6-39 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー! (14)

 ついに最後の決戦が始まった。


 英雄と聖女、黒犬の黒衣の司祭、その雌雄を決する時が来たのだ。



「リーベよ、その心の弱さを付け入られ、悪鬼魔道を突き進むとは愚かなことをしたものだな。さあ、我が燃え盛る炎の剣によって浄化されるがいい!」


 ヒーサはアスプリクの手によって魔力付与エンチャントされた炎の剣を持ち、軽く一振りして相手を威圧した。


 英雄ヒーサ聖女アスプリク、これに対峙するは暗黒の司祭と悪霊黒犬ブラックドッグ。まさに神話や英雄譚の一場面を切り抜いたかのような荘厳さすら持ち合わせていた。


 しかし、いまいち格好がつかない。そして、それは誰しもが原因を理解していた。



(なんで、“鍋”を被っているのか!?)



 そう、ヒーサの頭にはどういうわけか鍋が鎮座しており、なんとも言い表せないダサい雰囲気を出していた。はっきり言って、名場面が台無しになるほどに珍妙な格好であった。


 おそらくは兜代わりに被っているのだろうと誰もが思ったが、同時にもっと他にいい物はなかったのかと、ツッコミを入れたい気分にもなっていた。



(ガチで茶番ね、これは。端から見ても、そう思うわ)



 周囲の微妙な空気を感じつつ、テアはそう思うのであった。


 なお、その鍋は神造法具『不捨礼子すてんれいす』であり、神の力が備わっている最強の武器にして防具であった。形状が鍋なだけであって、その秘めたる力ははっきり言って神の加護に等しいほどに強力無比で、その力を知る者ならば肌身離さず持っておきたいほどだ。


 炎と闇の激突が始まっても、その珍妙な格好が邪魔をして、これをどう評し、どう他者に伝えようか、ジェイクを始めとする周囲の面々は悩んだ。


 だが、不格好な鍋の件を除けば、まさに英雄譚の一角を飾るに相応しい戦いであった。



「我が炎の剣にて、滅するがいい!」



「フハハハハハ! その程度の攻撃で、闇の神の力を降ろした私に勝とうなどとは、温すぎるわぁ!」



「消え去りなさい、闇の信徒よ! 僕の紡ぐ聖なる炎によって!」



「ガォォォン!」



 三人と一匹が入り乱れ、炎と闇の力がぶつかり合い、周囲も巻き添えで吹っ飛ぶほどの衝撃が駆け巡った。


 ただし、テアの視点では、これほど“安全”な激闘もなかった。



(茶番! 圧倒的茶番! 見た目はド派手で、普通の人から見れば、本気の英雄譚ヒーローショーに見えるでしょうけど、度し難いほどの茶番劇ヒーローショーだわ!)



 呆れ顔で激しく魔力がぶつかり合うその光景を眺めるテアであったが、その視線の先には茶番を茶番たらしめている“鍋”を見つめていた。


 あれこそ、全ての元凶なのだ。



(鍋に備わっているスキル【焦げ付き防止】、これによって炎属性の無効化を身に付ける。そして、それをヒーサがスキル【スキル転写】で、【手懐ける者】によって下僕になったリーベと黒犬つくもんに振り分け、炎を防ぐ。転写のタイミングさえ間違わなければ、どんだけド派手な大爆発が起ころうが、すべて無効!)



 実際、リーベや黒犬つくもんがアスプリクの放った炎を受けようがピンピンしているし、ヒーサの持つ炎の剣『松明丸ティソーナ』も威力を殺されていた。


 一方で、黒犬つくもんの放つ闇の力もまた、無力化されていた。



(そう、鍋には【闇属性吸収】が備わっている。これで黒犬つくもんの攻撃も無効。ときどき噛みつきや尻尾で物理攻撃もしているけど、露骨に手加減している。リーベもそこら辺に落ちてた剣で斬りかかっているけど、動きが雑すぎて、全然当たらない)

 


 互いの決め手となる炎と闇の力は、『不捨礼子すてんれいす』の力によって無効化され、あとはかわしたり防いだりするのが容易な雑い攻撃ばかりであった。


 その雑な攻撃も、炎と闇の魔力が飛び交う中にあっては、雑に見えない。他のド派手な攻撃エフェクトによって必殺の一撃だと誤認してしまうのだ。


 裏事情を全部知っているテアにとっては、見ていて恥ずかしくなるレベルの茶番であったが、他の周囲の人々はそう考えなかった。まさに怪物に戦いを挑む英雄そのものに映っていた。


 ジェイクも焦りつつもその光景を必死で追いかけ、兵士達もまた歓声を上げて二人を応援していた。



(嗚呼……、こうやって“英雄”は作られていくのね)



 テアも観客の一人として見守ってはいるが、ただの一言も歓声を上げる気にはなれなかった。場の雰囲気を読み解くのであれば、まず間違いなく主人の戦いに侍女として声援を送るのが正しい振る舞いなのだろうが、そんな気持ちは微塵も湧いてこないのだ。


 そして、いつ果てるとも分からない茶番も、とうとう終わりの時を迎えようとしていた。



「うおぉぉぉ! 黒衣の司祭よ、滅びるがいい!」



 ヒーサが大絶叫と共に剣を振り上げると、リーベの剣を弾き飛ばした。炎の軌跡を描きつつ流れるような剣技によって、見事にリーベを追い詰めた。



「な、なにぃ!?」



「滅せよ!」



 体ごとぶつかりに行くほどの強烈な突きが放たれ、ヒーサの持つ剣がリーベの胴体を貫いた。



「ぐはぁ!」



「魔力、解放!」



 剣に付与されていた炎の魔力を全開放し、突き刺さった剣を伝って炎が噴き出し、リーベの体に大きな穴を空けた。



「お、おのれ、シガラ公爵! 我が闇の力を以てしても倒せぬとは!」



「御託はいい。さっさと消え去れ!」



「だが、これで勝ったと思うなよ! 闇はいずれ満ちる。そうなれば、人間ごときがどうあがこうとも、世界は滅びるのだ! いずれ降りられる魔王様の前に平伏すがいい! ふはははは!」



 ありきたりな捨て台詞と下衆な笑い声を上げながら、リーベは炎の中に消えていった。


 英雄と聖女の正義(?)の炎が、遂に黒衣の司祭を倒したのであった。

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