6ー43 開城! それでも平和と安定には程遠い!

 ジェイク率いる部隊がアーソ辺境伯の居城に到着したのは、夕刻の事であった。


 黒衣の司祭リーベがその本性を表して暴れ回り、方々に被害をもたらした。特にセティ公爵軍の被害は深刻で、領内に侵入した時に比べて、全体の三割が死傷するという厳しい状態に追い込まれていた。


 それを率いるブルザーがしかめっ面で部隊を再編していることから、その深刻さが容易に想像できるというものだ。


 一方、ヒーサ率いるシガラ公爵軍は、報告に反して被害が極めて軽微であった。当初は仕掛け爆弾にやられて大損害を被ったとしていたのが、いざその姿を確認してみると、死傷者は五十名にも満たないほどに少なく、事実を知らされたジェイクやブルザーは驚かされた。



「まあ、敵を欺くには味方からと申しますからな」



 笑って答えるヒーサに対し、ブルザーは顔を真っ赤にして怒り散らし、ジェイクはそれを宥めつつよくやったとヒーサを心の中で褒め称えた。


 対立的な態度を取るブルザーの損害が大きく、逆に友好的な態度を取るヒーサが損害軽微なのである。相対的に自陣営の立場が強化されることを意味し、そういう意味では喜ばしい事であった。



(問題があるとすれば、ヒーサへの依存度が更に上がってしまう点か)



 頼もしくもあるが、同時に厄介でもあるというのがジェイクの本音であった。


 国内の安定化、そして、妹アスプリクの後見役。公私ともにヒーサに頼らざるを得ない事案があるため、シガラ公爵家の勢力拡大には目を瞑らざるを得ない点もあるが、あまり大きくなりすぎると国内勢力の均衡という観点から望ましくない。


 悩ましい限りだと、ジェイクは顔にこそ出していないが、苦悩していた。


 そんなことを考えつつ、ジェイクは早速城方に対して、開城するように迫った。


 すると、呆気ないほどに城門を開いたのだ。吊り橋が下ろされ、中から使者がやって来ると、ジェイク、ヒーサにカインが面談したいとの申し出があった。



「断る理由がないですし、お会いしましょう。おそらくは、もう戦う理由を失って、戦意を完全に喪失したのでしょう」



 ヒーサにこう促されたので、ジェイクは何とも言えない虚しさを覚えた。


 ヒーサの言う“戦う理由”という言葉に、二重の意味が含まれていることを察したからだ。


 一つは、謀反の理由となった“術士の隠匿”が消えようとしていることだ。


 術士の管理運営は教団の専権事項であり、これについては貴族と言えども従わなくてはならない。現に王女(正式ではないが)であるアスプリクも教団に入れられたことから、その強制力の強さが伺えるというものだ。


 しかし、現役司祭の異端宗派への寝返りという大問題が発生したため、教団だけに任せてよいのかという空気が生まれつつあるのだ。


 もちろん、容易に変更できるとは誰も考えてはいないが、それでも今までに比べて格段に風通しは良くなるであろうし、これによってアーソの地が背く理由が消えたと言ってもよい。


 隠匿していた者達の処遇さえ上手く行えれば、丸く収めることはできるというわけだ。


 “戦う理由”のもう一つは、ヤノシュの死だ。


 貴族は家を存続させることが第一であり、そのため継嗣の存在というものが大きいのだ。当主にとって後継者とはまさに“家門の未来”そのものであり、大事に育て、鍛え上げるのが常だ。


 事実、ヤノシュは武門の貴族に相応しい力量を備え、兵士からも領民からも慕われる立派な後継者であり、自慢の息子でもあった。


 それが“卑劣な騙し討ち”によって損なわれてしまい、未来を断たれた格好となった。


 もし、次男のイルドが存命であれば立て直しはできたであろうが、先立つ二年前に戦死しており、家を継ぐべき者がいなくなってしまったのだ。



(なにしろ、ヤノシュの首を間近で見せつけられたのだからな。後を継ぐべく鍛え上げた息子を殺され、心の支えを、未来を、首ごと刈り取られたのだ。察するに余りある)



 ジェイクとしても、義兄弟の死は気が重いのだ。それが父親、家門の当主という立場であるならば猶更だろうと感じた。


 辺境伯の家は断絶する。個人としても、家門としても、死んでしまうのだ。


 ゆえに、カインにとって二重の意味で“戦う理由”が失われた。


 なお、二つの“戦う理由”であるが、隠遁についての密告とヤノシュの殺害をやってのけた男が、ジェイクのすぐ横でのうのうとしていたりするのだが、当然ながら気付くことは不可能であった。


 すべての元凶はリーベにあると誰しもに誤認させたうえで、その肝心なリーベを跡形もなく火葬してしまったのだ。


 これ以上の詮索は不可能であり、“リーベが悪い”で通さざるを得ない。


 これは二人の共犯者テアとアスプリクのどちらかが裏切らないと決して覆せない状況であり、それゆえにヒーサは安心しきっていた。


 テアはそもそも女神として“松永久秀”を転生させた張本人であり、久秀の消滅は自身の落第を意味しているため、絶対に裏切れない。


 どころか、人の生死に直接関わることがない範囲においては、隠蔽工作に加担せざるを得ないのだ。


 一方のアスプリクはヒーサに完全に“惚れて”いた。恋は盲目と言うように、アスプリクはヒーサに振り向いてもらうためならば、何でもやってしまえるまでに堕ちていた。


 そうなるように仕向けたとは言え、互いに密接な協力関係にして共犯関係でもあり、これまた裏切りの心配をしなくてもよいのだ。


 裏向きな事情が表に出た場合、アスプリクもまた破滅してしまうほどに、深く関わり過ぎてしまったからだ。


 そんなそれぞれの思惑を抱えたまま、ジェイクを先頭に一団が城内へと入っていった。


 一団の顔触れは、ジェイク、ヒーサ、ヒサコ、アスプリク、テアの五名だ。


 ジェイクは総大将、ヒーサとヒサコは参謀役、アスプリクは教団側の現場責任者、テアは荷物持ち、という立ち位置があった。


 なお、全員非武装である。鎧などの防具は外し、剣すら帯びていない。もし、ここで辺境伯側が暴挙に出た場合は防ぎようがないのだが、そんなことはするまいとヒーサの助言で敢えて実行した。



「カイン殿を身内の者がお見舞いに来た。その体でいきましょう」



 これがヒーサの言い分だ。


 そもそも、ジェイクはカインの娘であるクレミアを妻としているので、カインは義理の父親ということである。


 それを見舞って誰はばかることがあるのか、というわけだ。


 もちろん、謀反人という汚名を背負ってはいるが、それはあくまでリーベが仕組んだ罠であって、降りかかる火の粉を払うのが目的であったと、ジェイクは解釈していた。


 もし、教団側があれこれ文句を行ってきても、リーベの件を出して黙らせる気でいた。


 その教団の現場責任者は妹のアスプリクであり、ある意味では話が通しやすいのだ。


 もちろん、アスプリクとは確執があり、負い目もあるが、間にヒーサかヒサコを挟むことにより、意志疎通を図ることはできた。


 相変わらず直接口を利くのも嫌そうな態度ではあるが、そこは公爵兄妹が上手く宥めてくれているようで、大いに助かていた。



(こっちはまだまだ時間がかかりそうだな)



 性格が歪んでしまったのには、自分にも一因があると自覚しているからこそ、ジェイクは妹への負債を完済するために手を尽くそうとしていた。


 もっとも、アスプリクの方は受け取りを実質拒否して、公務以外は繋がりを持とうとしなかった。


 今こうして側近くで歩いているのも、仕事とヒーサの仲立ちがあればこそなのだ。



(公私ともに忙しない事だ。私が国王になる頃までには、どうにか収めたいものだ)



 公としては、宰相としての立場があるため、方々の利害調整に追われ、私としてはわがままな妹に手を焼き、気の休まる瞬間というものがない。


 このまま国王になったらどうなることかと頭を悩ませつつ、ジェイクは案内されるがままに城内を進んでいくのであった。

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