6-24 怒り爆発!? 仁君ヒーサ、友の叫びに覚醒す!(茶番)

 共犯者以外誰も見ていない状況でヤノシュの始末に成功した。


 計画の最大の山場を過ぎたため、ヒーサとしては多少安堵できるまでになった。



「さて、危ない橋も渡り切ったことだし、ついでにもう一つ渡っておくか」



「まだ続けるのね。まあ、知ってたけど」



 なにしろ、三人の眼下には、眠らされた上に服まで剥ぎ取られた司祭バカが一人、味方と思っていた者にザックリやられた死体が一つ、無言のままに転がっているのだ。


 これをどうにかしない事には、これまでの回りくどい努力が無駄となるのだ。



「では、始めるか」



 そう言うなり、ヒーサはひん剥かれたリーベに馬乗りになり、そして、思い切り殴りつけた。


 何度も何度も殴りつけた。痣ができ、顔は膨れ上がり、口や鼻からは血が滴り落ちた。それでもなおアスプリクのかけた術のため、リーベが起きることはなかった。

 


「ま、こんなものかな。では、【手懐ける者】!」



 ヒーサが所持していたスキルを発動し、それがちゃんと作動したのをリーベとの意識が連結したことで確認した。


 【手懐ける者】は相手を支配するスキルであるが、小動物などの弱い存在ならいざ知らず、明確な意思を持った大型獣などは、誰が主人であるかを分からせてから出ないと、術中には落ちないのだ。


 そのため、そうした存在にはある程度痛めつけ、どちらが格上かをきっちりさせてから出ないと、効果が発揮されないのだ。


 しかし、今のリーベは催眠状態なので殴り放題。痛めつけるのは造作もない。おまけに、目撃者もいない。支配下に置くための条件は、ヤノシュを暗殺したこの現場なら整っていた。



「よさそうだな」



「んじゃ、コケコッコ~!」



 アスプリクはかけていた術を解除し、それと同時にリーベも目を覚ました。



「えと、アスプリクは治癒系は使えないんだったな。リーベ、自分を治癒しておけ」



 リーベは言われるままに、ボコボコにされた自分の顔に治癒の術式をかけ始めた。


 以前、ヒサコに半殺しにされたこともあったが、再び中身が同じ人物によって負傷させられ、またしても自分自身で治療するはめになった。



「さて、では、こちらも片付けてしまおうか」



 三人の視線はヤノシュに集中した。


 実は、ヒーサはこれの処理方法を二人に教えていなかったのだ。あくまで、ヤノシュを殺し、リーベに罪を擦り付けることまでしか話してなかった。


 だが、すぐに答えは分かった。


 黒毛の仔犬が一匹、天幕の中にそれとなく入って来たからだ。



黒犬つくもんに食わせる気か!」



「はい、正解!」



「なんてこと考えるんだ、この共犯者あいぼう



 テアは呆れ混じりのため息を吐き、可愛らしく死体に近付く黒い仔犬を見つめた。



「さて、黒犬つくもんよ、首を残してヤノシュを食べてしまえ!」



「アンッ!」



 途端に正体を現した。軍馬よりもさらに巨大な犬となり、本営の大きな天幕でなければ、破り飛ばしてしまいそうな正体を見せ付けた。


 そして、ヤノシュにかぶり付いた。


 まず、首を噛み千切り、頭をうっかり食べてしまわないように横によけ、そして大口でそのまま丸かじりにしてしまった。


 バリバリムシャムシャ、肉と骨が砕かれる音が響き、それから鎧が吐き出された。


 御馳走様でした、といわんばかりに黒犬つくもんは満たされた表情を浮かべ、そのままあくびをかきながら伏せってしまった。



「鎧だけ吐き出すとか、見た目に依らず、器用だな、おい」



「ほら、蟹を食べるときはさ、殻は捨てて、中身だけ食べるし」



「ああ、なるほど。それもそうか」



 アスプリクの説明になんとなく納得してしまったヒーサであったが、テアは例えがあまりにもアレ過ぎたので、またため息を吐いた。



「もう少しマシな言い回しはないの!?」



「え? 蟹、美味しいじゃん」



「美味しいよな、蟹」



「そうじゃなくて……」



 やっぱりこの二人はなんかおかしい、テアはそう思わずにはいられなかった。


 そんなテアを横目に、ヒーサは落ちていた黒い法衣を拾い上げ、それをリーベに差し出した。



「ほれ、さっさとこれに着替えろ。時間が押している」



 リーベはまだ顔の治療も終わっていなかったが、それを待っている時間もなかったので、急いで黒い法衣に着替えさせた。


 黒い法衣に袖を通し、見た目だけなら完全に『六星派シクスス』の司祭に見えると、アスプリクは頷いてそれを認めた。



「んじゃ、これ」



 シレッと、転がっていたヤノシュの首を差し出し、リーベはそれを受け取った。



「あと、これ」



 さらに追加で凶器となった短剣を差し出し、これも受け取った。


 そして、リーベはそれらを大きな袖の中に入れた。



「よし、黒犬つくもん、リーベ、出撃だ!」



 寝そべっていた黒犬つくもんにリーベが跨り、これで準備が整った。



「さて、これで準備完了。なあ、テアよ、こいつがヤノシュの首を見せびらかしながら、ここいらで暴れ回ったらどうなるであろうな?」



「うわぁ……」



 ようやくヒーサの考えを理解したテアは絶句した。


 ヤノシュを殺し、その罪をリーベに着せるとは、『リーベを【手懐ける者】を用いて操り、黒犬つくもんを帯同させ、誰がどう見ても“暗黒司祭”に見えるように振る舞う』というものであると理解したのだ。


 ヤノシュを首だけ残したのも、その死を確認させるための小道具であり、持ち運びやすい大きさにしただけなのだと理解した。



「まずは、カインに襲い掛かる。次にそろそろやって来るブルザーに襲い掛かる。最後に、ジェイクを襲わせて、そこで私とアスプリクでリーベと黒犬つくもんを倒す。まあ、黒犬つくもんを倒すのはフリだけだがな。あくまで殺すのはリーベだけだ」



「ち、茶番……」



「“ひ~ろ~しょ~”と呼べ」



 外道極まりない茶番劇を英雄譚ヒーローショーとはこれいかに? テアはますます今回の一件で目の前の男がとんでもない奴であるとの認識を深めた。



「ついに正体を現した暗黒司祭リーベ! 魔王復活を目論む悪しき野望は聖女アスプリクによって見破られる! しかし、奸智に長けしリーベは不意を討ち、アーソの若き英雄ヤノシュを毒牙にかける! 友の叫びを聞きつけた仁君ヒーサの怒りが爆発! 聖女アスプリクもまた魔王の手下を倒すべく立ち上がる! 果たして、仁君ヒーサと聖女アスプリクは暗黒司祭と悪霊黒犬に打ち勝ち、アーソの地に平和と秩序を取り戻せるのか!? ……という感じの脚本でどうだろうか?」



「どの口がほざく!?」



「“ひ〜ろ〜しょ〜”なんだし、脚本はいるだろ」



「ぬけぬけと、よく言えるわね!」



 神経が図太いをすでに通り越して、本当に人間なのかとテアは思い始めた。いったい、何をどう生きてきたら、こんな馬鹿げた茶番を大真面目にやれるのか、問い質したくなった。


 なお、テアの叫びはヒーサによって、丁重に無視された。



「さあ、アスプリクよ、張り切っていくぞ! 今日のお前は主演女優ヒロインだからな。聖女に相応しい魅せる戦いに徹するのだ。リーベと黒犬つくもんは上手くこっちで操るから」



「は〜い♡ 悪い奴を一生懸命に倒します!」



 悪い奴はどう見てもこっちだろうと、テアは思ったが、この二人には何を言っても無駄だと考え、口を紡いだ。


 この茶番劇ヒーローショーを本気でやりきるつもりのようで、止まることもなさそうだし、止めることも不可能であった。

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