6-32 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー!(7)

 怒りに燃え盛る炎がそのまま剣に宿り、悪辣外道なる黒衣の司祭を威圧していた。


 その剣を持つ者の名はヒーサ。シガラ公爵家の若き当主であり、異端宗派『六星派シクスス』の陰謀によって父と兄を毒殺され、急遽お鉢が回って来た医者を志した心優しき若者だ。


 当主に就任してからというもの、それまでの大人しい雰囲気はそのままに、時に苛烈とも思える素早い決断で家の内から外向きに関することまで決断し、若干十七歳とは思えぬ動きを見せてきた。


 そして今、目の前に父兄の仇とも言うべき異端派の司祭がいた。


 彼の怒りもまた、異端討つべしと心に決めているようで、その表情は怒りと決意に満ちていた。



「カイン殿、ヤノシュ殿の件は本当に申し訳なかった。よもや、懐に裏切り者が潜んでいたと考えなかった、こちらの不手際だ」



 後ろを振り向かずに目の前のリーベを威圧しながらも、後ろにいるカインにヒーサは詫びを入れた。


 カインにも、背中から感じる怒りに、あるいはその雄姿に助けられたと涙を流した。息子を失った悲しみが、ようやく吐き出せた瞬間でもあった。



「カイン、泣くんじゃない。泣くのは、目の前のバカを倒してからにしよう」



 ヒーサの横に立ち、これまたリーベを威圧する火の大神官アスプリクだ。こちらはヒーサよりもさらに若く、まだ十三歳の少女であるが、見た目に反して国内最強とも謳われる術士だ。


 なんと頼もしいことか。若き英雄二人に、ズタボロのアーソの兵士達も励まされ、一人また一人と立ち上がり、武器を構えた。



「死にぞこない共め、大人しくあの世でヤノシュと合流すればいいものの」



 悪態つくリーベに、先程までの余裕はもうない。目の前の英雄二人と戦うことがどういう意味なのか、それを理解しているからだろうと、カインも兵士達も判断した。


 先程までの絶望的な状況とは違う。ようやく見出した勝機に、誰もが励まされた。



「残念だがリーベよ、ヤノシュ殿の下へ行くのは、他の誰でもなく貴様の方だ!」



「抜かせぇい!」



 正面から斬り込むヒーサに対して、リーベは黒犬をけしかけた。大口を開き、そこから【黒の衝撃ダークフォース】を放った。


 何発も連射で黒い砲弾が撃ち込まれたが、ヒーサは燃え盛る炎を剣で次々と弾き飛ばし、着実に前へ前へと突き進んだ。


 分が悪い。そう判断したのか、なんとリーベはそのまま城壁から飛び降りた。



「なにぃ!?」



 ヒーサは上から落下するリーベを見下ろすと、同じく飛び降りた黒犬が器用にリーベの体を背中に乗せ、悠々と地面に着地した。


 魔力を放出してある程度の落下制御を行ったのか、双方にダメージはなかった。



「逃がさないよ! 【火炎球ファイアーボール】!」



 アスプリクは上から撃ち下ろす格好で手に持っていた火の玉をリーベに投げつけた。


 だが、リーベの方が早かった。火の玉が着弾する前に走り出し、軽く手を振りながら走っていった。



「ハッハッハッ、また会おう、公爵殿に、大神官殿! その狭い場所ではやりにくくてかなわん」



 そう言うなり、リーベは黒犬つくもんと共に走り去ってしまった。


 確かに、狭い城壁の上では、悪霊黒犬ブラックドッグの俊敏さを活かしきることはできない。厄介な相手が現れたのならさっさと引くのも当然と言えた。



「あっちの方角は、確かセティ公爵軍のいる方角じゃなかったっけ?」



「だな。まさか、この一件、リーベの暴走ではなく、ブルザーも一枚噛んでいるのか!?」



 援軍と合流するのであれば、即座の撤退も納得できると言うものであった。


 その可能性を口にしたとき、周囲の兵士もざわめき出した。すでに城兵には周知してあったのだが、ブルザーを誘い込み、セティ公爵軍を包囲殲滅する手筈を整えていた。


 しかし、それすら読まれて、逆に包囲陣を敷く際に黒犬をけしかけるということも、有り得た未来であったのだ。


 そうなれば、数の上で不利なこちら側が、逆撃を受けてやられていた可能性が高い。



「可能性は十分あり得るけど、軽挙は禁物だよ。しっかりとした証拠を掴んでからでないと、後で色々と言われるから」



「だな。よし、ならば、早急に追撃に移らねばならん」



 公爵に大神官とは思えぬほどに身軽な動き、そして、即断即決の思考の速さに兵士達は感服した。


 先程の騒動から、おそらくはシガラ公爵軍もそれなりの被害は出ているであろうに、指揮官自らがこうまで積極的に動けるのは驚きに値した。


 しかし、その前にヒーサはやっておかねばならないことがあった。


 どうにか助かったカインに歩み寄った。カインは上体だけを起こし、壁に背を預け、泣きながら首だけになった息子を抱き締めていた。


 そんなカインに対し、ヒーサは跪き、目線を合わせ、そして、頭を下げた。



「カイン殿、本当に申し訳なかった。ヤノシュ殿がこのような姿になったのは、私が迂闊にもリーベの本性を知らず、会議の席に同席させてしまったせいだ。もっと早くに奴の正体に気付いていれば、このような事にはならなかったであろうに……!」



 ヒーサは悔しそうに顔をしかめ、握った拳を何度も石畳に叩き付けた。


 カインの泣き顔に、ヒーサの苦悶の表情、どちらも周囲の城兵を気落ちさせるに十分であった。つい先刻まで、この望まぬ謀反という困難な状況を乗り越えるべく、幾重にも準備を重ねてきたと言うのに、それが最悪の形で裏切られてしまったのだ。


 黒衣の司祭、許すまじ!


 その心が兵士達、その一人の例外もなく刻まれていった。


 そんな怒りと後悔で満たされた中にあって、ただ一人、無垢な少女だけが捉われることなく動いた。ヒーサとカインの間に割って入り、双方の肩に手を置いた。



「しみったれたことを言うのは、あのバカを片付けてからにしよう。あのバカ野郎を大いに反省させ、あの世とやらに送り出し、以てヤノシュの供養とする。僕はそう考える。絶対にあいつは許さない。そうだろう、ヒーサ、カイン」



 アスプリクは双方の顔を交互に見やり、二人を励ました。


 そして、カインの目に光が戻って来た。



「そうだ。息子は死んでしまった。だが、私は無様を晒すわけにいかない。武門の棟梁として、辺境伯領を統べる者として、戦わねばならないのだ!」



「そう、その意気だよ!」



 アスプリクはニッコリと微笑み、カインの気力が戻ったことを喜んだ。


 しかし、消耗していることには変わりなく、兵士に支えられてようやく立ち上がるのがせいぜいであった。とても、このままの連戦はいくらなんでも厳しいと、アスプリクの目には映った。


 そして、それはヒーサも同様に感じていた。



「よし、私とアスプリクはこのまま追撃に移るが、カイン殿はこのまま城を頼むぞ」



「いや、私も息子の仇を!」



「ダメだ。情勢がどう転ぶか分からない以上、拠点の防衛は最重要だ。それに、こういうのは厳しいかもしれんが、今のカイン殿では足手まといだ。敵討ちに捉われ過ぎて、視野狭窄になっている。そんな者を追撃に混ぜるわけにはいかない」



 非情な発言ではあったが、周囲の城兵はそれに納得せざるを得なかった。どのみち、カインはかなり消耗しているし、この状態で追撃を行っても本当に足手まといになりそうであった。


 周囲の雰囲気から、カインは部下達の心情を読み取った。


 納得できなかった。息子の仇は自分でやりたいのだ。そうカインは周囲に視線で訴えかけたが、部下達はそれを思い止まらせようとしているのは明白であった。


 悔しさのにじみ出る表情を浮かべ、もう一度抱きかかえる息子の首を強く抱きしめた。


 そんなカインに、ヒーサは肩に手をやり、決意に満ちた表情を向けた。



「カイン殿、ヤノシュ殿の仇討ちの件は、私とアスプリクに任せて欲しい。必ずや、リーベを討ち取り、その悪しき野望を打ち砕いて見せる。だから、待っていてくれ!」



 若く、精力的で、自信と気迫に満ち満ちた顔だ。


 今の自分にはない、冷静さや思慮深さも見受けられる。こんな人物の側に無理について行っても、確かに足手まといだと、カインは渋々ながら認めた。



「分かりました。公爵殿に一任いたします」



「任された! 安んじてお待ちあれ、辺境伯殿!」



 そう言い終わると、ヒーサの体がふわりと宙に浮いた。アスプリクが待ちきれなくなり、【飛行フライ】の術をかけてさっさと行こうと急かし始めたのだ。



「では、カイン殿に城兵諸君、行ってくる。この城は籠城態勢のまま待機。付近に伏せてある伏兵にも、そのように伝令を出しておいてくれ!」



 ヒーサは最低限の指示を飛ばし、そのまま城壁の下へと降りていった。


 そして、下で待機していたテアと合流し、用意してあった馬に跨って駆け出していった。


 三頭の馬と、それに跨る三人の背中を、カインはジッと見つめた。



「皆もよく見ておけ。あれが“英雄”なのだ。間違いなく、あの人こそ、魔王を打ち倒すであろう、本物の“英雄”なのだ」



 カインの言葉に城兵一同も納得した。


 あの類稀な行動力、思慮の深さ、時に苛烈でありながら、誰よりも優しくある。まさに英雄そのものだと、その場の誰も感じていた。


 そう、自分達は後に伝説で語られるであろう一場面に居合わせたことを、誰もが確信した。


 そう判断するだけのものを見せられたのだが、それがとんだ茶番劇ヒーローショーであったことまでは、誰も見抜く事はできなかった。。

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