6-42 考察! 戦のあとの論功行賞こそ、梟雄の主戦場なり!(後編)

 ヒーサ・ヒサコを重用しつつ、制御下に置かねばならない。


 この難しい問題をジェイクは、早速思考を進めていった。



(まずは、ヒサコは兄上との婚姻を進めていこう。王家の一門に迎え入れればやり易くはなるだろうしな。余計な野心を抱かず、芸術に精を出してくれるのであれば、いくらでも財の援助をしてやればいい)



 ヒーサにしろ、ヒサコにしろ、兄妹揃って冠絶な智謀の持ち主であることは、ジェイクも認めるところである。


 頭の回転の速さに加え、それを最大限に活かす行動力を有し、しかも根回しまできっちりやって来る丁寧さも持ち合わせていた。


 よく観察してきた分、味方にすると厄介だが、敵にするとなお厄介であると判断した。


 ゆえに、取り込むことをジェイクは決めた。


 幸いなことに、兄アイクはヒサコにお熱であり、ヒサコもまんざらでもないという態度を示している。二人を引っ付け、王家とシガラ公爵家の協力関係をアピールするのには好材料と言えた。



(問題があるとすれば、やはり子供が生まれたときだ。その時に野心が芽生えるかどうかだが、まあ、兄上が子種を仕込むとは思えんがな。と言うか、腹上死しかねん)



 兄のアイクは病弱であり、芸術にしか興味がない。それゆえに、ケイカ村の代官職を買って出てかの地で隠棲し、日夜芸術に勤しんでいる有様だ。


 最近まで女っ気のない枯れた生活をしていたが、ヒサコとの出会いが春の到来を告げることとなり、ようやく独身を卒業できるかと、ジェイクも喜んだものだ。


 今となっては、そこがシガラ公爵家との重要な案件にもなってしまうとは、何がどう転ぶかなど分からないものだとジェイクは苦笑いをせざるえなかった。



(問題はヒーサだが、金銭よりも、土地と名誉で応じようか。此度のことを大々的に宣伝し、国家的英雄として讃える。同時に“漆器”などの新事業を後押しして、より売れるように仕向けてやれば、それなりに満足はしてくれるだろう。懐も潤うことだしな。あとは領土の獲得だが、いっそセティ公爵領を切り取るか? いや、それはいくらなんでも直接的過ぎるし、反発を招くだけだ。だが、それ相応の土地を用意せねば、ヒーサも納得するまい)



 そこがジェイクにとって思案しどころであった。


 なにしろ、ヒーサはジェイクに対して、堂々と反旗を翻すと宣言していた。理由はアスプリクへの扱いについてであるが、これはジェイクにとっては公私両面への急所と言える場所であった。


 アスプリクとの和解を模索し、妹が初めての友人と呼んだヒーサに対して、よろしく頼むと頼んだ手前、ヒーサに対しても負い目があった。


 その上で、今回の騒動と、ヒーサの勲功ときた。渡せる土地は限られているが、それでもひねり出さねばならない案件でもあった。


 そして、考えた末の結論。それは目の前にある土地だ。



(アーソ辺境伯領、ここを宛がうしかないのか。今回の騒動の責任を取る形で、カインには引退してもらう。そうなると、この土地は相続の関係上、私の妻クレミアのものとなる。つまり、実質的には私の物となるのだ。だが、私も宰相としての立場もあるし、妻を派遣するなど無理だ。娘が生まれて半年も経っていないしな。そうなると代官を派遣することになるが、これもまずい。アーソの地はジルゴ帝国と国境を接する緊要地だ。そうなると、通常の代官とは異なるより大きな権限を与えておかねば、国防上の不利になりかねん。問題は誰を派遣し、どの程度までの権限を与えるか、だな)



 騒動が下火になったとはいえ、問題は山積しており、ジェイクとしてもまだ油断ができない状態であった。


 そうなると、ふと死亡したと報告された義兄弟のヤノシュの顔が思い浮かんできた。



(あいつが生きていれば、ここまで思い悩むこともなかったのにな。何の迷いもなく、カインからヤノシュへと権限を移せばよかったのだから。そう考えると、非常に痛いな)



 今回の騒動は、あくまでリーベの責任とするつもりでいこうと、ジェイクは考えていた。“証拠も出揃っている”ので、それに文句を言えるほどセティ公爵家も万全とは言い難い状況だからだ。


 しかし、カインには状況がどうあれ、王国に反旗を翻したという事実があり、術者の隠匿という汚点もあった。このまま辺境伯としていられるのは、身内に甘いと非難の対象となりかねない。


 どう転んでも、強制的に隠居させざるを得ないのだ。


 ヤノシュが生きていれば、そのまま爵位を継承させ、なんの問題もなく話が進む。


 しかし、その肝心のヤノシュがすでにこの世からいなくなっていた。



(ええい、リーベめ。最後の最後で、とんでもないことをやらかしてくれたな。穏便な問題解決のための必要な人物を、きっちりと殺してしまいおって!)



 すでにヒーサの手によって跡形もなく焼き払われた、あの鬱陶しい司祭の顔を思い浮かべつつ、これからの調整について頭を悩ませるジェイクであった。


 だが、そのリーベを“火葬”したヒーサこそ、ヤノシュ殺害の真犯人であり、証拠隠滅のために徹底的に消し去ったということにジェイクを始め、誰も気付いていなかった。


 しかもよりにもよって、妹のアスプリクだけが“共犯者おともだち”としてその事実を認識し、ジェイクすらハメようとしているのであった。


 まだまだ予断を許さぬ状況が続き、表が片付いた分、裏方の調整が主となるが、その裏方での取引や交渉、調整こそ、ヒーサにとっての主戦場であった。


 ジェイクの目の前で和やかに談笑している温和な雰囲気な貴公子が、全てを動かし、盤上の駒をいい様に操って、情勢を都合のいい方向に持っていったとは、到底考えることなどできはしなかった。

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