6-29 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー!(4)

 まんまと出し抜かれた事にカインは焦った。


 だが、それ以上に危機的な事があったのだ。



「わ、若は大丈夫でしょうか!?」



 兵士の一人がそう叫び、カインはハッとなった。作戦の破綻もそうだが、あの場には自分の息子に加え、ヒーサやアスプリクと言った内通者がいるのだ。


 炎で応戦していると言うことは、アスプリクは無事なようだが、ヤノシュやヒーサの無事は確認できなかった。



「チッ! 急いで休養中の術士を全員叩き起こすんだ! もし、あいつと戦うとなると、術士なしでは対処が出来ん!」



「ハッ!」



 カインの指示に数名の兵士が慌てて医務室や待機所の方へと駆けていった。


 隠匿してあった術士は存在するが、部隊運用に関するノウハウが乏しいため、その運用には何かと問題点が多い。


 特に悩ましているのが、やはり絶対数の少なさだ。


 先頃、黒犬の襲撃によって瓦礫に潰された教団側の術士は二十名は存在したが、カインの手元にあって実戦に耐えれる術士は十名に満たなかった。そのため、かなり過酷なローテーションを組む羽目になり、術士への負担が大きくなっていた。


 特に湖での奇襲作戦の際には、湖畔地帯全域を濃霧で覆うなどという大規模術式を使用しており、その消耗から回復していない術士もいた。


 運用の見直しは今後の課題であるが、今はそんなことを言っている場合でなかった。


 幽体化することができる悪霊黒犬ブラックドッグには、通常の物理攻撃は効かない。実体化しているところを狙うか、あるいは魔力を帯びた武器が必要なのだ。



「ご領主様、奴がこっちに来るようです!」



 遠目に見える塊を指さし、兵士の一人が叫ぶと、カインも城内への指示を一時中断し、望遠鏡で迫ってくるそれを見つめた。


 そして、驚愕した。



「あ、あれは、リーベ……、だと!?」



 軍馬よりさらに大きな黒犬には誰かが跨っており、その顔はカインのよく知る司祭リーベであったのを視認した。


 あまりの事に目がおかしくなったかと、迫ってくるそれを何度も見直したが、結果は変わらずリーベで間違いなかった。



「どういうことだ、これは!?」



 望遠鏡を眺めながら困惑の色を隠せないでいるカインで、周囲の兵士達も狼狽した。


 リーベの鬱陶しさは、城で働いている者ならば誰しもが知っている。ケイカ村には領主一家が湯治に出掛けることも多く、村の司祭であるリーベとは嫌でも顔を合わせてしまうのだ。


 その尊大な態度は知れ渡っており、ただの一人の例外もなく皆が嫌っていた。


 だが、カインが見つめるその先には、『六星派シクスス』の司祭の着る黒衣の法衣であり、その跨る黒い犬は紛れもなく、最近の騒動の発端となった悪霊黒犬ブラックドッで間違いなかった。



「銃兵! 奴を撃て!」



 カインは慌てて指示を出したが、すでに遅かった。


 シガラ公爵軍との交戦予定はなかったので、玉も火薬も手元に用意しておらず、保管庫から持ってきて装填するには時間がなさ過ぎたのだ。


 完全に不意を突かれた格好であり、何より迫ってくるリーベと黒犬の速度が速すぎたのだ。


 崖を駆け上がり、器用に城壁の出っ張りなどを取っ掛かりにして跳躍し、高い城壁を難なく登り切り、カインのすぐ近くに着地した。


 さすがに軍馬よりもさらに大きい黒犬を間近で見るのは迫力があり、口より漏れ出す唸り声とともに周囲を威圧した。



「これはこれは、領主自らわざわざのお出迎え、恐縮の至りでございます」



 発する言葉は丁寧であるが、態度や口調は明らかに見下していた。実際、黒犬つくもんに跨っているので、目線は高く、自然とカインを見下ろす位置にいた。


 すでに、カインを始め、周囲の兵も全員武器を構えており、いつでも斬りかかれるように隊形を整えていた。



「なんのつもりだ、リーベ! いや、その恰好は……!?」



「無論、魔王の忠実なる下僕に相応しい衣装だよ!」



 リーベは見せつけるように腕を広げ、黒い法衣を見せ付けた。ご丁寧に異端の証である六芒星の刺繍まで施されており、これ見よがしに闇の神を奉ずる神職であることを強調していた。


 少なくとも、教団に知れたらただでは済まない案件であり、目の前の男がすでに教団を裏切っていることを意味していた。



「お前が暗黒の司祭だなどと、信じられるか!」



「ああ、お前が出会った奴とは別人だよ。教団にも所属している神職が、いったい何人いると思っているのかね? 異端派の神職もまた何人もいる。擬態はしていたが、私もその一人だ」



 確かに、リーベの言葉ももっともであった。カインはかつて闇の司祭より治療を受け、更に教団への反旗を翻すことを決めた。


 その前段階として、領主の立場を利用して術士の隠れ里を作り、いずれ戦力に加えるための訓練を施してきたのだ。


 ゆえに、分からなかった。リーベが闇の司祭であるというのであれば、反教団で繋がっているこちらを攻撃してくる理由が見えないのだ。



「なぜこんなことを、と考えている顔をしているようだし、折角だから説明してやろう。単刀直入に言えば、“収穫”だよ」



「収穫、だと?」



「ああ。君らがしっかり育てた術士、それを頂戴するというわけだ。もし、アーソの地に騒乱が起き、折角集まって隠し里を形成したと言うのに、それが失ったとあれば新たな寄る辺を必要とするであろう? それをこちらが担うと言うわけだ。君らが運用するより、より従順な手駒が出来上がる」



「我らを謀っていたのか!?」



 カインは激怒した。安易に闇の司祭の口車に乗ったことを後悔したこともあったが、結局教団に対抗するためには術士を密かに集めねばならず、それゆえに隠れ里に力を注いできたのだ。


 その成果を見る前に、中身は全部持っていく。そう目の前の司祭は言い放ったのだ。


 カインの怒りは当然であり、リーベを睨み付ける表情はますます険しくなった。



「まあ、本来なら、討伐軍と潰し合ってもらってから、掻っ攫っていく予定であったのだが、忌々しい事にヒサコとアスプリクの女狐どもに見破られてな。早々と正体を現さざるを得なかった」



「アスプリク様と、ヒサコが!?」



「ヒサコは慎重であったからな。気付いても、半殺しと言う中々過激な牽制だけに留めていた。決定的な証拠がなかったから、誰にも話してはいなかったようだがな。だが、アスプリクめ、あいつは嫌疑がかかった瞬間に問答無用で問い詰めてきた。ユラユラ炎をまとわせながらな!」



 やはりあの二人は別次元の感覚を持っているのだなと、カインは二人のことを心の中で称賛した。


 しかし、情けないのは自分自身の方であった。目の前のリーベとは嫌々ながらも何度か顔を合わせていたと言うのに、そんな気配を一切感じていなかったのだ。


 これは大いに反省するべきだと思いつつ、改めて握る剣をしっかりと握った。



「リーベ、貴様の狙いはなんだ!?」



「魔王様の復活だよ。この地を血で染め上げ、復活を祝う饗宴とする」



「くっ! そんなことを許すと思っているのか!?」



「だが、もうすでに儀式は始まっているのだよ。ほれ、このようにな!」



 リーベが袖に手を突っ込み、大きな袖からゴソゴソと何かを取り出した。


 そして、それを見るなり、カインが絶叫し、周囲の兵士も引いた。


 出されたもの、それはヤノシュの首級であったからだ。



「ヤノシュ!」



 カインは怒りに打ち震えた。今しがた、意気揚々と城を出て、送り出したはずの自慢の息子が、胴を失い、首だけの姿となって帰還したのだ。


 その怒りは兵士達にも伝播していき、ありとあらゆる罵詈雑言がリーベに向かって飛んだ。


 そんな光景を、リーベは涼しげな顔をして眺めるだけであった。


 かくして、脚本・演出・主演松永久秀のヒーローショー、その第二幕が始まった。

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