6-38 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー! (13)

「敵襲! 敵襲ぅ〜!」



 それは警戒を促す叫び声から始まった。


 一軍を率いる王国宰相ジェイクは叫び声が発せられた方を振り向くと、付近の森から何か黒いものが、隊列後方目掛けて、突っ込んで来たのが視認できた。


 現在、ジェイクの部隊はアーソ辺境伯領を貫く、中央の大道を進軍していた。


 途中、強固な防衛陣に阻まれ、進軍を妨害されていたが、今朝の夜明けと同時に、どういう訳か防衛陣がもぬけの殻になったため、そこを素通りできたのだ。


 おそらくは、ヒーサかブルザーが城に到着し、防衛陣を保持する理由を失い、後方に下がったものだと判断。


 空になった敵陣を横目に、素通りして現在にいたっていた。


 無論、罠も考慮に入れ、警戒しながらの行軍となった。


 そして、後方からの襲撃を受けたのだ。



「後方、横陣を布いて迎撃! 中央は両翼に展開しつつ、前衛は周辺の奇襲に警戒せよ!」



 ジェイクは素早く指示を飛ばしつつ、自身はその迎撃の指揮を取るために後方へと馬を走らせた。


 そして、驚愕した。


 何しろ、突っ込んで来たのが、話に聞いていた悪霊黒犬ブラックドッグであったからだ。しかもどういうわけか、黒い法衣に身を包んだリーベがそれに乗っている姿まで確認できた。



「な、なんだ!? どうなっている!?」



 さすがのジェイクも状況が飲み込めずに混乱した。


 なぜ、リーベが黒い法衣に身を包んで、黒犬に跨っているのか。そもそも、人質としてヒーサの下にいるはずのリーベがここにいるのか、分からないことだらけであった。


 だが、襲撃を企図した動きを見せている以上、手加減をするつもりなどなかった。


 ジェイクの指示で素早く槍衾が形成され、銃兵がその両翼から狙い撃つ体制が取られた。



「待て! 銃兵は撃つな! 槍衾でのみで迎え撃つ!」


 ここでジェイクはリーベの生け捕りを試みた。銃ではうっかり撃ち殺してしまう可能性があったが、槍であれば落馬(?)させるだけで終わらせれると判断したからだ。


 そのため、射程圏内に入っても銃は撃たずに構えたままとなった。


 だが、これが失策となった。



「ぶわぁぉあぉあおぉ!」


 地獄の底からの呼び声のようなけたたましい声が、駆け寄ってくる黒犬つくもんから発せられた。黒犬つくもんの奥の手である広範囲音波攻撃【嘆きの奔流バンシースクリーム】だ。


 闇の魔力を収束させた大絶叫を浴びせ、広範囲で効力を発揮する即死攻撃であり、その声を聞いた者は心臓が握り潰されたかのようにショック死してしまう。耐えたとしても重度の恐慌状態に陥り、まともに動けなくなる恐るべき技だ。


 魔力の消耗が激しいため、滅多なことでは使えないが、まさにそれを今この段階で使用したのだ。


 しかし、今回放たれたのは、かなり手加減されていた。ジェイクが巻き込まれてショック死してしまっては、この茶番劇ヒーローショーの幕引きをしてもらう人物がいなくなるため、即死ではなく恐慌でとどまるレベルの威力で放ったのだ。


 しかし、全力で突っ込みながらの咆哮は極めて効果的に威力を発揮した。


 なにしろ、槍衾を形成していた横隊がそれに直撃し、ほぼ全員が恐慌状態に陥って、ある者は尻もちをつき、ある者は槍を放り投げて頭を抱えるなど、正気を保てる者などいなかった。


 また、両翼に展開していた銃兵隊も照準がめちゃくちゃな状態で発砲してしまい、暴発が暴発を呼び、隊列を大きく崩した。


 そうなると、黒犬つくもんとジェイクの間には防ぐ壁が一切なくなり、一転して窮地に陥った。


 しかも、ジェイクの騎乗していた馬も恐慌状態となり、ジェイクを振り落として走り去ってしまった。振り落とされたジェイクは自身も方向の影響を受けながらも気力を振り絞って正気を保ち、上手く受け身を取って着地した。


 そして、すぐさま帯びていた剣を抜き、構えたが、突進してくる巨大な黒い塊にはさすがに尻込みした。


 防げない。そう判断したジェイクは剣を勢いよく投げつけ、そして、横に飛んだ。


 投げた剣はリーベの腹に向かって飛んだが、黒犬つくもんが顔で上手く逸らし、リーベには命中しなかった。


 だが、一瞬であるがジェイクから視界が離れてしまったために、ジェイクの横っ飛びへの反応が遅れ、踏みつけることには失敗してしまった。



「惜しい。もう少しで、ペチャンコでしたのに」



 リーベは残念そうに呟き、見下ろす形でジェイクに視線を向けた。


 周囲の状況は見るも無残な有様だ。手加減していたとはいえ、【嘆きの奔流バンシースクリーム】をまともに食らってしまった者が多数存在し、怯えたり逃げようとしたりする者ばかりだ。


 その中にあって、ジェイクが正気を保っていられたのは、やはり並ならぬ精神力の持ち主であり、それによって堪えたからだ。


 だが、それでも食らった衝撃を全て耐えたと言うわけでなく、精神に相当な負荷がかかっており、その息は荒かった。



「リーベ、何の真似だ!? 怪物に跨り、黒衣に身を包むなど」



「まるで、『六星派シクスス』の司祭か何かだと? クハハ、その通りだよ、間抜けめ」



 リーベはこれ見よがしに黒い法衣をヒラヒラさせて、その姿を誇示した。ただ、度重なる戦闘によって体のあちこちを負傷している上に、服もかなりぼろくなってているので、恐ろしさは陰っていた。



「宰相閣下には、この場で死んでいただく。だが、寂しがることはありませんぞ。あの世とやらでは、ヤノシュが先に行って待っておりますゆえ」



「ヤノシュが!?」



 唐突に告げられた義兄弟の死に、ジェイクは怒りより先に絶望感に襲われた。


 ジェイクは今回の謀反の一件を双方に犠牲を少なく穏便に終わらせることを考えていた。だが、よりにもよって辺境伯の後継者が真っ先に殺されるという、最悪の事態がもたらされたのだ。


 手詰まりに等しい一手であり、“リーベ”がそれを成したと言うことは、そうなればどういう事になるのかをしっかり認識していたということだ。



「なんということをしてくれたのだ! リーベ、身も心も闇に呑まれ、悪魔に魂でも売り渡したか!?」



「目覚めたと言って欲しいですなぁ~。初めからこうすればよかった。ああ、まったくこの事に気付かなかった、自分自身のバカさ加減に苛立ってくる。どいつもこいつも、私をバカにして、粗略に扱いやがって! だが、今はこうして強大な力を手にして、今までの仕返しができるのだ。気分爽快と言うやつだなぁ!」



 リーベは黒犬つくもんの毛並みを撫で回し、その力強い姿を誇示した。



「愚かな! 力で酔わせ、まんまと踊らされおって! 心が操られていると気付けないのか!?」



 ジェイクも大正解を引き当てていたのだが、よもや自分が最も頼りにしている男が、その操っている当人だとは考えもしなかった。


 そして、焦るジェイクをに対し、リーベはゆっくりと黒犬つくもんを進ませた。



「では、長々とお喋りする気もないし、ここらでお開きとしましょうか!」



 唸り声を一つ上げてから、黒犬つくもんが飛び掛かった。


 やられる、そう考えたジェイクであったが、そこへ燃え盛る剣が飛んできた。地面に突き刺さると同時に火柱を噴き上げ、ジェイクとリーベの間を遮ってしまった。



「閣下! ご無事でありますか!?」



 呼びかける声がしたので、ジェイクがそちらを振り向くと、そこには馬で駆け寄って来たヒーサの姿があった。


 さらにアスプリクとテアもこれに続き、リーベの進路を妨害するかのように立ち塞がった。



「ヒーサ! それにアスプリク!」



「大神官様と呼べよ、宰相閣下」



 ジェイクへの露骨に突き放す態度は相変わらずだが、アスプリクもまた助けに割って入った。


 たとえ、ジェイクが死んだとて悲しむことなく形式的な葬儀を行うだけだろうが、それでも今は恩を売っておかねばならなかった。


 兄が自分への後ろめたさや負債を抱えていると言う想いには気付いている。気付いているが、それで感情的になるのは、今までが今までであったからに他ならない。


 誰も助けてくれなかった。知ったところで、何もしてくれなった。その考えが未だに脳裏にこびり付いており、人に対してはどうしても壁を作ってしまうのであった。


 ヒーサのおかげで、それなりに氷解してきたが、それでも蓄積されてきた鬱憤やわだかまりというものは、一朝一夕に潰えるものではない。



「あ、ああ、すまなかった、大神官殿」



「……まあ、いいか」



 アスプリクはすでに手のひらに炎を掴んでおり、いつでも撃ち出せるのだぞと相手を威圧した。


 ヒーサもまた地面に刺さった愛剣『松明丸ティソーナ』を握り直し、切っ先をリーベに向けた。



「暗黒の司祭リーベよ、今度という今度こそ逃がさぬぞ! ヤノシュ殿の無念、そして貴様が企てた悪行の数々、今ここで精算してもらうぞ!」



「ぬかしおる。人間のごとき脆弱な種は滅び去るが道理。まとめて魔王様の復活を促す生贄になってもらおうか!」



「貴様こそ、その心の弱さを付け入られ、悪鬼魔道の道を突き進むとは愚かなことをしたものだ。さあ、我が燃え盛る炎の剣によって浄化されるがいい!」



 そして、いよいよヒーローショーの最終幕。正義の炎に身を包む英雄ヒーサ聖女アスプリク


 それが対峙するは暗黒の司祭リーベと、悪霊黒犬ブラックドッグ


 決着の時は近付いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る