6-40 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー! (15)

 黒衣の司祭をようやくにして討ち取ったヒーサ。だが、ようやく黒衣の司祭を倒したという安堵、まさにその一瞬の出来事であった。


 黒犬つくもんがヒーサに飛び掛かり、その大口で咥え込んでしまったのだ。


 その胴体を引き千切らんとヒーサを咥えたまま、全力で走り抜けた。



「ヒーサ!」



 アスプリクは悲鳴にも等しい声を上げたが、テアには緊迫感のない三文芝居にしか見えなかった。


 当然だが、黒犬つくもんはヒーサを口に含んではいるが、甘噛み状態であり、全然痛くないのだ。



「よし、そのままあの木々が生い茂っている所まで運んで、勢いよく放り投げろ」



 ヒーサは閉幕フィナーレを飾るための、最後の演技に入った。


 黒犬つくもんは指示通りに全力で走り、そして、大きく首を振って加えていたヒーサを放り投げた。



「ぐわぁぁぁ!」



 ヒーサは悲鳴を上げ、その姿は森の中へと消えていった。



「畜生め! ヒーサをやったな!」



 アスプリクが全力で走りながら炎を展開し、友の仇討ちをするべく黒犬つくもんに迫った。


 だが、その動きは無駄に終わった。


 森から“もう一人の聖女”が飛び出してきたのだ。金髪碧眼の美女であり、その手には“鍋”が握られていた。


 言わずと知れた“悪役令嬢”ヒサコだ。


 ヒーサは森の中に投げ込まれ、周囲からの視界が無くなると同時にスキル【投影】を用いて、分身体ヒサコを作り出したのだ。


 また、リーベが死んだことにより【手懐ける者】の二つの枠の内の一つが空いたので、それを分身体ヒサコに用いた。


 これで、機敏な動きで操作ができる分身体ヒサコが出来上がり、それに鍋を手渡して、黒犬つくもんに攻撃を加えたのだ。



「ヒサコ!」



 思わぬ(知ってた)援軍の登場にアスプリクは驚きの声を上げ、それにつられる形で観客と化した兵士達も歓声を上げた。


 その声援を一身に受けながら、ヒサコは黒犬つくもんに駆け寄った。


 なお、その黒犬つくもんからは、まぁ~た殴られる、と露骨に嫌そうな雰囲気が漂い始めていた。



「くたばりなさい(最後までちゃんと演技しろ)!」



 ヒサコは手に持っていた鍋を振り下ろし、渾身(手加減)の一撃で打ち据えた。


 なお、ほぼ寸止めであり、鼻先にチョンッと触れた程度であったが、黒犬つくもんには地面に顔面がめり込むほどの一撃となった。



「悪しき者よ、滅び去れ! 闇よ、滅せよ!」



 ヒサコは倒れ込む黒犬つくもんに対して、鍋を強引に被せるように押し付けた。黒犬つくもんにとっては焼きごてを押し当てられるほどの痛みであったが、すぐにヒサコは中断した。



「そのまま仔犬に擬態なさい」



 主人からの命が下され、黒犬つくもんは体を縮めて仔犬へと変じた。黒毛の可愛らしい姿となり、まだ痛むのか、鼻先を押さえていた。


 ヒサコはそれを掴んでも持ち上げ、森へ放り投げ、そして、高らかに宣言した。



「我々の勝利よ!」



 そこへアスプリクが走り込んで抱きつき、更に森の中から本体ヒーサが歩み寄り、二人の頭に手を置いて撫で回した。


 歓声が響き渡り、ジェイクや兵士達がいる方へとゆっくりと歩いていった。


 こうして、一人の“英雄”、二人の“聖女”が誕生した。



(さ、最低過ぎる……。暗殺と騙し討ちで邪魔者を排除し、最後は安全な死闘・・・・・を繰り広げ、名声は自分達に、罪や汚名は別の誰かに! こんなことが許されていいの!?)



 自問をしても答えは出ず、天を見上げても上位存在は相変わらずの無反応。つまり、一連の茶番劇も“セーフ”ということだ。


 テアとしてはその満面の笑みを浮かべる英雄達を、生暖かい拍手とともに迎え入れるよりなかった。


 こうして、茶番劇ヒーローショーは終わった。



 主演・松永久秀!

 脚本・松永久秀!

 演出・松永久秀!

 総監督・松永久秀! 

 出演者・ヒーサ(自分)

     ヒサコ(自分)

     アスプリク(共犯者)

     テア(通行人A)

     カイン(被害者)

     ジェイク(被害者)

     ブルザー(被害者)

     サーディク(被害者)

     アイク(お留守番)

     ヤノシュ(死亡確定!)

     リーベ(死亡確定!)

     その他大勢!



 何もかもが、見せかけの演劇であり、しかし、それでいてその裏の真実を知る者はほぼいないのだ。 


 あとは得た名声と、押し付けた汚名を武器に、美味しいところを掻っ攫うだけ。


 そう考えると、歓声に応える手も力よく振るうことができ、自然と笑みがこぼれようというものだ。


 これにて長きにわたり繰り広げられた『アーソ辺境伯領の乱』は、表面的には収まりを見せる。


 だが、“英雄”ヒーサの魔の手はまだまだここからだということに、歓声を送る者達は気付いてはいなかった。

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