6-33 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー!(8)

 アーソ辺境伯の居城を後にしたヒーサ、テア、アスプリクの三名は、馬を走らせ、リーベと黒犬つくもんを追いかけていた。


 と言っても、これは全て茶番であった。リーベも黒犬つくもんも揃ってヒーサの持つスキル【手懐ける者】の影響下にあり、服従を誓わされていた。


 現在、リーベ達は間もなくやって来るであろう、ブルザー率いるセティ公爵軍に向かって駆けていた。


 理由は二つ。


 一つは単純に襲い掛かって、ブルザーに損害を与えることだ。


 もう一つはリーベの“晴れ姿”を誇示することだ。


 前者は当然、ブルザーを、セティ公爵軍を弱くするのが目的だ。


 力とは相対的なものによって位置づけられるものであり、自身の立場を強化したいのであれば、自分が強くなるか、相手が弱くなるかの二択である。


 今回は“相手を弱くさせる”方であった。シガラとアーソは戦いながらも互いの損害を最小にするように努め、また先程の黒犬つくもんによる攻撃も、手を抜いていると思われない程度には損害を与えつつ撤退した。


 一方で、セティ公爵軍はというと、湖畔での戦いで砲兵三百を失ったのを皮切りに、次々と嫌がらせの奇襲・伏撃を繰り返され、少なからず損害を被って来た。


 ここでさらなる一撃が“実弟リーベ”の手によってなされたとなったら、実数の損害のみならず、将兵の士気にも影響が出てくるのだ。


 実数としての損害と、実弟が『六星派シクスス』であったという汚名、これらが合わされば、ブルザーの威勢の良さも大きく陰ることは間違いなかった。



「グハハハハ! 上手くいった! 何もかもが上手くいったな!」



 周囲に“共犯者”以外いなくなったので、とうとう堪え切れずにヒーサは叫んだ。


 なにしろ、ヤノシュの自軍の天幕に招き入れた時から、ずっと演技をしていたのだ。


 まずはヤノシュを騙して暗殺し、その首をリーベに持たせて、城に突っ込ませる。これ見よがしの首級を見せびらかして殺意ヘイトを稼ぎ、“英雄”ヒーサと“聖女”アスプリクのお膳立てをした。


 間近で見てきたカインや城兵達の反応を見るに、完全に騙しきったという自信を得たのだ。



「いやぁ~、最初はどうなることかと思ったけど、なんとかなるもんだよね」



 これまた同じく、演技を続けてきたアスプリクが上機嫌に笑った。


 ちなみに、アスプリクには台本らしい台本は用意されておらず、場の空気に合わせて、適当に合わせてくれとヒーサよりの指示がなされていた。


 下手に型に嵌めるやり方よりかは、アスプリクの機転の良さに期待し、基本的な骨子を伝えただけで後は思うままに動いた方がいいと考えたためだ。


 結果として、それも上手く機能した。堂の入った台詞の数々に、ヒーサは笑いを堪えるのに必死であった。


 誰も彼もがまんまと騙されていると言うのに、それに誰もが気付かずに踊らされているのが愉快でならないのだ。



「これで私は“英雄”、アスプリクは“聖女”と認識されるだろうな」



「なんていうか、ちょっと恥ずかしいかな~」



「だが、これでお前の教団内の発言権や立場が大幅に強化される。“術士の管理運営”の独占状態を潰すための足掛かりとなろう」



「えへへ~。それさえどうにかできれば、僕も自由になれるってわけか! うん、嬉しいね~♪」



 アスプリクは最高の術士であり、それゆえに教団は絶対に手放そうとはしないだろう。しかし、教団の勢力が削がれていけば、アスプリクの意志を押し通すこともできるかもしれない。


 教団の改革は不可欠だと考える者は多い。この場の顔触れ以外でも、宰相のジェイク、枢機卿のヨハネス、シガラ教区上級司祭ライタンなどがそれだ。


 無論、それぞれにはそれぞれの思惑があり、目指す着地点は違う。


 だが、そのすべてを満たすためには、教団の弱体化が一番手っ取り早く、その手段として“術士の管理運営”の原則を崩すことだ。


 教団に寄らない術士の組織を作る。その大元となるのが、アーソの隠れ里にいる連中だと、ヒーサは考えていた。


 それを無傷で吸収合併し、堂々と育成を行っていこうとも考えていた。


 なにしろ、この騒動が終われば、国内は大分裂するのが目に見えていた。


 現役の司祭が異端に染まっていたなど、教団側としてはこれ以上にない大失態である。普段なら無理なことも、“力”でゴリ押しすることもできなくはない。


 その条件として、教団に勢力を張る三大諸侯の一角ビージェ公爵家と、裏で繋がっているセティ公爵家の仲違えが必須であった。


 黒衣の司祭リーベ、これが両者の手切れとなる切っ掛けとなることを、ヒーサは期待していた。



「そうだ、そうだとも。教団は失態を薄めるために、リーベ個人の罪としなくてはならない。だが、リーベはブルザーの実弟だ。ブルザーとしてはリーベに連座して、セティ公爵家の看板にまで泥を付けられるのをヨシとはすまい。当然、教団側の監督責任を追及するだろう」



「ヒーサ、君は天才だよ! リーベを“着せ替え人形”にするだけで、ここまでの波及効果を考えていたなんて!」



「年の功だ。このくらいの知略の冴えを見せれなくては、生きてはいけない世界であったからな」



「とんでもない世界だね。君の元いた世界は!」



「魔王が我が物顔で闊歩する世界だぞ!」



「おお、怖い怖い!」



 二人は実に愉快に笑い、その側で馬を走らせているテアとしてはため息を吐くことしかできなかった。あれだけ悪辣な所業を繰り返しながら、なぜ笑っていられるのか不思議で仕方がなかった。



「しかしなあ、アスプリクよ。実は先程の城への突貫、賭けの要素があったのだ」



「え、そうなの? 全部計算尽くじゃなくって?」



「ああ。あのとき、城壁上から銃兵が一斉射を放っていたら、リーベが死んでいた」



「……あ、そっか、止まっている状態なら、城壁上でそうしたように、リーベを守りながら戦えるけど、全力疾走中は防御ができない」



 指摘されてみれば、その危険性は大いにあったことにアスプリクは気付かされた。


 黒犬つくもんの毛は頑丈であるため、銃撃程度ではなかなかダメージを通せない。しかし、それに乗っているリーベとなると話は別だ。


 リーベはただの人間であり、防具も着込んでいないため、銃撃を受ければひとたまりもない。


 もちろん、足の速い黒犬つくもんに乗っているので、中々に当たりにくいであろうが、それでも銃の一斉発射は当たる可能性が高かった。



「まあ、十分勝機のある賭けではあったがな」



「と言うと?」



「銃には玉と火薬を詰めて、初めて武器として成立する。何も用意がなければ、何の役にも立たないのが銃と言う武器なのだ。しかし、あまり早くに火薬を詰めてしまうと、湿気って火付きが悪くなり、威力が発揮されなくなる。ゆえに、準備は“敵”が近付いて来てからとなる」



「あ、そっか。カインはヒーサの事を“味方”だと誤認していたよね!」



「そういうことだ。もし、カインが猜疑心の強い男であれば、こちらの裏切りが起こっても対処できるよう、銃の準備をしていただろう。それをしていなかったと言うことは、ブルザーが現れるまで戦う気はなかったというわけだ」



 つまり、想定の内側より外れることはなったというわけで、ヒーサは賭けに勝ったというわけだ。


 その瞬間までに、ヒーサ・ヒサコで好感度を上げ続け、疑いを消し去った成果とも言えた。



「まあ、死んだら死んだで、その死体は有効活用してやったがな」



「こらこら」



 いよいよ我慢が出来なくなったテアが、ヒーサへのツッコミを開始した。


 いくら言っても無駄だと分かりつつも、人をより良き方向に導かなければならないという、神としての矜持であり性質サガがそうさせるのだ。



「あのさぁ、いい加減、死体を辱めるのはやめなさいよ」



「有効活用と言って欲しいな。死体を黒犬つくもんに座る様に縄で縛り付けて、生きているように誤認させるだけであったのに」



「んなこと考えていたの!?」



 よもや、もしもの保険に、そんな偽装工作まで用意していたとは呆れ返って言葉が続かなかった。


 どこまでも抜かりなく、どこまでも狡猾な男であった。



「別に、私の独自の考えではないぞ。西班牙イスパニアの宣教師から聞いた話なのだが、かの国ではその昔、エル=シドと呼ばれる大英雄がいたそうだ。その英雄が自らの死期を悟った時、自身の死が敵に勢いづかせることがないよう、自分の死体を愛馬に括り付け、死を隠匿し、見事に敵を欺いたという話があるのだ」



「よく覚えているわね、そんなこと」



「ああ。南蛮人の話は中々に興味深いものが多くてな。それなりに付き合いもあったものよ」



 目の前の男がただの策士ではなく、冠絶するほどの教養人でもあることを、テアは思い知らされた。剛柔織り交ぜた策を繰り出しながら、普段は物静かに数寄の世界に没頭する文化人でもあるのだ。


 その膨大な知識には、毎度のことながら驚かされていた。



「おお、どうせなら、かの大英雄にちなんで、本日活躍した我が愛剣に名を付けてやらねばな!」



「これと同じか……」



 テアが肌身離さず持っている神造法具の鍋『不捨礼子すてんれいす』をポンポンと叩いた。


 思い出してみれば、この鍋もかつては無銘の鍋であり、ステンレス製と言うことを除けばごくありふれた鍋でしかなかった。


 それが名を与えた時から目覚めてしまい、最強の鍋に進化を遂げてしまった。


 もちろん、それを同じことなど起こるはずもないが、おそらくはゲン担ぎ的な要素が強いだろうとテアは考えた。


 しばらく、馬を走らせながら黙して考え、そして閃いた。



「よし、先程言った大英雄に拝借させてもらおう。そう我が剣の名は『松明丸ティソーナ』だ!」



「なんじゃそりゃ!?」



「大英雄エル=シドが腰の帯びていたとされる剣の名だ。一振りすれば炎を噴き出し、まさに松明のごとき剣であったと、伝説には語られているそうだ。まあ、実際は炎がまとわりついているような、木目状の模様が施されておるらしいのだがな」



 得意満面に言い放つヒーサは、上機嫌に腰に帯びている愛剣を撫でた。


 アスプリクの魔力付与があればこそであるが、炎を剣にまとい、激闘を繰り広げてきたのだ。決してでたらめな命名などではなく、大英雄の武功にあやかろうと言う思いも見え隠れしていた。



「よぉ~し、アスプリクよ、引き続き私の剣を燃え上がらせてくれ。黒犬つくもんの首を私がとってやるぞ!」



「こらこら、取っちゃダメでしょ。あなたの愛玩犬なんだから」



「おっと、いかんいかん。勢い任せにとんでもないことを口走ったわ!」



 ヒーサはますます上機嫌に笑い、周囲に響くのであった。


 そんなこんなで、三人の(見せかけの)追跡劇は続くのであった。

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