6-30 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー!(5)

 その場は怒りによって満たされていた。


 アーソ辺境伯の居城の城壁上、対峙するのは領主カインと暗黒司祭リーベだ。


 そして、カインは十数名の兵士を従えており、さらにリーベを挟んだその背中側にも、すでに兵士達が詰めかけていた。


 絶対に逃がすまいという決意があり、すでに全員が死を覚悟してでも目の前の暗黒司祭を仕留めんと意気込んでいた。


 それもそのはず、カインの息子で次期当主であるヤノシュの首が、リーベの手によって高らかと掲げられているからだ。


 死んだ直後の表情のまま固まってしまったのか、その表情は驚きに満ちており、おそらくは何らかの不意討ちを食らったことは推察できた。


 先程、シガラ公爵軍の本営天幕が吹っ飛んだのを、遠目ではあるがカインは視認していた。


 以上の状況から、火の大神官アスプリクに正体を見破られたリーベは破れかぶれで悪慮黒犬ブラックドッグを呼び出し、手近に座っていたと思われるヤノシュを殺害し、そのままあの炎渦巻く激闘が始まった、とカインは見ていた。



「さあ、どうしたカインよ。囲っているだけでは、私は倒せんぞ」



 リーベはヤノシュの首を右へ左へと動かし、カインにこれでもかと見せつけ、挑発した。


 無論、カインは息子が無残にも殺されたことに怒り心頭であり、周囲の兵士達も同様であった。


 だが、カインも兵士達も動かない。というより、動けなかった。



(厄介なのは何と言っても、奴に帯同している悪霊黒犬ブラックドッグだ。あれをちゃんと対処しなくては、犠牲が増えるばかりだ)



 なにしろ、ここ最近、目の前の黒き魔獣を相手に激闘を繰り広げてきたので、その実力は嫌と言うほどに分かっていた。


 悪霊黒犬ブラックドッグは実体と幽体を自在に切り替えることができ、物理攻撃を通しにくいという特徴を持っていた。しかも、全身を覆う黒い毛も硬く、ただの剣では斬り付けても効果は薄い。


 あるいは、実体化している時に大筒でも直撃させれれば倒せるかもしれないが、俊敏に動き回る黒犬に対しては、大筒の砲撃を当てるのは困難であった。


 仮に囲みを開いて兵器を使えるようにしようとしても、逃げられる危険もあり、相手を拘束する意味においても包囲を解くことはできなかった。


 ゆえに必要なのは、幽体であってもダメージを通せる、術士の存在が必要不可欠なのだ。


 そして、それはやって来た。



「水の神ネイロよ、水を司りし偉大なる汝に我は祈り願う。加護受けし白き凍れる刃、剣にまといて、敵を切り裂け!」



 大急ぎで階段を駆け上がって来て、カインや兵士達の武器に魔力を付与したのは、術士のルルであった。


 ルルは湖畔地区での奇襲の際、濃霧を大規模散布するという大掛かりな術式を使い、そこで魔力が枯渇してしばらく静養に入っていた。


 しかし、再び黒犬が場内に侵入したと聞きつけ、まだ本調子でないにも拘らず、やむなく戦線復帰となった。


 今度こそは仕留めてみせると意気込んで城壁に駆け上がり、そして、絶望した。


 敵として現れた暗黒の司祭の手には、ルルが慕っている若様の首が握られていたからだ。



「嘘……。ヤノシュ様、なんで……?」



 ルルにとってはあまりに衝撃的であった。侍女として側近くに仕え、いつも笑顔や凛々しい姿を見せてくれたヤノシュが、あんな姿になるなど、とても信じられなかった。


 だが、周囲の怒り狂う雰囲気もあって、それは夢や幻などではなく、現実の出来事だと認識した。


 そして、泣いた。怒った。叫んだ。



「よくもヤノシュ様を!」



 恋と呼べるのか分からないほどのささやかな想いが、完全に断たれた瞬間であった。


 そして、その無念を晴らすことこそ、自身の使命であるとも認識した。


 ルルは怒りで活性化した魔力を次々に兵士の武器に付与していき、準備は整った。



「いくぞ!」



 カインの号令と共に、兵士達が一気に動き始めた。


 まず、先手を取ったのは、反対側の兵士達であった。現場で唯一の術士であるルルはカインの側にいるため、反対側の兵士まで魔力を込める余裕はない。


 だからこそ、本命の魔力付与の武器がある側の囮を務めたのだ。


 カインにもそれが有効的な手段だと理解していた。ゆえに、反対側の攻撃より僅かに遅れて斬りかかったのだ。


 黒犬つくもんの最大の武器は口、牙だ。それは体の構造上、前にしか向けることができない。


 もし、先手で動いた後ろの部隊を攻撃するため、後ろを振り向いてくれれば幸いである。そこまで行かなくとも、十分な牽制で隙を作ってくれれば御の字であった。


 仮に、カインのいる側を向き続けるのであれば、そのまま斬り込んでしまえばいい。確かにダメージは通しにくいが、捨て身で突けば多少は貫けるはずだと判断した。


 だが、そんな攻撃などお見通しと言わんばかりに、リーベは薄ら笑いを浮かべるだけであった。


 なにしろ、黒犬つくもんは振り向きもせず、魔力を活性化させてそれを尻尾に送り込むと、まるで鞭のように長くしなり、斬りかかって来た兵士の一団を薙ぎ払ったのだ。


 予想外の一撃に突っ込んでいった兵士は、全員弾き飛ばされてしまった。なにしろ、今まで黒犬つくもんの攻撃は、牙、体当たり、口から放たれる【黒の衝撃ダークフォース】しかなかったのだ。


 三種の攻撃のみを見せ続けることで、それ以外の攻撃ができないようにと錯覚させていた黒犬の作戦勝ちであった。



「うわぁぁぁぁぁ!」



 弾き飛ばされた兵士の一人が城壁から落ちていき、けたたましい叫び声と共に落下していった。


 あの高さからの落下では助からないのは明白であり、鎧ごとグチャグチャの肉片になることだろう。


 これ以上の犠牲は出すまいとさらに怒りをたぎらせ、カインは斬り込んだ。



「リーベェェェ!」



「いい気迫だが、無意味なことだ」



 リーベの言葉に反応してか、黒犬つくもんが口から【黒の衝撃ダークフォース】を放った。


 狙い違わずカインに向かって飛んだが、それをカインは氷の刃で切り裂いた。


 しかし、勢いを殺しきれず、カインと数名の兵士がその余波で吹き飛ばされてしまった。



「構うな! 斬り込め!」



 衝撃に巻き込まれなかった兵士数名が、雄叫びを上げながら斬り込んだ。


 撃たねばならない、この悪魔だけは。そう意気込んで兵士達は斬り込んでいった。

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