6-31 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー!(6)

 なんとしても闇の司祭を討つ。そう意気込んで兵士達はリーベに向かって斬り込んでいった。


 しかし、そんな彼らに対して、リーベは下衆な行動に出た。



「ほれ、返してやるぞ」



 なんと、持っていたヤノシュの首を、ヒョイッと投げ渡したのだ。


 もし、これがただの石などであれば払いのけて突っ込むであろうが、若君の首級である。払いのけるなどという無碍な行いなど、できようはずがなかった。


 一番先頭を走っていた兵士は剣を捨ててそれを掴みにかかった。しかし、咄嗟の事であったため手と手で“おてだま”してしまい、勢いが削がれた。


 それを見逃す黒犬つくもんではなかった。


 そのまま巨体を突進させて、おてだましていた兵士は首を噛み砕き、残りも体当たりで吹き飛ばしてしまった。



「ワァァァァ!」



 またしても、城壁から兵士が一人落下していき、叫び声だけが響いていった。


 それを聞き、リーベは愉悦に浸ってニヤリと笑った。



「ほ~れ、また一人二人と、あの世へ旅立っていきおったわ。ククッ、そら、カインよ、折角であるから返してやるわ!」


 リーベは足元に転がっていたヤノシュの首を蹴り飛ばし、それが勢いよくカインの方へと転がっていった。


 カインの脳裏には、かつての出来事が思い起こされた。


 二年前、戦死した次男イルドを、火の大司祭がその遺体を足蹴にしたときの出来事だ。


 戦場で散るの武門の誉れであるが、それを理解もせず、祈りの言葉もなく、危ない目に合ったのはお前のせいだとなじりながら、勇敢に戦った息子の遺体を辱めた。


 そして、今また神に仕えし者の手によって、今度は長男の死が辱めを受けた。


 これ以上の屈辱は与えてはならないと、カインは武器を手放し、転がって来た息子の首に飛びついた。



「愚かな。息子もあの世で待っているぞ!」



 無防備になったカインに、リーベは容赦なく黒犬つくもんをけしかけた。



 一足飛びに黒い巨体が飛び掛かるが、カインは息子の首の方に気を取られて、反応できないでいた。



「させません!」



 ルルが咄嗟に前に飛び出し、素早く氷で盾を形成した。


 だが、それでは不十分であった。元々本調子でない上に、武器に魔力付与を行っていたため、さらに魔力量が減少していたのだ。黒犬つくもんの巨体という質量武器に抗しきれるほど、盾の強度を高めることはできなかった。


 ビキビキとすんなりヒビが入り、雄叫びと共に吹き散らされ、ルルも、カインも、他の兵士達も弾き飛ばされてしまった。


 ルルは激しく吹き飛ばされ、床に叩き付けられると、そのまま気を失ってしまった。


 これで、黒犬つくもんへの対処を失った。折角付与してあった魔力がルルの気絶と共に消えてしまい、元の普通の剣へと戻ってしまった。



「さて、少しばかり手こずったが、ここまでのようだな」



 リーベが見渡す光景は、傷つき倒れて地べたを這う者ばかりであり、すでに戦闘に耐えれる者は皆無であった。


 とどめとばかりに、黒犬つくもんは一歩一歩ゆっくりとその倒れる者達の方へと近付いた。


 だが、そこへ横から何かが飛び込んできた。


 それは剣だ。刃に炎をまとい、煌めく太陽のごとく熱を帯びたそれは、黒犬つくもん目がけて飛んできた。

 しかし、黒犬つくもんは即座に反応し、後方跳躍バックステップで間一髪のところを回避に成功した。


 一瞬前まで黒犬つくもんがいた場所に剣が突き刺さり、火を噴きあげつつ、まるでカイン達に近付くなと言わんばかりの姿であった。


 そして、そこに一人の男が舞い降りた。金髪碧眼の涼しげな顔立ち、貴公子然とした振る舞いながら、どこか猛々しさすら漂わせていた。



「カイン殿、遅くなって申し訳ない。本来なら今少し気の利いた再会を分かち合いたいのであるが、まずは無事で何よりでした」



「ひ、ヒーサ殿……!」



 カインの目の前にやって来たのは、ヒーサであった。本来ならば公爵閣下と呼ぶべきところであるが、気が動転していてうっかり名前の方で読んでしまったのだ。


 だが、ヒーサは特段気にした様子もなく、燃え盛る炎の剣を手にした。


 そして、そこへ赤い法衣に身を包んだ、肌も髪も白い小柄な少女が舞い降りてきた。



「カイン、無事かい!?」



「おお、アスプリク様!」



 心配そうに声をかけてくる少女は、カインにとって最高の援軍であった。


 火の大神官アスプリク、国一番の術士と名高い存在で、齢十三歳とは思えぬほどに熟達した術士だ。



「ヒーサ、【飛行フライ】の術式は、自分が飛ぶならともかく、別人を飛ばすのは難しいんだから、あんまり前に出て飛び回らないでほしいな」



「ハッハッハッ、空を飛ぶのは初めてでな。ついつい遊び心がくすぐられてしまった」



 援軍として駆け付けた二人は、揃いも揃って余裕の態度を見せていた。


 まるで、目の前の暗黒司祭と悪霊黒犬ブラックドッグなど、物の数ではないと言いたげなほど落ち着いていた。



「さて、ヤノシュ殿に続いて、カイン殿まで殺されると、もう取り返しのつかないことになるからな。リーベよ、此度の狼藉の数々、許し難し! 我が正義の刃を、その身に刻むがいい!」



 ヒーサは炎の剣をリーベに向け、これを威圧した。


 リーベもまた、先程までの余裕の表情もなく、明らかに引きつった表情になっており、焦りの色が見えていた。



「僕もそれに加わらせてもらうよ、ヒーサ。謀ってくれたお礼は、たっぷりしないとね。この聖女アスプリクが咎人リーベを断罪す! あの世でヤノシュに詫び入れてきなさい!」



 アスプリクの手には炎が収束し、球体を形成していた。いつでも焼き尽くしてやる、怒りの感情がそのまま具現化したかのような燃え盛る炎であった。



(正義って、なんなのかしらね~)



 城壁から高らかに発せられるくさい台詞は、城壁の下まで来ていたテアにも聞こえており、笑っていいのか、泣いていいのか、判断に迷う状態になっていた。


 ちなみに、テアはヒーサの近くに居なければならない制約があるため、空を飛んでいる二人に対して、馬で追いかけてきたのだ。


 ヤノシュを殺し、カインを追い詰め、それを救って恩を売り、その悪事全てをリーベに押し付ける。


 完璧なまでの茶番劇ヒーローショーだ。


 もし、この劇の台本を見ていない者が、現状を見せ付けられたら、間違いなく敵意や憎悪はリーベに全力で向かうことだろう。


 主演男優ヒーロー主演女優ヒロインの熱演は、まさに堂の入ったものであった。


 ヒーサが準備し、作り出した状況は、一部の隙もなかったのだ。演出も脚本も役者も、すべてが彼の思うがままとなっていた。

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