回っていたというのに、今では枯れた老人の雰囲気すら周囲に感じさせていた。


 未来むすこを失ったことが、あまりにも大きく、すでに生きる気力を失いつつあるのだ。


 放っておけばそのまま死んでしまいそうなほどに弱々しく、発する言葉に力はない。


 だが、それに対して、ヒーサはカインの手を握り返した。



「ご安心ください、カイン殿! 我に策あり、でございますよ。必ずやあなたの家を復活させる、必勝の策がございます」



「本当か、公爵!?」


 

 食いついたのはジェイクであった。


 ジェイクとしては、アーソ辺境伯領の安定化は必須の課題であり、それをどうするべきかずっと頭を悩ましてきたのだ。


 それを目の前の男が持っていると言うのだ。飛びつかない方がおかしかった。



「はい、宰相閣下。私もずっと悩んでおりました。ヤノシュ殿が生きていれば、引責辞任という形で相続すればよかったのですが、そう言うわけにはまいりません。かと言って、他人の手に委ねては、返ってくる保証が無くなります」



「その通りだ。一度土地の支配権が他家に渡ってしまえば、それを取り戻すのは苦労する。だが、カインには相続すべき嫡子がいない。我が妻にその役目を与えてもよかったのだが……」



「それはダメでございますよ。ご息女が生まれたばかりだというのに、こちらに参られるのはよろしくありません。なにより、クレミア様は宰相夫人であり、いずれは王妃となられるお方。長期間王都より離れるのは、認められないでしょう。“家”のためにはなっても、“国”のためにはならないのですから」



 ヒーサの指摘はジェイクも思い悩んでいた点であり、頷かざるを得なかった。


 結局、誰かを代官として派遣しなくてはならない。しかも、緊要地の代官であるから、かなり強力な権限を与えなくてはならないが、それを任せれるだけの能力と信頼を兼ねた人材がいるかどうかというのが、最大の問題であった。



「お考えの通り、誰に任せるか、という点で悩まれておわられるでしょう」



「そうだ。それで、ヒーサにはその解決策がある、と?」



「はい、ございます」



 そう言うと、ヒーサは隣に立っていたヒサコの肩を叩き、さらに手招きでアスプリクを近寄らせ、その肩にも手を置いた。


 そして、ニヤリと笑った。



「教団に働きかけ、この二人に“聖人”の称号を与えます。それがお家再興の最短ルートです」



「「……は?」」



 あまりにも訳の分からない提案に、ジェイクもカインを目を丸くして驚いた。


 いったい何を考えているのか、ヒーサの次なる言葉を静かに待った。

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