6-34 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー!(9)

 セティ公爵ブルザーは不機嫌であった。大戦の前の行軍中ということでもあるので、気が立っているといえなくもないが、それ以上に彼を不機嫌にさせていたのが、アーソの連中であった。


 アーソ辺境伯領に侵入してからというもの、執拗に攻撃を受け、徐々にだが損害が出始めていた。


 特に深刻だったのが、通過した湖畔付近で発生した大規模な濃霧と、それに乗じて行われた敵方の本格的な襲撃だ。


 その襲撃で、砲兵三百名を失うという手痛い損害があった。


 大砲の運用は他の兵科に比べて、遥かに専門性が高い。砲弾や火薬の装填は言うに及ばず、射角の計算やその他整備など、その職務は多岐に渉る。育成にかかる時間や手間なども、一般の兵士に比べて遥かに高コストなのだ。


 それだけの働きがあると思えばこそ、その高コストに目を瞑って来た。


 だが、それが失われた。全滅したわけではないが、手塩にかけて育てた部隊が、その砲火を敵に食らわせる前に、濃霧の中で湿気らせてしまったのだ。



(全く忌々しい限りだ。この対価、アーソの連中に払ってもらうぞ)



 ブルザーとしては、さっさと反乱を鎮圧して、この地から富を根こそぎ収奪するつもりでいた。どうせ異端だなんだと教団側が介入をしてくるであろうし、その前に今回の“手間賃”くらいは回収しておかねば、いくら何でも割に合わなさすぎるのだ。


 搾り上げたところで、「異端派の調査です」とでも言っておけば問題はないだろう。どうせこの地の統治など、自分には関係ない話だと考えていたからだ。



(まあ、サーディク殿下がカインの後釜に据えられるというのなら、話は変わってくるがな)



 現在、ブルザーの部隊の中には第三王子のサーディクとその麾下の部隊が含まれていた。王族が集まり過ぎていたため、一網打尽になるのを防ぐためと言う名目で、ブルザーの部隊に一時的に編入していた。


 また、サーディクの妻はセティ公爵家の一門からの出身であり、親戚関係にある。その後見人を自認しており、そのサーディクがカイン排斥後の辺境伯に任命される可能性があるのだ。


 緊要地であるため、より強固にするために王族を配置することは十分に考えられたし、その候補となるのはサーディクしかいないのだ。


 第一王子のアイクは病弱であり、緊要地の守備などまず無理だ。


 第二王子のジェイクは宰相であるため、辺境伯領の統治などは実力はあっても余裕がない。


 残りは王女のアスプリクだが、彼女は神官であり、世俗の辺境伯にはなれないのだ。還俗して就任するというのもなくはないが、彼女の術士としての実力を考えると、教団側が手放すとも思えなかった。


 つまり、サーディク以外には候補がないのだ。



(そうなってくると、損失額の回収が難しくなるが、ええい、あの女狐めを逃がしてしまったのは失策であったか。……いや、むしろそこら辺のところから、若造ヒーサから金を出させるか)



 湖畔での戦いの折、濃霧や混乱の中でヒサコが行方知れずになっていた。気が付いたらいなくなっており、死体として転がっているようでもなかったので、誰しもが逃げたと考えていた。


 あまりにも鮮やか過ぎる逃げ方に、やはり内通していたのではブルザーは疑っていた。そう考えると、兄であるヒーサの動向も気になるところであった。



(罠にはまって損害を被ったとも報告が来ているが、本当のところはどうであろうか?)



 こうなってくると、実際に別の道から進んでいるシガラ公爵軍の動向が俄然気になり始めた。


 チラリと見渡す周囲の兵士も、明らかに疲労の色が見えていた。


 地の利が向こうにあるとはいえ、奇襲や伏撃など、今までに何度も仕掛けられ、損害と疲労が蓄積していた。城攻め前でこれでは、先が思いやられるとブルザーは思っていた。


 しかし、歴戦の勇猛なる指揮官である。そんな態度はおくびにも出さず、冷静さを見せ付けるため、普段通りに行こうと自分自身に言い聞かせた。


 そこに、斥候として先行していた騎兵がブルザーの下へ駆け込んで来た。



「申し上げます! シガラ公爵軍、すでに城の前に布陣しております!」



 顔には出さなかったが、ブルザーは心の中で舌打ちした。先に着いた方が城攻めの優先権を得ると取り決めがなされており、ヒーサが譲らぬ限りは先に城攻めが出来なくなってしまった。


 だが、それよりも気になることがブルザーには合った。



「それで、布陣しているシガラ公爵軍の数はどうであった?」



「ハッ! おおよそになりますが、四、五百は減っているように見受けられました。それと、なにやら慌ただしく動き回っており、奇襲か何かを受けたようです」



「ほう……、報告は正しかったか。しかも、襲われた直後か。城の前で布陣しながら、備えを怠るとは無様な物よ」



 ヒーサが罠に落ちて損害被ったと報告を受けていたが、ここに来てその話に信憑性が生じた。


 シガラ公爵軍がおよそ三千であったことから、その内の四、五百が損なわれたとなると、かなりの痛手と見るのは当然であった。


 しかも、襲撃されて混乱しているとなるとなおさら、城攻めが困難になるだろうと確信した。


 すぐに攻め手の交代もあり得るだろう、ブルザーはニヤリと笑った。



「心配しすぎであったか。まあ、数を減らしているのであれば、城攻めは困難。説得するにしても、開城を納得させる材料があるとも思えんな。ならば、じきに攻め手の交代。結局、最後の最後に美味しい所を貰い受けるのはこちらのようだな」



 ジェイクもすでに進発して、中央の大道を進んできているとも聞いていたが、それに先んじて到着できるのであれば、強引に攻め手を交代してもよいとブルザーは考えた。


 どのみち、シガラ公爵軍は攻城兵器の類はなく、銃撃でチマチマ削るか、どうにか守備側を説得して開城させるかの二択しかない。


 そして、そのどちらも難しいとブルザーは判断した。



「よし、予定通り、このまま前進するぞ。シガラ公爵軍の尻を引っぱたいて、無理やり譲ってもらうとしよう。損害の比率であれば、あちらが……」



 その時、ブルザーの視線に何かが飛び込んできた。


 少し離れた森の方から、大きな黒い塊が飛び出してきたのだ。それは真っ直ぐ後方の砲兵隊に向かって突っ込んできた。



「敵襲! 右手の森からだ!」



 ブルザーは素早く反応し、後ろにいる部隊に注意を促した。


 さすがに奇襲に慣れていただけあって、その反応は早かった。槍兵は長柄の槍を構えて、槍衾を形成し、その合間に銃兵も“火縄銃マッチロックガン”を構えて、敵の突撃に備えた。


 この段階でブルザーも馬廻りから望遠鏡を受け取り、黒くて大きな物としか判別できていなかったそれを視認した。


 巨大な黒い犬であり、なにかがそれに跨っているように見えた。



「なんだ……?」



 顔ははっきりと見えなかった。なにしろ、頭巾をかぶっていて、顔の判別ができなかったのだ。ただ、それ間違いなく人型の“なにか”であったことだけは見て取れた。


 しかし、黒い犬については心当たりがあった。



悪霊黒犬ブラックドッグか! 各隊、対化物モンスター用装備! 魔力付与武装エンチャントウエポン用意! 急げ!」



 数はそれほどないが、魔力が込められている武器は、用意されていた。アーソの地は亜人、獣人や化物の住まうジルゴ帝国に程近いこともあって、念のために用意していたのが、ここで役立った。



(と言っても、対化物モンスター用の武装をしている者は腕利きとはいえ、三十人もいないぞ。あの速さで引っ掻き回されたら厄介だ)



 ここへ来て、人間相手ではなく、化物相手だということにブルザーはさすがに焦りを覚えた。


 かなりの大物にも見受けれたので、一人で立ち向かうのは難しいと判断。最低でも五人一組での対決をしたいところだが、相手の足は速い。開けた場所であの速度はそれだけでも脅威であった。


 何より、城に近付いたタイミングで、シガラ公爵軍を無視して攻撃を加えてきた。



(いや、シガラ公爵の陣地も慌ただしいと報告があった。あれのせいか!?)



 可能性は十分にあったが、判断するには材料が少なすぎるとブルザーは気持ちを切り替えた。


 なにしろ、今現在襲われているのは、自軍であるから、詮索している余裕などないのだ。


 そこに、無数の火薬が爆ぜる銃撃音が響き渡った。隊列を組んだ銃兵隊の一つが突進してきた黒犬に斉射を加えたのだ。


 だが、有効打とはならなかった。なんと突進してきた黒犬が、銃兵隊の射撃のギリギリ前で急に方向転換して、有効射程ギリギリを掠めるように走ったからだ。


 虚しく銃弾が空を斬り割き、音だけが虚しく響いただけであった。


 それを見た黒犬が再び銃兵隊に突進し、そのまま巨体でのしかかった。


 銃兵は慌てて隊列を崩し、持っていた火縄銃すら放り投げてどうにかかわした。


 だが、それこそ黒犬の狙いであった。


 落ちた火縄銃をそのまま咥えたかと思うと、側にあった荷馬車に体当たりを加え横転させた。


 そこに咥えた火縄銃をポイッと放り投げ、そのまま走り抜けてしまった。


 その荷馬車の中身は“火薬”。丁寧に樽と油紙で封印されていたのだが、横転した衝撃で一部が中身をぶちまけてしまった。


 そこに、火縄が着いたまま火縄銃を投げ込むとどうなるのか、それは明白な結果となって現れた。


 荷馬車の火薬が連鎖爆発を起こし、周囲の兵士ごと吹き飛ばしてしまった。


 しかも、砲兵隊のど真ん中であったため、これまた巻き添えを食らった大砲も多く、爆発や炎の中に兵士と共に消えていった。



「クソッ! あの黒犬、頭が切れる! 銃や火薬の特性を熟知している!」



 少し離れたところにいたブルザーは、怪物モンスターとは思えないほどの頭脳的な動きに戦慄した。あの巨体で、あの俊敏さだけでも脅威であるのに、頭まで切れるとさすがに厳しすぎると感じた。


 迷う内に、黒犬は駆け回っては隙のある部隊を強襲し、その被害は拡大していった。

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