6-37 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー! (12)

 未知な部分が多いと言えど、女神テアは思考を止めはしなかった。


 考える事こそ、今の自分にできる唯一の事であるからだ。



(まあ、さすがに魔王が覚醒状態になれば【魔王カウンター】なしでもある程度は認識できるけど、それでは手遅れ。スペック上、魔王は単独で勝つのはまず不可能。私達のような神と転生者チームとの連携が不可欠。まして、私のチームは“斥候”。いざ戦闘になったら、牽制くらいが関の山。戦闘要員の他チームの力がいる。そのための情報収集と、それに基づく準備期間なんだけど、まだ動きが見えないのはほんと不気味……)



 “斥候”が調べ回って、戦闘要員のチームが準備をする。テアは見習いの神として、数多の転生者プレイヤーと行動を共にし、色々と経験してきた。


 そのため、戦闘要員のチームの動きも経験に基づいてそのセオリーも理解していた。


 戦闘要員の役目は魔王が出現した際の撃破が目的であり、その際の行動によって試験の評価点が導き出される。


 魔王に与えた累計ダメージ、あるいは回復や補助などの味方への援護、そして戦術。その評価については試験監督である上位存在の性格にもよるが、要は魔王撃破にどれだけ貢献できたか、だ、



(そのため、戦闘要員の魔王降臨前のセオリーは、徹底したレベル上げ。ひたすら戦闘用のスキルのレベルを上げていき、降臨前に『時空の狭間』で手に入れたスキルカードを強化しておくこと。まあ、これに関しては本当に運だからね。前にあったな~、バカみたいな泥仕合)



 テアが以前経験した泥仕合は、戦闘要員三名が全員“治癒術士ヒーラー”のスキル構成をしてしまって、打撃要員不在という状態であった。


 『治癒術士ヒーラーにハズレなし』という格言が見習い神の間にはある。他がどんなスキル構成していようが、魔王との戦闘では回復役は必須であり、貢献度によって評価点が出る以上、回復役は手堅く評価を得られるのだ。


 一番になるのは難しいが、ほぼ確実に二番手の評価が出る。過去の事例からそうなるパターンが多いため、及第点狙いならば治癒系のスキルを得た場合、まずそれを中心にレベルアップを考えるのだ。


 ところが、戦闘要員三名が揃って治癒系のスキルを手にし、全員がそれを伸ばしたため、最初の情報交換の席でそれが発覚したことが以前にあった。



(あのときは斥候役を戦闘用に無理やりスキル編成やり直して、疑似攻撃要員としてチマチマ魔王を削る作戦にしたわね~。結局、魔王は倒せたけど、三日三晩戦い続けたのはね~。豪快な戦い方を好む試験監督だったから、軒並み低評価食らったのはいい思い出だわ)



 テアはそんなことを考えつつ、共に馬を走らせる二人を見つめた。



(アスプリクが魔王じゃないと言ったのは、ひねくれた性格のせいじゃないのかしらね。アスプリクが魔王なら“勝てる”。勝てるから、魔王とは思えない、と)



 そんな考えを巡らせながら、テアは大事に担いでいる鍋に触れた。銘を『不捨礼子すてんれいす』と言う神造法具であり、予想外のすり抜けバグによって、この世界に持ち込んでしまったテアが作り出した鍋だ。


 形状こそごく普通なステンレス製の両手鍋だが、無意識に仕込んでしまった神の力が、この鍋を存在してはならない最強の武器にして防具に変化させていた。



(アスプリクは火属性の術式が得意。魔王として覚醒しても、能力値の増大はあっても、得意なスキルの変更はほぼない。そして、この鍋には【焦げ付き防止】のスキルが含まれている。ふざけた名前だけど、その実態は火を制御すること。つまり、アスプリクと戦うことになっても、これさえあれば勝てると認識している)



 自分で作っておいてなんだが、よくまあこんなぶっ飛んだ鍋を作ってしまったものだと思った。本来なら持ち込み不可なのだが、偶然にも持ち込めたのだ。


 そのとき、テアに電流が走った。



(偶然……? いや、もし、偶然じゃなかったとしたら? 意図的に持ち込んだとしたら?)



 そう、すでに『時空の狭間』での茶番から、すべてを計算した上で行動している可能性に思い至った。あまりに目の前の男にとって都合のいい展開が多すぎて、“運が良かった”だけでは片付けられない状況なのだ。



(いやいや、そもそもそれは穿ち過ぎよ。あくまで、私が不燃ごみとして出した『古天明平蜘蛛茶釜こてんみょうひらぐもちゃがま』の代用品として用意したものだし、やっぱ偶然よ、偶然、うん)



 やっぱり無理だとテアは結論付けた。力が制限されている今の状態ならいざ知らず、万全の状態であった『時空の狭間』で人が神を欺くなど現実的ではないと思い至ったのだ。


 そこまで思考した段階で、テアは意識をヒーサに戻した。



「あれだけ好き放題に暴れ回ったんだし、もう十分じゃない?」



「何を言っている。戦にしろ、演劇にしろ、“トリ”が重要なのだぞ。最終盤の追撃戦、掃討戦こそ、最も戦果を稼げるのだからな」



 テアの視線には愉快そうな笑顔を浮かべるヒーサが映っていた。謀略で相手をハメることを至上に位置づける男であっても、やはり戦国日本の武将なのだと思い知らされた。


 戦で勝つことにもまた、重きを置いている。そう嬉しそうなヒーサからテアは感じ取った。



「それで、最後の大一番の手順は?」



「今、黒犬つくもんを大回りで迂回させている。ジェイクの部隊の背後から強襲するつもりだ。隊列が乱れたところで私とアスプリクが割って入り、これを阻止する」



「うん、毎度おなじみ、マッチポンプご苦労さん」



 台本の中身を知らない人には、とんでもないペテンであった。


 最初から最後まで敵も味方もその両者の間にいる、たった一人の男に振り回されていた。騙して殺され、欺いてハメられ、盤面が狂いに狂い、誰も彼もが踊らされていた。



「っと、そろそろ黒犬つくもんが裏手に回り込んだな。宰相の位置はあの小山の向こう辺りの街道だ。そろそろ始めるぞ。ほれ、鍋を寄こせ」



 ヒーサは手を差し出し、鍋を渡す様に促した。テアは括り付けていた縄を緩め、鍋を手にすると、それをヒーサに手渡した。



「でも、今回はこれを使わないんじゃなかったっけ?」



「ちょっとな、試してみたことを思い出した。まあ、いつもの“動作確認”というやつよ」



「いやな予感しかしない」



 なにしろ、テアは動作確認と称されて、散々性的な意味で襲い掛かられてきたのだ。未遂で終わっていたが、嫌な思いでしかないのだ。


 そんな思いを知ってか知らずか、ヒーサはニヤリと笑いつつ、それを兜代わりに頭に被った。



「ブハハハッ! カッコ悪! ヒーサ、似合ってない! いい男が台無しだよぉ~!」



「実に的を射た意見だ。私もそう思う。だが、備わったスキルのことを考えれば、不格好も我慢できるというものだ」


 ヒーサはコンコンと鍋を小突き、そして、意識を集中させた。



「さあ、“ひ~ろ~しょ~”の大トリ、行ってみるか!」



 そして、ヒーサは最後の引き金に指をかけた。

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